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平成9年『出会いの日々』
【1日目】(通算35日目) 5月12日(月)[ 晴れ ]
ゆうべは午後8時半過ぎには寝た。でも、しっかり眠ったのは最初の1時間半くらいだった。
眠れぬ夜
ハッと目を覚ますと、まだ10時、また眠る。
夜中の12時、今度はものすごく恐い夢を見て起きた。隣りのおばさま(今日一緒に泊まってる歩き遍路さん)が、とっても恐い顔で、私を布団ごと足からグルグル巻き込んでいくではないか。あまりの恐ろしさに、冷や汗までかいて飛び起きた。
数珠を両手にはめて、また眠る
次は午前2時、隣りのおばさまの「大声」でびっくりして起きた。今度は夢ではなく、本物の声。すごいでっかい「寝言」だった。何だかまた恐くなりながらもうつらうつらしていると、またおばさまが大声で怒鳴った。(何なんだ、いったい!) 意味はよくわからなかったが、すごくハッキリした、しかも長いセンテンスの言葉を大声で叫んでおられる。
起きている時は、おとなしそーで、上品にお話されてたのに、夢では大胆なタイプなのね。でも、おどかさないで静かに眠ってください、お願いします。
そのあとも、また4時にも目が覚めたし、なぜかトイレも近くて、かなり忙しい夜だった。結局、5時半には起床して支度。朝食前には荷物のパッキングまでできているという、かつてない「早わざ」をやってのけたのだった。朝はまた、遍路3人仲良く食卓を囲む。
まずは岐阜のおじさんが、「自転車」で出発。次は私が「歩き」で。数分遅れて西宮のおばさまが「バス」で、と三者三様の出発となった。ドッグ・アウェイ
久万までの道は、ほとんどが、去年登った道を反対に下っていくパターンだ。けっこう覚えているもので、間違えることなく元気に歩く。
あたりは静まり返ってるし、歩いてる人はぜんぜんいないが、農家の朝は早い。田んぼや畑で、仕事をはじめた農家の皆さんの姿がポツポツ見えて、寂しくはなかった。心配していた「犬」もほとんど現れず、ゴキゲンに行く。と、道路に何やらうごめく物体が! ナンジャナンジャと寄っていくと、小さなアカハライモリだった。(かーわいいぞ)
「あんまり真ん中に出ていくと車に轢かれるよー」なんて声をかけるが、おどかす気にはなれず、そのまま何もせず通り過ぎた。
また山へ入る道が出てきた。ちょっと知らないルートに入ったので、少しキンチョーぎみの私の目に、「クマ」のイラストが飛び込んできた。(ギョッ! この山、クマが出るのか?) よくよく見ると、車の部品か何かの宣伝看板だった。「なーんだ」。(ヤメテヨネー、小心な遍路をおどかすのは)
野犬対策用に今回は、「Dog Away(「犬、あっち行って!」という意味)」というのを持ってるが(これは、犬の嫌いな匂いのスプレーで、「犬に襲われないように」と彼が買って持たせてくれた)、「Bear Away(熊、あっち行って!)」なんて持ってないんだからねー。と、勝手に勘違いしておきながら、文句ブーブー。蜘蛛の災難
八丁坂途中の休憩所でトイレを借りたら、便器の穴にしっかり、蜘蛛が「巣」を張ってた。どうがんばっても、蜘蛛の巣をよけて用はたせない。何もそんなとこに陣取らなくてもいいじゃないか。
でも「小」の方なら雨と同じだから巣は壊れないはずだ。「ちょっとよけててねー」、なんて言いながら、用をたして、ドキッ! (女性の場合「小」の時だって紙を使うわけで・・・) 何の躊躇もなく、ポイッとティッシュを捨てしまったではないか! ・・・「巣」は、見事に壊れてしまった。
「よけててね」もないもんだ。悪いことしたなぁ。蜘蛛そのものは無事だったみたいでよかったが、「災難はどこから降ってくるかわからないんだから、災難の降りやすい所はなるべく避けて暮らそうね」、と蜘蛛に言い訳するしかなかった(自分でやっといてヒドイけど)。ごめんね。下りのハズの八丁坂は、途中登りにもなったりするので、またブーブー文句が出る。それでも何とか坂の終わりにさしかかった時、今回はじめての「歩き遍路」とバッタリ。45番へ向かってきた、横浜から来てるオジサンだった。「もう1ヶ月以上になるので、ヒゲボーボーなのさ」、と笑っておられた。
「女の一人歩きはくれぐれも気をつけなさい」と、30本くらい釘をさされてお別れした。(でも、このオジサンとは、これだけでは終われなかった。あとで、何度も再会することになるのだ)遍路ならタダでいい女
さて、いよいよまだ一度も通ったことのない道(これから先は当然、全く知らない道だけど)へ入る。だいたは45番から44番の「太宝寺」へ「逆打ち」するケースが多いので、このルートはあまり人が通らないのか、遍路道だって草ボーボーだ。「どこが道なの? ただの草っぱらじゃない! どっちに行くのー?」。
人が通らないってことは、「蜘蛛の巣」張りほーだい。「わてもわても」の蜘蛛の巣オンパレード。なにもわざわざ、遍路道をまたいで張ることないじゃないか。前を見てない私も悪いけど、何べん、蜘蛛の巣に顔面から突っ込んだかしれない。「蜘蛛の巣パック」なんてエステがあったら、タダでムチャクチャ美しくなってるんじゃないだろうか。
♪遍路ならタダーでいい女♪(エステのCMソングにあった節で)ってもんだ。でも、けっこうキモチ悪いんだぞ、糸のくっつく感触。もうやめてよね!草ボーボーなので、道(地面)が見えない。杖で、さぐりさぐり歩いていると、アマガエルが、ぴょんぴょんざくざく、出てくる出てくる。わー、かわいいじゃん、と座り込んで遊ぼうとした瞬間、ヤなことに気づいた。アマガエルがざくざくいるってことは? 草ボーボーで隠れやすいってことは? ・・・もしかして「ヘビ」も近くにいるんじゃないのか? いても不思議はない、こんなにおいしそうなのがいっぱいいるんだから!
間違えて食いつかれないうちに、私も早くおいとましなくちゃならない。スタコラサッサ、「逃げるが勝ちざーますわ」てなもんだ。しかし、逃げる途中も、草ボーボーは延々続いているので、用心しながらへっぴり腰だった。山の悲鳴
草地を無事踏破して、里の方へ降りてきた時、なんだか地響きのようなすごい音がした。音は、進むとともに大きくなっていく。「砕石場」だった。
大きな山を削って石を砕いて下へ流している。山肌が痛々しい。地を揺らすほどの轟音は、山の悲鳴にも聞こえた。それに、暑い中一生懸命に働いている人たちを見ると、大変だなぁと思うし、毎日このものすごい音の滝の中にいて、難聴にならないかしらん、と気の毒にもなる。ここは「山」にも「人」にも辛いところのようだ。
少し心を閉じて通り過ぎる。高野の千本峠を降りて国道33号線に出た。ゆるやかな登り坂。山の急坂ボコボコずりずり(すべる音)の道とは大違いの、綺麗なアスファルトだが、やはり国道はキライだ。人間に冷たい(足を痛めやすい)アスファルトは、実際には、太陽の照り返しで余計に暑いし、日陰もないのだ。
むごいもんぞや
やがて、遍路道標識が現れたので、また峠道に入った。三坂峠を下る。今度の峠は「下り」だ。登りに比べりゃ数百倍ラクチーン、ごきげーんとばかり、タッタカターと下ってゆく。ビュンビュン下ってゆく。しかし、また足が痛い。膝の関節と足首が、とってもイタイ! おまけに、何度もすべった。杖のおかげで転びはしないが、これがまた足にきて、本当に、痛い。
人間はどこまで「わがまま」にできているんだろう(私だけか?)。「なんでこんな目にあわなきゃならんのだろう」と、ひとしきり嘆いていると、目の前に何やら立て札が現れた。「久万街道」と書いてあって、説明がついている。高知への最大の「難所」だという。(前にもどっかで見たよなぁ・・。「高知への最大の難所」って、いくつあるの?)
唄も載っていた。
「むごいもんぞや 久万山馬子はヨー、三坂夜出て夜もどるヨー、ハイハイ」
この「ハイハイ」ってのが、何かあんまり切実さを感じさせなんだけど、ねぇ。でも確かに私は今、下るだけだから、けっこうラクだが、これを登ってきてまた戻るって、そりゃあーた、馬子さんもかわいそーだ。むごいもんぞや、ハイハイ、だわ、確かに。やっと網掛石大師堂までやってきて、今日はじめてのローソクと線香、お経をあげて、ホッ。・・・ホッじゃない、ホ じゃ! まだあと4キロ近くあるのだ! 足を引きずり引きずり、なんとか前へ。
今日は暑くてほんとにノドが渇く。門田屋さんで入れてもらった水筒のお茶も、ほとんど飲んでしまった。すると目の前(道ばた)に、イチゴ発見!(正確には「ヘビイチゴ」なんだけど。でも、イチゴはイチゴ) 見ただけでヨダレがだーっ。「ああ食いたい!」 おなか壊すかな? でも食いたい。イチゴイチゴイチゴイチゴイチゴイチゴ・・・。頭の中はイチゴでいっぱい。それがまた「これでもか!」と、あちこちに生えている。でもヘビイチゴには「毒がある」と聞いたような気がする。食いたい、あぶない、食いたい、あぶない・・。そればっかり考えてたおかげで、足の痛みを少し忘れていた。
理性ある大人なので、もちろん食べなかったしね、フン!(何がフンなんだ)山越えを含めた26キロあまりを歩いて、やっと目的地に到着。今日泊まる「長珍屋」を、いったん通り越し、第46番札所「浄瑠璃寺」にお詣りする。
少し古びた、それだけに落ち着きのある、静かないいお寺だった。お迎え札の宿
午後4時、やっと宿入り。「長珍屋」は、思ったよりでっかくキレイな、「団体遍路さん、いっくらでもいらっしゃーい」という感じの旅館宿だった。
玄関前に立ててあるお迎えの札に、数々の団体さんに混じって「永井様」と私の札があって、びっくり感激した。
さっそく部屋に通してもらって、団体さんの着く前に急いでお風呂。案の定、広いお風呂に、私一人。(さすがに今日は泳ぐ元気はなかった)
せっせと髪と身体を洗って出たところへ、オバサン軍団の先陣2人登場。危機一髪、一人風呂セーフだった。
次は「洗濯機」争奪戦だ。急げや急げ! でこちらもセーフ! 乾燥機を使うころには、4台あった洗濯機はフル回転状態だった。すごい! 今夜中に洗濯できない人も多いにちがいない。私がこの団体の一員だったら、ぜったい一生洗濯できないと思う。次の目標
風呂場で、きのう宿でご一緒した西宮のおばさまにバッタリ。西川さんというお名前と判明した。食事も、一人者同士向かい合わせの席だったので、いろいろお話をする。
私たちの会話が聞こえたのか、隣りの席の団体さんの先達(遍路のリーダー)のおじいちゃんが話しかけてこられ、私たち2人を、とてもほめてくださった。そしておじいちゃんは、四国遍路の次はぜひ「富士山」に登るべきだ、それも、「5合目からでなく、下(一番下)から登りなさい」と、一生懸命勧めて下さった。
だんだんその気になってくる。遍路が終わったら、ライフワーク(そんなたいそうなもんかい!)がなくなると思っていたが、「富士登山」、いいじゃないか!
でも、お四国参りは、弘法大師と2人連れだから、こんな軟弱な私でも、できているのかもしれない。大師も一緒じゃなくて、「登山」なんてしたこともない私が、できるのだろうか。本当にやりたいだろうか、悩んでしまう。
(・・・ま、ボチボチ考えましょか。88カ所さえ終わってないんだから)その、先達の大槻さんというおじいちゃんは、部屋に帰ってから、宿の人を通じて「お接待に」と、5000円も下さった。(多すぎませんかー? 困ってしまう) お断りもできず、納め札に名前を書き、母に貰った秘蔵のキャラメルをつけて、おじいちゃんにお渡しいただくよう、宿の方にお願いした。
プロポーズの答え
夕方、母に電話した。元気そうだった。今日、峠の途中で急に母親に会いたくなって、「ママー!」なんて叫んでしまった。何なんだ、私は。
もちろん、彼のことも考えてる。実は今回遍路に出る前に、なんと「プロポーズ」されたのだ。遍路から帰ったら返事をする、と言ってあるので、旅の間に「答え」を出さなきゃいけない。彼は大好きだけど、今までの私の辞書に「結婚」という言葉はなかったんだもん。少しだけ考えさせてね。
今日はまだ眠くないから、よく考えよう。考えたいのに・・・。
隣りの部屋のオジサンは、でっかいオナラを連発(何十発もよ!)、
向かいの部屋のオジサンはすっごいイビキ。やかましい! 考えられん!
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