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掬水へんろ館

平成11年『自分探しの旅』
【4日目】(通算46日目) 4月18日(日)[ 雨のちくもり ]

 ゆうべはウツラウツラするばかりで、ほとんど眠れなかった。
どうも、「自殺した」という、顔も知らないお遍路さんがちらつく。
自分が見たわけでもないのに、何を恐がることがあるんだろう。
肉体は滅んでも、魂は、仏さまに救われたのではないのか。
 頭では信じているはずなのに、精神の奥底で、何かがざわめく・・・。

かわった嫁入り道具

 午前5時には起きて、荷物詰めと、雨装備の準備。6時半朝食。
宿のおばさまが、ご近所さんの「お嫁入り」の手伝いに行くので、泊まり客全員、この時間の朝食となった。
嫁ぎ先のご近所10軒あまりに、花嫁自ら挨拶してまわるのだそうだ。
雨なのに花嫁衣装で、大変だ。
 この辺では、結婚式のお披露目の時に近所の婦人会のおばさんたちがお手伝いに行くのが慣わしで、そのおばさんたちが座る「座布団」を、花嫁が「嫁入り道具」として持ってくる風習だという。(20〜30枚もよ!)
そして、この「おざぶ」の善し悪しで、嫁の価値が決まるんだそうだ。(ほんまかいな) この宿のおばさまも、「ちゃーんと持ってきた」とおっしゃるんだから、ホントなんだろうけど・・・。
 土地によっていろんな習慣があるものだ。

 九州から来られたという、(無口なダンナさんと対照的に)よくしゃべるおばさんに相づちを打ちながら、愛ちゃんと、せっせと朝ゴハンを食べて、一緒に出発。
 2人ともカッパを着ずに歩き出したのに、ちょっと歩くとまた雨が降りだした。
あわてて雨装備。2人で話しながら歩いていると、雨なのに8.7キロがとても短く感じられた。疲れもグチも出ない。でも、なにせ無類の方向オンチ。
(愛ちゃんも似たり寄ったりだった)

 案の定、札所手前まできて道がわからなくなった。

「うどん」に続く、お接待

 雨の中で地図を広げていると、ナント、あの「手打ちうどんお接待」の安藤さんご夫婦が、突然、車で現れた! 
「ずっと気になってたの。もうこの辺まで来てるのねぇ。もうすぐそこが68番さんだからね」と、詳しい道順を教えて下さり、ブーッと去っていかれた。
一瞬の出来事に、2人ともびっくり。心配してわざわざ見に来て下さったのだろうか。(とことん、親切なご夫婦だ)

 助け船も出たので、無事、第68番札所「神恵院」に到着。
ここは、同じ敷地の中に第69番札所「観音寺」もある。つまり、68番と69番が、いっぺんにお詣りできるのだ。
愛ちゃんが「便利寺だー、セットになってる!」と叫んだのも頷ける。
 団体遍路さんがワサワサいたし、けっこうな雨になってきていたので、あまりゆっくりもできず、出発することにした。でもここで、お接待のジュースとパンをいただいた。近所の婦人会の皆さんがお寺の手伝いに来て、納め札と交換に配ってくださっていたのだ。有り難いぞ、婦人会! 
 愛ちゃんと2人、「わーいわーい、昼ゴハンがういたー!」と、声を出して大喜びしてしまった。・・・いじましいぞ、歩き遍路。

 4.7キロで、第70番札所「本山寺」に到着。
愛ちゃんと話しに夢中になっていたら、すぐに着いてしまった。
 お詣りを済ませたあと、納経所横の軒下を借りて昼食。さっきいただいたパンとジュース、きのうの朝、岡田のおかあさんにもたせていただいたおにぎりを1個ずつ。雨を見ながら、足をぷらぷらさせながらの、楽しい食事。
 2人で、今日の宿の相談をする。「雨だし、あんまり歩きたくないねぇ」ということで、私の予定の「超ラクチンコース」に決めたとたん、急に空が晴れてきた。
悩んでいる途中ではなくて、「決めた瞬間」に晴れてきたということは、「それでOK!」と言われたんだ、と「いいように」解釈した。
 予約も快諾してもらって、2人ともゴキゲン。今日も2人連れ決定だ。

愛ちゃん

 空は晴れたが、靴に水が入っているので足はグチョグチョ。
身体も冷えきって寒かったので、カッパのまま歩きだす。
 愛ちゃんと、もう随分長く一緒にいる。表面的なことばかりでなく、そろそろお互いのプライベートな部分に話が及んだ。
 彼女の家族の話をたくさん聞いた。お母さんが、少し具合が悪かったこと、お父さんの献身的な看病のこと、神戸にいるお姉さんのこと、愛犬ボニーちゃんのことなど、いろいろ。愛ちゃんは、勤めていた本屋さんをやめて、これから、「執筆活動」を始めるところなのだそうだ。(彼女は「作家志望」なのだ) 
 男の人には今のところあまり興味がなくて、人と深くつきあうのが苦手、と言うが、ものすごく素直でかわいげのある子なのだ。
これから、楽しくて幸せな経験をいっぱいして欲しいと思った。
(母のような気分? いやいや、「お姉さん」にしておこうっと)

 歩きながら、ずーっと話していた。年齢は離れているが、やはり「女同士」の気安さか、男性遍路の人たちと歩く時のような「気疲れ」がない。

おやゆび姫の失敗

 元気に、今日の宿「旅館ほ志川」に到着。
歩いているうちにカッパも乾いていたし、冷えきった身体も、大きめのお風呂に2人で入って、温まった。お風呂に浸かると、「あー、ゴクラク、ゴクラク!」なんて言葉が自然に出てくる。
 本当の「極楽」は、ずーっとこんな気持ちいい状態が続くのかしら、と2人で笑った。

 極楽の蓮の花は、それぞれが個人の「お風呂」になっていて、うっかり「蓮」じゃなくて「チューリップ」に入っちゃったのが、「おやゆび姫」だったのかも・・・、なんて話に花が咲く。

 でも、童話の世界に浸ったのも、お風呂の間だけ。部屋に戻ると、いつもの現実、洗濯物オンパレードなのだ。カッパやリュックまで部屋中にぶら下げて、メルヘンも何もあったもんじゃない、すごい状態なのだ。
 部屋は古びた感じで「快適」とは言い難かったが、食事は本当においしかった。一人用の鍋物(これが、すごい量!)に、コロッケや春巻きまでついていて、とっても家庭的。
この宿は学生さんたちが合宿で使うことが多いというから、ナルホド納得だった。

 寝る前に、愛ちゃんの部屋で「情報交換」した。
彼女の持っている「遍路地図」(四国遍路ひとり歩き同行二人)は「最新版」で、私のより、情報が新しい(当たり前)。
私のには載っていない、新しい「宿」や「遍路道」が載っていた。
 遍路道も進歩(?)しているのねぇ。

留守宅の2人

 愛ちゃんは携帯電話で、私は宿の公衆電話で、それぞれの家に「定期報告」を入れる。(私は、遍路中は携帯電話を持たないことにしている)
 我が母とダンナで、「どうも声が弱ってきてるみたいだ」などと、私のことを話していたらしい。心配してくれてありがとう。
でも何より、まだ「家族になりたて」の2人が、仲良く暮らしてくれていることに安堵を覚える。どうぞ、楽しくやって下さいね。

 洗濯物も、リュックもぜんぜん乾かないのに、明日もまた、大雨だという。
明日は何処まで行ったものやら・・・。

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