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掬水へんろ館

平成7年『震災と遍路』
【8日目】(通算25日目) 4月19日(水) [ 晴れ ]

 お弁当を持たせてもらって、途中の道まで祖母と叔母に見送られ出発。祖母は、姿が見えなくなるまでジッと橋のたもとに立っていた。 おばあさん、おばちゃん、ありがとう。

 桜の舞い散る中、幼い頃からの記憶にある道を歩く。いとこが通った中学校の前を通り、海沿いの道を行く。いいお天気で、気分も爽快だ。車が何度も止まっては、「乗せてあげよ」と言って下さる。やっぱりお断りしてしまうが、有り難いことだ。畑で働く人に「おはようございます」と声をかけると、笑顔とねぎらいの言葉を返して下さる。高知もやっぱりいい町だ。

くつを脱いでも・・・

 いくらも歩かないのに、すぐ久百々に着いた。大岐の浜の入り口で公衆トイレ発見。夏、海水浴場になる所には、キチンとトイレがあるようで、感謝感謝。そこから浜に降りる道もあったが、「くつを脱いで」と書いてあったので、断念した。(靴と靴下を脱いでも、ストッキングは脱げないので、水に入るわけにはいかないのだ)
 そのまま車道を行く。

パパラッチ?

 以布利に出たところで「遍路道」に入ろうとしたら、タクシーの運転手さんに止められた。「みんなこの先の、山に入る道に行ってるけど、きのうの雨で足もとが悪いからやめといたほうがいい」、とおっしゃる。素直にきくことにした。
 ところがこの運転手さん、しばらくすると、また現れた。先の方で私を待ちかまえていたと思ったら、断りもなく突然、バチバチと、私の写真を撮りはじめるではないか。何だか、お忍びの旅でうっかりマスコミのカメラマンに見つけられてしまったタレントみたいな気分になる。(そんな大物でも中物でもないけど) 「遍路の写真を撮るのが趣味」なのだとおっしゃる。仕方ないのでテキトーに相手をしていると、「杖はこっちに持って」とか、「今度はもっと横の方を歩いて」とか、けっこういろんなポーズを要求されて大変だった。「タクシーに乗るなら、ウチでね」と、名刺までいただいたけれど、ちょっと疲れちゃったよー、オジサン。

 やがて、なんでこんな所に? という寂しい場所に、かわいい子犬が2匹と5才くらいの男の子がいて、疲れた遍路をなぐさめてくれた。お接待でいただいたお菓子をあげる。「お接待」が循環していくようで、いい感じだ。車に気をつけて元気でね、と手を振る。

ちっちゃなトイレ

 また海岸沿いにドンドン歩く。トイレに行きたい、のども乾いた、おなかもすいた。どこかでお弁当したかった。でも、ジュースを買う自販機もトイレも、お弁当を広げる場所もない。「トイレトイレ」「ごはんごはん」「自販機自販機」、を頭の中で繰り返しながら、ひたすら歩く。荷が軽いせいか、今日はどんどん進める。(必要ないものを、祖母宅においてきた)
 空腹にがまんできなくなって、とうとう道路端の小さな雑木林の中で、(トイレをがまんしながら)お弁当を広げる。すぐ後ろを車が通るが、気にしない。叔母の作ってくれた「でっかいおにぎり3個」を、全部食べた。
 ゆっくりしてから、また歩き出す。次は「トイレ」のことで頭がいっぱい。トイレトイレトイレトイレ・・・。かなり「キテる」のだ。と、そこに「津呂の保育園」が出現! もう恥も外聞もない、保育園に飛び込んで、保母さんに嘆願した。「トイレ貸して下さい!」
 笑顔のOKが出た。 子どもたちは「お昼寝の時間」だったので、大事件にならずにすんだようだ。(急に白装束の遍路が入ってきたら、子どもたちは「好奇心」でパニックになるに違いないし、トイレまで覗きにくるもんね、きっと)
 ちっちゃいスリッパ、ちっちゃい便器。かわいーい、けど、・・・やりにくい。でもホントに助かった。出発の時には保母さんから蜜柑までいただいた。お世話さまでした。

 さあ、あと7キロで目的地の「金剛福寺」に到着の予定。ここからはもう楽勝だ。天気はいいけど風があるので、あまり暑くないし、「木々のトンネル」がいっぱいあって日陰も多い。なんていい道だろう!

 時折顔を見せる太平洋は、とてつもなく美しかった。

同じ苦労

 ゆっくり行ったのに、午後3時には、第38番札所「金剛福寺」に到着。ユースホステルの方に泊めていただけることになった。(この寺はユースホステルとしても有名なのだ)
 今日は、女性ばかりの、しかも「歩き遍路」が3人もいて、夕食はにぎやかだった。そのうちの一人は、ふすま1枚隔てて、部屋が隣り同士。年齢も私と近い。一緒に外の自販機にビールを買いに行き、部屋でおしゃべり。遍路での出来事や彼女の仕事のこと、恋のこと・・・。
 彼女は福岡から、「仕事をやめて」遍路に来ていて、一気に88カ所まわるらしい。女性の歩き遍路とこんなにゆっくり話したのは初めてだが、同じような苦労や喜びがあるとわかって、とても楽しかった。(女性遍路は、常にトイレの心配をしている、というのも一緒で、安心した)

 午後10時まで話し込んだので、少し眠い。 明日は、また下ノ加江へとって返すことになるけど、今日とは違うルートで歩きたいな。(足摺り岬をぐるっとまわって、また元の位置に戻ってくるのだ。打ち戻りをせず、海岸線沿いに進むコースもある)

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