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掬水へんろ館

平成7年『震災と遍路』
【おまけ】 4月21日(金)

 「遍路衣装」をしまい込んで、普通の人に戻った朝。 祖母は、「見送りたいけど、ゲート(ボール)があるけん」と、すまなそうに、「生きがい」のゲートボールに出かけていった。ボールを打つ時の、カーンという音が、たまらなく好きだという。「快感!」なんだと。
 やっぱ若いわ、91才!

 時間まで、大好きな叔母にくっついて、彼女の育てた花を見てまわる。私は幼い頃の数年間、この叔母(母の弟の妻)にずいぶん面倒を見てもらった。おとなしいのに、朗らかで明るくて、とてつもなくやさしい人だ。「人柄がいい」というのはこの叔母のためにある言葉だと、私は真剣に思っている。
 叔父は、とてもシャイで言葉も少ない。「じゃあ」と別れの挨拶をすると、あさっての方向を見ながら、「ん」と言うだけ。でもあとで家の陰から、こっそり見送ってくれてたりするから、おかしい。(バレてるよ、おじちゃん)

 私より一つ年上の、こちらも父親に輪をかけて「シャイ」な息子(私のいとこ)が、足摺りのフェリー乗り場まで車で送ってくれた。自分からは、けして口をきかない。何か質問すると、やっと二言三言しゃべるくらいだ。「おもしろいからお遍路やってみたら」というと、「なーせ、だらしい!(何で! しんどいのに)」で、会話が終わった。高知の男は、みんなこうなのか? それとも、うちの親戚だけなのか?
 愛想もなにもないいとこだが、フェリー乗り場に着いて、私を車から降ろすと、彼は胸の前で小さく手を振っていた。

 私は、この高知の家族が大好きだ。

平成7年『震災と遍路』
【もひとつおまけ】

 遍路行のあと、5年間つきあった恋人に別れを告げた。
 いつも自分の思い通りに生きてきた彼は、私の「決意」を、「青天の霹靂」のように驚き、「あんな震災があったから、やっぱりそろそろ結婚しなきゃなぁって思っていたのに、なぜ?」と言う。 その言葉をきいて、ガックリきた。 もう何年も前から、気持ちがすれ違ってきているのに、この人はそれにさえ、気づいていなかったのか。 「このままでは私たちダメになるよ」と、何度も信号を送り、口で説明もしてきたのに・・・。
 彼は、自分の世界に夢中で、私が彼との関係に何を求めているのか、少しもわかろうとはしていなかったのだ。

 震災直後、彼は我が家に、たくさんの食料を持ってきてくれた。もちろん、とても感謝している。まだ救援物資も届かない時期に、私たち親子は、まったく食べる物に困ることがなかったのだから・・・。でも、「食べるもの」より、もっと他に欲しいものがあると、彼は気づいていなかった。
 彼はいつも、「もの」を与えようとする。 私の誕生日に、「お金を渡すから、何でも好きな物を買ってきて」と言われたこともある。「あなたは、どっかのパパさんか!」と、ものすごく腹がたった。私だって仕事を持ってるんだから、欲しい物くらい自分で買えるし、これまで一度だって、何か「買ってほしい」なんて頼んだ覚えもない。
 何年もつきあってきて、「お金」や「もの」で幸せを感じるタイプかどうかもわからないのかと、情けなくなったのを覚えている。
 それでもいつかはまた、心が通い合う時もくるだろうか、とも思っていたが、そんなの待っていられない。

 「あんな震災があったから」こそ、私は「別れ」を選んだのだ。

 震災直前に、お互い「好きかもしれない」と思いはじめていた人は、私の求めるタイプだった。大阪に住んでいたその人は、テレビで震災を知り、車では行きつけないかもしれないと、自転車に水や食料を積めるだけ積んで、何十キロもの距離を必死でかけつけてくれた。その後も、忙しい時間をさいて、何かと様子を見にきては、励ましてくれ、「心細い気持ち」を、懸命に支えようとしてくれたのだ。

 私が欲しかったのは、「もの」ではなく、「通い合う気持ち」なのだと、はっきりわかった。三宅センパイが言われた「やさしい人がいいでしょう」というのは、「相手の気持ちを思いやれる人」という意味なのだろうな、と思う。
 でも、別れた彼が、まったく思いやりのない人というわけでは、もちろんない。ただ、もうお互いに、「相手を理解しようとする気持ちが薄らいだ」、ということなのだ。それなのに、長くつきあった「延長」として、「結婚」しようと思う、その価値観のズレが、すでにダメなのだ。
 彼は彼で、とても魅力的な人間だと思う。その証拠に、私と別れた直後に、とてもかわいい恋人ができ、幸せそうにしているのだから、お互いさま、ということで許していただきたい。

「震災」と「遍路」で学んだとおり、「今を一番幸せな気持ち」で過ごすことにした。

 私は、「本当に好きな人」を選んだ。

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