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平成5年『空と海の間』
【5日目】(通算15日目) 4月28日(水)[ 雨 ]
6時起床。「顔」は、ブチブチのままだった。(悲しい) しかも、外はどうも雲行きがあやしい。どんよりしている。「さあさあ、もうすぐ降るぞー降るぞー、降ってやるぞー」という感じなのだ。でも、もちこたえている。「ちょっとー、はっきりしてよ!」
とりあえず、顔を洗ってごはんを食べる。今朝はパン朝食だ。クリームパン一個と100%果汁のオレンジジュースを飲んだ。
朝からテレビのワイドショーを見てうだうだしてるうちに、とうとう雨が降ってきた。(らっきぃ! 今日はお休みしようかな) でも小雨。うーん、どうしよう、空はけっこう明るい。・・とにかく化粧しよう。まだ降ってる・・・とにかく荷物を詰めよう。・・・小小雨くらいになってきた。ここまで準備をしてしまうと、もう出かけないわけにはいかない。ホテルの贅沢で、朝シャワーをして気分も爽快だし、とうとう出かけることにした。そうと決めたら、大雨ドドーンと降ったって、めげずに歩いてやる!身体に悪い
フロントで電話料金の精算をしてもらったら、なんと、3420円だった。「ぎゃー!」 昼ご飯けちって安宿に泊まって、交通費は(歩いてるから)タダなのに、電話代が3420えん? あたしはおバカかい!
胸がドキドキ、とまではいかないまでも、かなりびっくりした。動揺を見せまいと、フロントの女の子にニッコリ。でも気持ちはピクピクッ、なのだ。きのうのうちに宿泊料金払っておいてよかった。両方一緒だと8020円。一度に出すと身体に悪い。(山登屋さんより高いじゃないか)ホテルを出ても、500メートルくらいは「3420えん、3420えん」とブツブツ言いながら不機嫌な顔で歩いていたと思う。やがて学生服の自転車通学隊がビュンビュン私を追い越してゆくのに気がついて、我に返った。この辺は街の中なので、遍路姿はけっこう浮いちゃってるようだ。バスに詰まった乗客もみな、ものめずらしそーに見ている。「お遍路だよー、珍しいだろー、あたしゃ歩いてるんだよー」(心の中で得意になる)
どしたち歩かないかん
ずんずん歩いて街のはずれまで来たあたりで「お姉さん!」と後ろから呼び止められた。振り返ると、作務衣に輪袈裟のおじさん。「歩きよるかね?」「はい」「わしもお詣りに行くけん乗せちゃるよ」「いえ、歩き遍路ですので。ありがとうございます」「どしたち歩かないかんが?(どうしても 歩かなきゃいけないの?)」「はい」「そーかい、ひきとめて悪いことしたね」「いいえ、こちらこそありがとうございました」・・・てな具合で、「乗せてあげる」と言って声をかけて下さるだけでも、歩き遍路は心がなごむのであります。おじさま、どうもありがとう。
気持ちよくズンズン歩く。また少し雨が降ってきていたので、傘をさす。小雨には傘が一番。(カッパは蒸れるからね)
国道沿いをひたすら歩いていると、また何かの遺体に遭遇した。そばに寄ってみて見ると、どうもネコらしい。けど、すっかりブチブチに轢かれてミンチ状態になっている。車道の真ん中なので、後から後から車が来る。ミンチをかき集めて脇へ寄せる勇気もなく、仕方ないのでそのままご遺体に向かってお経を唱える。「般若心経ひととおり」は、けっこう時間がかかるので、その間に、何台もの車が通り過ぎて行った。車道に向かって手を合わせているお遍路を、車の人たちは不思議に思ったかもしれない。(人間もネコもイヌも鳥も、命はみんな同じだと思うんだけど)
それにしても交通量が多い。車社会の弊害は人間にとどまらない。雨のせいで足が速くなる。どうも気があせるようだ。そこここに座って休むこともできず、歩くしかない。途中、自転車専用道路という標識があったので、そちらへ入ってみた。(自転車専用だから、歩行はダメだったのかな)
かすかな波の音、鳥の声、鶏の叫び声(?)。国道からの音が、少し遮断されただけで、ずいぶん趣が違う。のどかじゃなか、いい、いい。やっぱこうでなくっちゃ。この雰囲気なら、雨もまた「風情」というものよ! とゴキゲンに歩いていると、またスズメのなきがらがころがっていた。かわいそうだが、ちょっとウンザリ。どーしてそう死んじゃうの? またティッシュでつかんで道の端によせて「お弔い」。
命って、ほんとにはかない。命あるものは必ず死ぬのだ、とわかっていても、いろいろ考えさせられてしまう。ライダーに変身!
また国道を歩きはじめると、今度は急に雨足が強くなってきた。大変だ、早くカッパを着ないと、ずぶぬれになっしまう。ところが「ない」んだなぁ、「軒」が。「入れる屋根」が! まったく、雨が降ると屋根ばかり探してしまう。ヒーヒー言いながら必死で歩いて、ようやくどこかの料理屋さんの玄関の軒下に入った。リュックを下ろして作業にはいる。蛍光黄緑色の仮面ライダー柄のポンチョ(今回はポンチョ形式のものも持ってきていた)となぜかブルーのズボンを装着。リュックとずだ袋は、防水のためビニール袋をかぶせた。スーパーの買い物袋なので、店名なんかも入ってる。これに黒と灰色のチェック柄の傘までさして・・・。ああ、こんなすごいかっこ、いくら私でも恥ずかしい。しかし、文句は言ってられない。濡れるよりマシなのだ。はじめは傘で顔をかくして歩いていたが、そのうち慣れて平気になった。人の目なんてどうでもいい。(いい傾向だ)
わき目もふらず、ひたすら歩く。あるくあるく。いつものようにキョロキョロしない、アイソもふらない。休憩も、・・・できない。とにかくひたすら屋根を探す。
「へんろマーク」に書かれた、「旧道、風情あり」のコメントに誘われて、村の方へ入った。芸西村(げいせいむら)というらしい。(この村に入ったら、何か「芸」せなあかんのやろか。んなわけないか)
海と国道の間にある、何軒かの家のあいだを抜けると、確かに風情があった。雨でなければもう少しゆっくり楽しめたかもしれないのに、残念だ。ばあちゃんの愛
やがて道はまた国道に戻った。戻ったところに、あこがれ続けた「屋根」を発見! 西分のバス停の屋根だ。
四方は吹き抜け、ほんとに屋根とベンチだけだったが、荷物を下ろして座れるだけでも天国なのだ。座ってぐったり。かなりトイレに行きたい状態なので、やっぱりジュースは飲めないなぁ、向かいのガソリンスタンドでトイレ借りようかなぁ、なんて考えているところへ、自転車を押したオバアチャンが現れた。「ひとりで歩いてお詣りしてるなんてエライ!」と、わざわざそばまで来て下さった。カッパを着てるし、遍路傘もかぶってないのに、このバアチャンは、ベンチに立てかけた「杖」を見ただけで、私が「遍路」だと悟られたのだ。(バアチャンもエライ!) バアチャンは、「ジュースも買えんけんど」とおっしゃって、財布から100円取り出して、下さった。(自販機のジュースが100円以上するのをご存知なのだ) どこから私を見つけて下さったのか、バアチャンは、着た道をまた帰っていかれた。(ありがとうございました)
出発してからここまで3時間弱。あまり立ち止まっていないのに、11キロくらいしか進んでいなかった。雨が重い。
バアチャンの気持ちに励まされ、また歩きだす。と、すぐ向かい側に反対車線のバス停が見えた。完全「小屋型」で、三方に壁がある。入り口も狭く、中にベンチが見える。なによ、あっちの方が雨にあたらない「快適休憩場所」だったじゃないか! と思ったが、あの見通しのいい「屋根だけのバス停」にいたから、バアチャンに100円いただけたのだ、やっぱり感謝。
国道沿いにまたひたすら歩く。雨はますますひどくなっていた。上は完全防備だが、靴は防水性じゃない。もうすっかりジャクジャクジャクなのだ。でも、小さい頃はズック(スニーカーなどのことを昔はこう言った)をジャクジャクいわせたくて、わざと水たまりに入ったりしたじゃないか。思い出してみると、はじめは気持ち悪かったのが、だんだん楽しくなってきた。お遍路ナンバーワン
夜須町に入ったところで、電話ボックスを発見。泊まりたかった、28番寺「大日寺」に「泊めてくださいコール」をしてみた。でも「宿坊」はなかった。電話に出て下さった方が、すまなそうに「ない」とおっしゃって、いろいろ質問にも答えて下さった。近所の宿はとか、今日はこの雨の中そこまで行けるでしょうか(そんなこと知るかい! ってもんだろうに)とか、いろんなことしつこく聞いたのに、丁寧に親切に教えて下さる。大日寺のすぐそばに「土佐龍」という旅館があって、100人くらい泊まれるのだそうだ。ただし、団体遍路のない日はお休みとか。電話してみると、案の定「今日はお休みの日なんです」と言われた。次に「丸米旅館」に電話した。(マルヨネかマルゴメかマルマイかと悩んでいたが「マルコメ」だった)快くOKをいただき、ひと安心。でも、ここからがまた長い。
退屈なので、今日も替え歌を作った。アタック NO.1のメロディで、「お遍路 NO.1」
♪苦しくったって〜、悲しくったって〜、遍路の道ではへいき、なの 札所がー、見えるとー、胸がはずむわー雨にも風にも負けない、ワンツーワンツー、おへんろ♪
遍路地図に載ってるWCマーク、四国のみち夜須休憩所を、目指す。そこで昼食とトイレと休憩だ! 道々にも案内が出てるし、地図にもでっかく書いてある。それに国道のそば。きっとりっぱできれいで、ためいきの出るような、うるわしの休憩所にちがいないのだ。もしかしたら、私みたいなキタナイずぶぬれの遍路には、とても敷居の高い所かもしれない。「どーしよう、でもうれしいわ」、と期待に胸はズンズン膨らむ。しかし、その手前に「海水浴場」を発見。屋根つきの見晴らし台にトイレもある。「やっぱり、行ける所で行っとかなきゃ、海も見られるし」、というわけで、ここでランチとなった。
見晴らし台から見た海は、今まで見てきた海と違い、空の色と溶けあって、まるで「夢の中」にいるようなボンヤリした灰青色だった。誰もいない「夢の中」で、カラスが一羽、もの憂げに海を見つめていた。![]()
きのう買ったパンとオレンジジュースで昼食。もちろんトイレも完ぺき。少し元気になって、駐車場管理のおじさんにお辞儀をして出発した。そこから少し歩いた所に、あこがれの「四国のみち夜須休憩所」があった。八角形の屋根。・・・屋根だけ?(公園なんかによくある、きのこ型の屋根とベンチだけの、ふっきぬけー♪だった) 期待しすぎるとこうなるものだ。せっかくだから、またリュックを下ろして、またトイレに行く。さっきの所から5分とたっていないのに、私もゴクロウサンだ。ここからは一気に歩くぞー!
イヤでも国道を歩かねばならないのに、雨は降るわ降るわ、車はビュンビュンぶっとばしていくわで、わたしゃ大波小波をザップンコ。傘で盾を作りながら歩かねばならない。(中には、スピードを緩めて下さるやさしい車もあったけど)お巡りさんの説明は・・・
お巡りさんを見つけたので道を訊いてみた。で、一生懸命教えて下さるのだが、「何のこっちゃ?」って感じで、ちっとも要領を得ない・・・。
「車で署まで送っちゃるけん。あ、署は途中にあるけん。そいで、いつもやったらお寺まで送ってやるがやけんど、今日は署で○○さんの調書作らないかんけん。えーと、どうしても歩かんならんがやったら、この道をまっすぐ行ったら4車線になってて・・・」と、いつまでも説明は続く。挙げ句の果てに、「そのへんでまた誰かに訊いたらええけん」だって。
おーい、ちっともわかんなかったぞー! で、悪いけど彼の言ったことは無視して、「遍路地図」を確かめ確かめ歩くことにした。(はじめからそうしろよー)ようやく国道を離れ、町の中を抜けて行く。(「町」より「村」という感じ) 雨はやっぱりひどい。「丸米旅館」まであと少しというところで、オバサンに呼びとめられた。お遍路さんを見ると「お接待」にお金をあげるんだとおっしゃって、100円下さった。ご本人もやはり遍路経験者(車遍路だけど)。お遍路した人が、一番、遍路をいたわって下さる。「有り難い」と思っていたところへ、トラックがブオーン、で大波がザッパーン! お見事に、私とオバサンの顔面を直撃した。顔を洗ったくらい水をかぶった。ひどい! オバサン、泣きそうな顔をしておられた。私のために立ち止まって下さったのに、本当にごめんなさい。
そこから「ひとフンバリ」で、「丸米旅館」に到着。古い宿屋といった雰囲気。食事は「うーん・・・」、でも4800円は安い! お風呂も家のお風呂みたいで、奥さんもやさしかった。どこかの部屋で誰かが動くと、ドスンバタンとかなりうるさいけれど、気にしない。
またもや、部屋の中は洗濯物の万国旗。グッチョグチョになった「靴」まで部屋の中に干している。 外は相変わらずのドシャ降り。(乾くのだろうか)
あちこちの部屋からテレビの音が聞こえてくるので、私も負けずにつける。映画「赤ちゃんはトップレディがお好き」を見て、「現実世界」に戻りそうになった。今日おもしろい看板を見た。
「野市名物 エチオピアまんじゅう」だって。なんで、エチオピアなんだろう、不思議。
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