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掬水へんろ館

平成7年『震災と遍路』
【4日目】(通算21日目) 4月15日(土) [ 曇りのち晴れ ]

 6時朝食、7時出発。体調なかなか良し! 今日は「へんろ上級コース」だという「焼坂峠」を越える。一人だったら、考えもしなかったコースだと思うと、きのう三宅センパイに会ったのも、「大師の思し召し」なのかとも思ったりする。
 「焼坂峠」はつい先ごろまで、倒木などのために不通になっていたのを、「へんろみち保存協力会」の皆さんが、通行できるように、急坂には「くさり」もつけて下さっているらしい。

へんろ上級コース

 国道56号から登坂口(標高50m)まで約1,2キロ、坂道約600メートル。所要約25分で、焼坂峠(標高228m)に到達。峠から右へ、緩い下り坂の歩道1,5キロで車道に出て、さらに2,3キロで国道56号沿いの川に合流する。
 はじめの急坂はかなりのものだったが、わりあい短かったので、ほっ。峠からは雑木林のトンネル、枯葉の小径などがあって、ラクだし、楽しかった。センパイが終始声をかけて下さったので、一人で歩くより、うんと早く歩けたようだ。
 いったん国道に降りてから、まだ開店前のスーパーに、裏口から入れてもらって、食料を買ったり、トイレをお借りしたり・・・。遍路姿とはいえ、皆さんのやさしさとご厚意に、またまた今日も頭が下がりっぱなし。それも「ここを逃すともうお店がありません」と、センパイが教えて下さったからだし・・・。 「先達はあらまほしきかな」という言葉の意味を実感した。 それに、この時買った食料や飲料水までも「重いから」と、全部センパイが持って下さったのだ。なんという、ジェントルマン! 頭が下がりすぎて、地面にのめり込みそうな気分だ。(ほんとに、何から何まで、すみません)

 いよいよ「そえみみずへんろ道」。これが「焼坂峠」よりキツい。だらだらだらだらと山の登り坂がつづく。休んでも休んでも、登っても登っても、なかなか終わらない。「いつまでつづくのーーー!」って感じ。センパイは、前に行ったり後ろに行ったりと、ずっと私のペースにあわせて下さっていたようだ。 苦しい中にも、ウグイスや他の小鳥たちが一生懸命「鳴き方」練習をしている声が、かわいくて、なぐさめられた。
 やっと下り坂に入る。見晴らしのいい所で、眼下を走っている国道(一人だったら歩いていただろう所)を見下ろしながら、昼食。パン1個で充分だった。汗をいっぱいかいたので、ポカリスェットが異常においしい。「しあわせだー!」 今回は、いつもの水筒を持ってこなかったので、途中水が飲めず辛かったのだ。この先また峠があるのなら、なんとかしなくちゃイケナイ。

揺れる心

 ようやく「そえみみずへんろ道」を降りて、ここから国道沿いに、また、ながーい道程を進む。(13,2キロもあるのよ)2つも峠を越えてから、コンクリの道を3時間以上歩くことになる。キツイのよ、これが。
 でも今日は比較的足が動いて、なんとか、いつもよりシャキシャキ歩けたようだ。センパイとも、いろいろお話をする余裕も出てきた。奥さまのことをとても大切に思ってらっしゃるのがよくわかる。そこで、定年まで仕事一筋でやってこられたという、この人生の大先輩に、「仕事が第一の男性」と「思いやりのある、やさしい男性」では、どちらがいいでしょう、なんて訊いてみた。
 センパイ曰く、「やさしい人の方がいいでしょう」。・・・やっぱりね。 仕事で成功してお金持ちになっても、「愛情」は買えないもん。少々貧乏しても、お互いを思いやれて、いつもあったかい気持ちでいられる方がいいに決まってるよねぇ。うーん、やっぱりそうか。
 一般論として訊いたのではなく、私は、自分が現在おかれている状況と、2人の男性のことを考えていたのだ。「仕事人間」で、野心家、自己中心的だけど、頼りになる「ボクについてこい」タイプと、出世には縁遠そうだけど、思いやりがあって誰にも好かれ、一緒にいるとほのぼの幸せを感じさせる「一緒に歩きましょう」タイプ。まるで正反対の男性2人の間で、心が揺れているのだ。
 でもセンパイご自身は、「ボクも若い頃は、仕事仕事、だったんですけどね」と笑っておられた。「仕事人間」でも、「心豊かな人」もいるのかな、でも、それは「年齢」にもよるのかな、いや、やっぱり「持って生まれたもの」なのかな、と、またいろいろ考えさせられる。
 顔に「悩んでいる」と書いてあったのだろうか。センパイが、「貴女のベターハーフは、必ずいますよ」と言って下さった。 「ベターハーフ」、素敵な言葉だ。

 平たんな道も、長いと辛いので、休憩場所を目標に一生懸命歩く。やがて、目指す休憩地点、JR仁井田駅手前の「四万十」というドライブインに着いて、センパイにコーラをお接待していただいた。食堂のテレビではまた「オーム」のことで、日本中が大騒ぎしているようだ。「Xデー」とか言って、今日4月15日に何かが起こるっていってたの、どうなったんだろう。何も起こってないようでよかったが、いいかげんにしてほしい。でも、がんばる遍路は、オームのことなんか気にしていられない。また歩きだす。

洗濯機は誰のもの

 夕方4時半ごろ、やっと第37番札所「岩本寺」に到着。ここに泊めていただく。今日は、滋賀から来た16人の団体遍路さんと、私たちだけのようだ。夕食の時、団体の男性陣が、酔っぱらって、何度も何度も同じことを話しかけてくるし、女性陣とは、洗濯のことで、少しイヤな思いをした。
 洗濯機にいつまでも洗濯済みの衣類が入ったままなので、「次、使わせていただけませんか」と頼みに行くと、おもいっきりイヤーな顔をされ、ブチブチ文句まで言われた。「乾燥機があいてないから、出してもしょうがないんだけどー」とおっしゃるのだ。でも、センパイは明日着る物がないので、どうしても今日中に洗うだけでも洗って、少しでも乾かしたいのだ。もう夜も遅いし・・・。
 同じ遍路なのにそんな冷たい態度をとらなくったっていいじゃないの、と、ちょっとムッとしてしまった。でもセンパイに、 「これも仕方ない、気にしない気にしない」となだめられた。
 はーい。でも、逆らわず、抗(あらが)わず、いつも心おだやかに・・・、そんな人になれるかなぁ、私。

小さな幸せ

 すごーくいいこともあった! 「やさしい男性」の方から、電話がかかったのだ。彼のポケベルに「3・7」と札所の番号を打っておいたので、調べて電話をしてくれたという。こんな「思いやり」がうれしいじゃないか。

 今夜も湿布まみれで眠る。

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