掬水へんろ館目次前日翌日著者紹介
掬水へんろ館のらくら遍路日記〜土佐・修行道場篇(序)
北村 香織
第2日
7月14日(水) 雨のち曇り時々晴れ

6:20 起床。23番薬王寺へ参拝、お遍路さんハント開始。早速歩き遍路に遭遇、1通託す。自家用車で廻っているご夫婦にも協力を仰ぐ。快調な滑り出し(?)。

7:10 UP。いよいよ修行の道場の始まり…。雨も上がり、昨日以上の蒸し暑さに先が思いやられる。またも目に何か入って、たまらず歩道に立ち止まり、しばらく泣いていた(片目だけでも何故か両目ともに開かなくなって、収まるまで泣いておくしかない)。

やっと歩き出せるようになって、防御策としてサングラスをかけて歩くことにした。はっきり言ってすごい格好、でもいちいち気にしてられるかっちゅーねん! ふと気がつくと、道路を挟んで向かいに厳つそうなお遍路さんがいた。見るからに体育会系で、ワンゲルのOB会長K先輩に面影が似ている。K先輩は現役時代は厳しくコワイ有名人だったが、実はとっても可愛いところもある気さくな人なので、思わずこのお遍路さんにも声をかけてしまった。「今日はどの辺までの予定なんですか?」「知らん!」 ・……。 見た感じそのまんまのお返事であった。きっと一人でそっと、というタイプじゃあないか、とにかく放っておいてほしいというか、誰にも煩わされたくないんだろうと思い、以後道路を挟んで2人のお遍路さんが黙々と同じペースで歩く。

暑い。とにかく湿気ている。気温の高さよりも湿度に弱い私には、雑念の素には十分すぎる。おまけに、昨夜宿で裸足になってみると、足首の上ぐるりが見事に擦り剥けていた(1ヶ月経った今、染みのようになって残っている)。今日は包帯で巻いて、靴下もそこで折り返しているので痛みはマシ。お墓の脇で休憩していたら、いつのまに追い越したのか、K先輩似のさっきのお遍路さんがやってきたので、チャンスとばかりに調査をお願いしてみた。「気が向いたら送ったるわ」と無愛想に受け取ってくれた。うちの大学名を聞いて何か心当たりがありそうな様子だったので、これは脈ありか? やっぱりK先輩のように実はけっこういい人なのでは…と思って、少しおかしかった。

アスファルトの国道をひたすら南下。国道だけに自動販売機なんかには困らないだろうと思っていたが、場所によっては全然見当たらないところもある。宿でいただいてぺットボトルに入れてきたお茶が切れてから、そういう地帯にさしかかった。余力はあったが、こういうシチュエーションも結構心理的には負担になるのね…とかえって新鮮な思い。

気がつくと、また“K先輩”が後ろにいる(彼は忍者か?)。まだこの辺りは山里という感じのところなので、なるべく日陰を選んで道路を渡り渡り歩いていると、対向してきた軽トラックが私の前でピタッと停まった。足を止めると助手席の窓が開いて、そこから「のほほん茶」のペットボトルが差し出された。30代くらいのお兄さんがお接待して下さったのだ。買ったばかりだったのかすごく冷たい。タイムリーなお接待に感謝、感謝。昨日の感じから、今回はお接待には縁はないだろうと思っていた(あまりにも私の中で当たり前化していた上に国道という状況だから)し、“K先輩”がもし前を歩いていたら彼が受け取ったであろうお接待だったから。今まで何度かお接待を受けたけれども、この時ほどじーんと沁みたのは無かったかもしれない…。お接待が「たまたま」の重なりの上に受けられるということを、分かったつもりでいたけれど、実はこの時まで本当に心の底から理解できていなかったんだな、としみじみ思った。それにしても、やっぱり神様(お大師様)って良く見てらっしゃるー?! 本当にいるのかな、といつもどこかで思うけれど、こういう時はきっといるって思ってしまう、一瞬だけど…。こういう一瞬一瞬を20ン年積み重ねた今は、「いないとは限らない」「いたら面白い」「確実にいるところは個人のこころの中」って、どっかの学者のセリフみたいだけど、そんな風に考えています。

10:25 2nd DOWN(休憩)。 毎日果実(レーズンクラッカーみたいな栄養食)でブランチ。お茶も補給しておく。ここは自動販売機のオンパレード、カップヌードルやお菓子など食べるものも置いてあるが、お腹はすいているのにとっても食べる気になれない。私はいつも動く時は食が細くなる性質。何故だろう??? 10:45 UP。

12:00 牟岐駅。あまりに道中つらすぎて、待合室で休憩させてもらった。よ〜やっと海に近づいた予感。

13:00 鯖大師。バスや自家用車で廻るお遍路さんをGETできるかと期待していたが、人っ子ひとりいない。ここまで、ようやく海沿いに道が走りだしたのに少し気分が明るくなったものの、陽が射し始めてウンザリ。海沿いといっても波打ち際ではなく、海は崖下?mもある。瀬戸内(山陽地方)は海沿いの国道はもっと海面に近いので、太平洋はさすがに違う、でも淡路島もけっこう険しかったなぁ、などともう雑念は四方八方に飛び散り、すでにコントロール不能。すっかりやる気もなくなって、鯖大師はサクッと見ただけで後にする。国道まで戻ると、向かいの公会堂のような小屋の芝生で “K先輩”が寝ていた。それを見て、ますます力が抜け、休憩がてらうどん屋さんに入る。水がうまい!もちろんおうどんも美味でした。 13:30 UP。

14:00過ぎ 浅川駅直前で救世主あらわる。この30分やそこらが本当〜にきつかった。距離的にも記録更新。足首は痛いわ、汗と湿気でベタベタだわ、車はビュンビュン通り過ぎていくわ、へたり込みたい気分だった。誰か拾ってくれぇ〜と心の片隅どころか真ん中で思いながらも、そんな甘えた気持ちでお接待なんか降って湧くはずもない。(ちきしょー、もう少しだから歩かなしゃーない!)とへろへろ歩いていたら、白い車が停まって「乗って行く?」と声をかけてくれた。一瞬わけがわからなくて、ぼーっとしてしまったが、後続の車がクラクションを鳴らしたのに我に返って、乗せてもらうことにした。

徳島市内で酒屋さんを営む方で、海部で1杯やった後、帰る途中で私を見かけて追いかけてきてくれたらしい。きっとヤンキー遍路みたいなのに辛そうだったから、気の毒になったのだろう。姪御さんがかつてお遍路さんをしたことがあって、お接待をしたいが迷ったそう。車のお接待は断られることも多いんだろうな…(みなさんご立派)。

私は前回の旅の時に、どなただったか「お接待を断ってはいけない」と言われて、ほぼ全て有り難くいただいている。(1度だけ車のお接待が続いた時にお断りしたことがある。)その方によると、お大師様が道中の托鉢を義務づけた(推奨した?)のは、お布施をいただける人といただけない人があって、いただける人というのはそれなりの人格や風格が滲み出ているから。だからお布施をいただけるような風貌(人間)にならなければいけない。その修行として托鉢があるとのことだった。

確かに受ける側の自由(受けるか拒否するか)はあると思う。けれど、する側の気持ちとしても、他の誰でもなくそのお遍路さんに、という何かがあったわけだし、この日記をアップしていただいている遍路のホームページの第一人者である、くしまひろし さんがおっしゃっていたことだけど、信仰がなくてもお遍路さんは地元の人(お接待する側)に対して彼らの素朴な信仰を受け止め、「期待された役割を演じる」ことがとても大切なことだと、私も思います。別に「お接待を断るのは間違いだ!」とか、私がお接待を受けることを正当化しようとか言うのでは決してないのですが。

15:30 海部駅。救世主さんに何と、ビールにサザエのお刺し身のお接待をいただいてしまった。いくらなんでもこれは甘え過ぎだと一度はお断り(…というより遠慮かな)したのだが、結局甘えてしまいました。今回はとことんダメ遍路だー。ま、いっか。次回は今回の分も気合入れれば。(性格がバレる…)

というわけで、丁重にお礼を言って海部駅を後にする。

17:00過ぎ お寺到着。ここまでの道のりの遠いこと遠いこと。途中で小雨が降り出して、濡れながら歩きに歩いた。距離ははっきりとは分からないまでも、6〜7kmはある。何遍イヤんなったことか。。。

お寺の階段脇に木造の家があって、縁側に誰か腰掛けている。住職への取り次ぎを頼むと、出てきたのは小柄でやさしそうな和尚さん。あっさり宿泊を許され、先客のお遍路さん2人組とご対面。彼らは決して連れ立って旅をしているのではなく、道中何度も一緒になったり別れたりしながら、すっかりコンビになってしまったスピードスケートの清水宏保似のプー太郎くんと、信州からはるばるやってきたこのお寺と同じ曹洞宗の小僧さん。ほんの2,3日滞在する予定が、居心地のよさについつい1週間近く居着いてしまったらしい。そこに新たなお客さんがやってきた。何度かこのお寺にも顔を出されたことのある方で、この方に公衆電話まで車に乗せてもらった。(一番近くの電話まで2kmある。)みんなでお夕食を頂いて、ここでの生活や作法について小僧さんに教わった後、新たなお客さんがダビングして持ってきてくれたビデオ「チベット死者の書」(NHKスペシャル)を観る。これは2回シリーズのうちの後半で、死者の書の内容を紹介している。この本は日本語訳で私も読んだが、面白いといえば面白い。退屈といったら退屈、馬鹿げてるという見方もできる、なかなか深い本である。主に通学の電車の中で読んだので、気がついたら寝ていた、のくり返しだったが、こうして映像で(グラフィックも気合が入っていた)観るとわかりやすい。明朝の坐禅に備えて、半跏趺坐(結跏趺坐は全くできない)で観たが、30分ぐらいでダウンしてしまった。

先客遍路のふたりに調査項目をやってもらう。小僧さんはPFスタディという心理テストに生真面目に取り組んでくれて、恐縮してしまった。“清水くん”の方は気軽な感じで、ちゃんとやってくれ、二人ともどうもありがとう。小僧さんの遍路のきっかけは、夢枕に大日如来が立たれ、「密教を学べ」と言われたからだそうな。こんなこともあるのかと感心した。それにしてもお遍路さんには、このような不思議な体験談がかなり多いと思うのは私だけ? 巡礼の歴史をひも解くと、洋の東西を問わず奇跡譚や神秘体験がドサッとある。巡礼というかつての信仰と祈りで支えられた形態が大規模に今なお名残を留めるのは、日本ではやはり四国が代表格だからだろうか。それほど信仰心が篤くなくても、お大師様を見たとか逢ったとかいう人も中にはいる。私は逢えそうもないなあ…。何回も何回も四国を廻っていると、いつかそんなこともあるんだろうか。。。

本日の歩行距離: 31km+6,7km
四国遍路目次前日翌日著者紹介