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掬水へんろ館

平成9年『出会いの日々』
【2日目】(通算36日目) 5月13日(火)[雨・晴れ・曇り・雨]

 ゆうべはさっぱり眠れなかった。

 部屋は全面ガラス張りなので、電気をつけると向かいのオジサンに迷惑だと思い、懐中電灯を出して、遍路地図で暇つぶし。布団の上で、今後の行程の研究をした。がんばれば、9日間で69番くらいまで行けそうだ。しかしそうなると、88カ所中の4つの難所のうち、60番横峰寺と66番雲辺寺の2つもを踏破することになる。「この体力で果たして・・・」、
 などどやってると、午前0時を過ぎた。これはイカン、せめて5時間は眠らなきゃ。目をつぶってみる。けど、さっぱり眠れない。身体が痛いわけでも、何かが恐いわけでもないのに、眠れない。ウトウトさえすることなく、5時には起床した。
 この近所のニワトリは午前4時から、数分間コケコケやっていた。なんだか気の弱い、情けない鳴き声だったが、あれはあれで、一生懸命なのだろう。健気だ。

カエルが鳴けば雨が降る

 私の朝食は6時半、西川さんは7時なのに、出発は、同じ7時15分になった(なはは)ので、次の札所までご一緒することにした。

 ところが、雨ですよ、雨! 
 明け方暗いうちから、イヤにカエルが鳴いているので、ヤな予感がしていたが、案の定だ。でもカエルは、「雨が降る」ことをほんとによく知っている。「アマガエル」っていうだけのことはある、と変に感心してしまった。
 途中で、西川さんはポンチョ、私はとりあえず傘をだして出発。

 次の第47番札所「八坂寺」までは0.7キロ、アッという間だった。
おつとめも納経も済ませて、西川さんは一足先に、私はカッパを出して完全装備にして少しあとから出発した。

 遍路道を進み出すとすぐ、「文珠院」というお寺があった。ちゃんと、本堂・大師堂・納経所もあるので、見過ごすわけにもいかず、ひととおりお詣り。カッパを脱いだり着たり、荷物をゴソゴソ。もうそれだけで時間がかかる。それから、降りしきる雨の中、ただひたすら西川さんに追いつこうと歩いたが、彼女の姿は見えてこなかった。あきらめて、途中の稲荷神社でひと休み。荷を下ろしてカッパの上着を脱ぐと、キモチいい。雨もひどいし、行きたくない。さりとてここにいるわけにもいかない。
 ヨイショッと腰をあげる。

ふられたんとちゃう

 47番から4.5キロで、第48番札所「西林寺」。
 西川さんはもう大師堂のお詣りを終えられるところだった。私もセオリーどおり、本堂からはじめる。気づいた時には、もう西川さんはおられなかった。ここで私はまたぐずぐず。雨が止んだのだ。もう暑苦しい格好で歩けない。リュックにカッパの上着を詰め込んで、きのう連絡がつかなかった彼に電話もしてみた。
「心配するやんかー」などとおっしゃる。なに言ってんだか。私は何度も何度も、痛い足を引きずって売店に降りてって電話したんだぞ。そのたんびに虚しくピーピーって、カードが返ってくるだけだったんだぞ。売店のオジサンにも「何べん電話してもおらへんみたいやなぁ、ふられたんちゃうん」なんて目で見られてたんだからねー、カッコ悪かったんだからねー。
 誤解も解けて(大したことないけど)、ガンバレ! と激励されて、また機嫌よく出発した。

西川さんと行ったり来たり

 今度は3.1キロで、第49番札所「浄土寺」。また西川さんは大師堂。ちらと挨拶したが、またいつの間にかいらっしゃらなくなった。私はここでもまたゴソゴソ。カッパの下も脱ぎたかったし、パックカバーもはずしたかったからだ。それをリュックに押し込むのにまたひと騒動。ああ、何をやっても時間がかかる。
今日51番止まりの西川さんよりこんなに遅れてしまって、果たして53番まで行けるのだろうか。 ちょっとイヤな予感。

 次は1.6キロ。お墓のまん中を突っ切る遍路道を抜けて、第50番札所「繁多寺」に到着。
 おお! 西川さんは本堂だ。さっきより差は縮まった。おまけにおつとめをはじめてみると、私が先に大師堂へ。 早い! 追い越したぞ。
(西川さんの方が念入りに、キチンと長いお経を読んでらっしゃるということで、追い越したって何の自慢にもならないんだけど・・・)
 おかげで、納経が一緒になり、51番までの途中で一緒にお食事しましょ、ということになった。もう2人とも腹ぺこなのだ。

 途中のコンビニで昼食を買い込み、第51番札所「石手寺」へ。大きなお寺だ。みやげものを売るお店もいっぱい出ていた。お詣りが終わり、お寺の方のご厚意で、畳のお部屋に入れていただき、待望のランチ。
 この時、私の目標「53番寺到着」は、もろくも崩れ去っていった。 次までは、あと16キロもあるのだ。今から4時間もかかったら、宿に着くのは夕方になってしまう。(また雨も降り出したし) しかし、ちょうどいい距離に宿はないので、いやいやながらも、4キロ先の宿に電話してみる。遍路道からもはずれてるし、気がすすまないなぁと思っていたら、宿の人だーれも電話に出てくれない。
「あらー、私の気持ちが通じたのかしら。ラッキー!」
 これ幸いと、1.3キロほど先の(実は狙ってた)「道後ビジネスホテル」に変更。丁寧な応対だ。おまけに、ツインの部屋を一人で使って5500円+消費税なりという。今日はベッドで眠れる! よかったよかった。
 すっかり安心して、畳の部屋で、また西川さんと長いおしゃべりをした。腰を上げたのはナント午後2時半だった。

 西川さんが泊まる51番「石手寺」は「素泊まりのみ」なので、お風呂も食事も外(道後温泉)に行かなきゃならないのだそうだ。私の部屋はツインなので、よかったら来て下さいねと言って、納め札を交換してお別れした。

 石手寺を出て、途中の「義安寺」にお詣り。そこから、ホテルはすぐだった。
なかなかプリティなお部屋に入れてもらった。でもやっぱりビジネスはビジネス。自販機のジュースは5種類くらいしかないし、岩風呂っていうから期待して見に行ったけど、たいしたことなかった。それに、トイレットペーパーが固い!
 このところ、いったん鼻水が出ると止まらないのに、こんな固いトイレットペーパーを使っていたら、鼻もお尻もボロボロになるじゃないか!
(自分のティッシュペーパーには限りがあるのだ)

お座敷前の道後温泉?

 外は雨。でも、せっかくなので「道後温泉」に出かけてみる。ホテルからすぐの所だった。けっこうでっかい建物で、「入浴券販売所」には、何種類かのランク分けした値段が書かれていた。
 私が選んだのは階下(1階?)の、280円のだが、2階680円とか、その上のクラスで980円というのまである。「何でそんなに差があるの?」 わたしゃビンボーなお遍路なんだもん、そんな高いお風呂になんか入れない。
(でも、どんなんだか見てみたいじゃないか、見せるだけでも見せろー、ちょっとだけ見せろーと、叫びたかった)
 あきらめて、私が入ったのは、地元の人たちが入る、普通の銭湯かんかくのお風呂。でもさすが温泉、ちょうどいい湯加減で、いい気持ち。お肌もツルツルになりそうだ。

 湯舟につかって周りの人を観察してみる。
どのオバサンもおバーちゃんも、みんな(ほとんどの人が)、頭にシャワーキャップをかぶっている。よくよく見ると、けっこうキレイに髪を結っているようだ。脱衣場に出てまたまたよく見てると、着物や浴衣に着替えている。しかも着物の襟をうんとくってる。芸者さんがするみたいな、うなじを見せるやり方だ。なんだかバッチャマが多いけど、これからお座敷に出る芸妓さんなのかもしれない。「ふーん、へーーえ、そーなのー」、とすっかり感心したので、満足して温泉を出た。

 スーパーに入って、しこたま食料を買う。人間「貧困」が続くと、時々狂ったように物欲の塊になるのだろうか。とても食べられないだろう量を買ってしまった。ティッシュもいっぱい買ったので、痛いトイレットペーパーともおさらばだ。

 ホテルに帰って調子に乗ってたらふく食べたら、気分が悪くなった。なのに、「ナタデ・マンゴー(ナタデココとマンゴーのデザート)」、ジュース2本、お茶2杯も飲んだ。もう胃が「カンニンしてー」と叫んでるのに、まだ飲みたい。「ビール飲みたいー!」の気分。 何だか今日は気持ちが支離滅裂だ。

 ミカンでも食べて寝よっと。

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