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掬水へんろ館

30日目 1999年7月24日  晴れ(熱暑)

 天気予報の今日の最高気温は35度。屋根があって風通しのよい気象観測用百葉箱で35度ならば、直射日光が当たり道路の照り返しのある場所では、いったい何度になるのであろうか。朝早く出発することにした。5時15分、日の出時間の涼しい道路に出る。まずは、71番弥谷寺への幹線国道歩きだ。

 高瀬町を通り過ぎ、国道から離れると、正面に弥谷の山がよく見える。お寺は見えないが、中腹の沢の奥がそれらしい。道が登りになると日差しも強くなってきた。でも、歩きやすい時間に距離を稼いでおかなければならない。登りが少ないとはいえ、今日は40km近く歩く予定だ。休まずに一気に行こう。

 坂のきつい参道を登り終え、7時45分に俳句茶屋を過ぎると、奥の深い登り階段の連続になった。やっとお堂に着いたら、靴を脱いで参拝するらしい。靴を脱いでお堂の中に入ると、風がなくなり汗が噴き出してきた。読経を済ませると、足元の板張りに汗の水たまりが出来ている。 「雑巾を貸してもらえませんか?」 「何に使うの?」 「汗で床を濡らしてしまったもんで・・」 「向こうにあるからドウゾ」 床を拭いていると、新たな汗がまた床を濡らすことになった。

 ここは大師堂だった。本堂はまだ上の方にあるという。靴を履いて、また階段を登る。本堂は風が通ってさわやかだった。目の前に、今日歩いてきた道がずっと見えた。確実に進んでいることがよく分かる。高知では、一歩一歩がどんな意味を持っているのかわからずに歩いていたが、今は、一歩一歩が結願に近づいている確かな実感がある。意欲が湧いてきた。下りの俳句茶屋までに、20人以上の参拝者を抜き去った。

 72番曼陀羅寺を打ち、すぐそばの73番出釈迦寺まで登る。9時になると、日向と日陰の差がとても激しい。73番は日陰にベンチがいくつも用意されていて、格好の休憩場所になっていた。カロリーメイトと水だけのオヤツをとりながら、しばらく日陰のベンチで休んだ。このところ、お寺でお参りするたびに、満たされた安らかな感覚がある。このまま横になったら涅槃になれそうな気がしたが、きっと昼寝にしかならないだろう。

 10時過ぎ、74番甲山寺の本堂で読経する。隣は、女の子連れのオカアサンだ。この女の子の読経がすごかった。一字一字ハッキリとよどみなく流れていく。 「すごい上手だねー、何年生?」 「フフフ、2年生」 はにかみながら答えてくれたが、はにかみの裏側に自信があふれていた。オカアサンも満足そうだった。少し大きめの白衣に輪袈裟、数珠まで持っている子供に完璧に負けたと思った。     (久しぶりの)「四国、おそるべし」

 山門には托鉢遍路が座っていた。53番で会った人物と同じようだ。あの時与えられた宿題の答えを強要されている気分になった。 『この前は、お接待しなかった。今日は、お接待してみよう』 まだ、どちらが正解なのかわからない。だから、2つの方法を比較してみようという考えだ。 「途中でお接待して頂いたお金です。僕よりもあなたのほうが必要でしょうから、使って下さい」 お鉢にお金を入れた。托鉢遍路は、頭も下げず横を向いたままだった。宿題は解決しない。

 10時35分、75番善通寺に入る。大きくて人の多いお寺に驚いた。まるで観光地に紛れ込んだように思う。夏祭りの練習なのか笛や太鼓が聞こえるが、どうもお経とはマッチしない。善通寺の駅に通じる門前町も、どこか華やかに感じられて暑苦しく、すぐに裏道に入った。

 12時10分に76番金倉寺を打ち、広い片側2車線道路の右側の歩道を進んだ。突然、反対側の歩道から声がかかった。 「お遍路さーん、暑いねー」 自転車に乗って同じ方向に進む麦わら帽子のオカアサンだ。 「そうですねー」 「あんた、学生さーん?」 「いーえ、そんな年じゃないですよー」 まるで、山の向こうの人と会話するような大声だ。少し恥ずかしい。かといって無視なんかできるはずもない。 「じゃー、頑張ってねー」 「ハーイ」 酒造工場の先の旧道入口を見落とすところだった。

 直射日光は強いし、道路からも熱気が上がってくる。暑さにたまらず、喫茶店に飛び込んでカキ氷を注文した。冷房と氷の冷たさで身体のホテリが消えていく。気が付くと30分以上も店の中にいた。 『冷房という文明の利器に頼るのは、いいことなのか、それとも悪いことなのか』 ことあるごとに宿題は増える。しかし、暑さのためか、考える余裕もあまりない。今回は、『異常な暑さなのだから・・・』と流してしまった。

 13時40分、77番道隆寺にお参りし、人気のない境内で休む。異様な2人が現れた。一人は、白衣を着て、黒いフルフェイスのバイクヘルメットをかぶったまま読経する遍路。もう一人は、青い作務衣を着て腰に大きなガラガラ鐘をつけた遍路。2人目は驚いたことに裸足で歩いている。アスファルトは焼けていて、靴を履いたままでも熱いのに、裸足なんて考えられない。ポカンとして、二人を見つめていた。

 考えてみれば、僕自身も短パンに袖無しシャツの異様な遍路だ。この寺に、3人の異様な遍路が揃ったことになる。二人に声を掛けようかと思ったが、もっと異様さに染まりそうでヤメた。先にお寺を出ることにした。人のことをトヤカク言える立場ではないが・・・。

 しばらく歩くと、うしろから声を掛けられた。「あんた、歩くの速いねー」ミニバイクに乗った黒いヘルメットのさっきの遍路だ。話してみると異様さは全然見られず、いい年令の気のいいオトウサンだった。 『格好で人間を判断されるのは嫌だ、と言っていたのは自分じゃないのか』 反省した。

30日目、78番日焼け
30日目、78番日焼け

 15時30分に78番郷照寺に着いた。山門で団体遍路に写真のシャッターを頼まれる。 「あんた、日に焼けて真っ黒ねー。写してあげようか?」 短パンの裾を持ち上げると、日焼けの黒と太股の白の対比が鮮やかだった。

 夕食後に明日の宿の幸荘に電話した。 「歩き遍路ひとりお願いしたいのですが・・・」 「お名前は?」 「橘と申します」 「ウワー、ギャハハ・・、ちょっと待って下さいね、ギャハハ・・・」 『何だ、これは。出発前にEメールでお願いしておいたので、名前はわかるのかもしれないが・・・。笑い声がどういう意味か理解できない・・・』 

 しばらくすると、「もしもし、ワタシー」 なんと、嫁さんではないか。今日は徳島のあたりを歩いているはずだったのに・・・。焼山寺の遍路道を歩いた後はバスを利用し、一日早く合流予定の宿に到着したということだ。おまけに、驚かそうと思って、今日の昼は善通寺で1時間ほど僕を待ち伏せしていたらしい。残念ながら、僕の方が15分くらい早く通過して空振りになったが・・・。明日午前9時に、80番で落ち合うことにして電話を切った。

 30日目 →39km、↑300m、53000歩?、5:15〜16:40、坂出市「ニューセンチュリーH」

<日焼け>

 よく焼けました。 雨や曇りが多かったとはいえ、真夏の遍路ですので、日焼けは覚悟していました。少年時代から、真夏の炎天下で野球の練習を続けていたわけですから、僕の場合は、日焼けに対して特に注意していることはありません。海水浴などでは、背中や鼻の頭の皮が剥けることはよくありましたが、熱を持ったり水泡ができるということはありませんでした。今回の遍路では、梅雨の時期から少しずつ焼いていったことになりますので、日焼けに関しては、何も問題がありませんでした。

 でも、日焼けに慣れていない一般の人は、それなりの注意が必要だと思います。笠をかぶっていますので、顔が直射日光に晒されることはありませんが、道路の照り返しなどで、やはり顔もそれなりに焼けるようです。ですが、黒くなるのさえ我慢すれば、直射日光が当たらないわけですから、皮が剥けたり赤く痛くなったりすることはないと思います。

 問題は、直射日光に晒される腕だと思います。途中で出会った遍路の中には、日焼けに弱い人が何人かいて、その人達は、暑くても長袖のシャツを着て対処していたようです。その中の一人は、シャツを着ていても焼ける、と言っていましたので、日焼けに極端に敏感な人は何か方法を考えるか、真夏は控えるかしかないように思います。火照らないよう、時々水を掛けるくらいしか解決法が僕には思いつきません。

 女性の場合は、もっと大変だと思います。梅雨明け以降には、女性の歩き遍路に一人も会いませんでしたが、この時期を避けているのかも知れません。ガングロギャルやスポーツ少女以外は、無理をしないほうがいいのでしょう。

 もし、女性がこの時期に歩くのならば、(お化粧については全然わかりませんが)顔や腕にサンスクリーンを塗るのは当然でしょうが、それ以外にも工夫が必要だと思います。たとえば、顔を焼かないように手ぬぐいやタオルで顔を隠すとか、首を焼かないように襟高の服を着るとか。昔の白拍子のように、笠の縁から布を垂らすののも一方法かも知れません。

 長袖シャツに手っ甲、そして手袋で手と腕を完璧防御した女性に梅雨明け前に会いました。暑くないですかとお聞きしたところ、とても暑いです、と開放的な僕の格好をうらやましがられました。春や秋でも日焼けはするのですから、遍路をする以上、(足のマメの完璧な防御法がないのと同じように)日焼けの完璧な防御法はないのだと達観するのが一番なのかもしれません。

 まとめますと「真夏の遍路には『日焼け』はつきもの。日焼けがイヤなら他の季節に」となりますが、こんな真夏に歩く僕のような遍路のほうが、まともじゃないような気もしています。


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