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掬水へんろ館のらくら遍路日記〜伊予(後)・讃岐/完結編篇
北村 香織
第10日
8月12日(日)晴れ(国分寺町〜高松市)

 朝5時に集合してUP。まだ星が頭上にうっすら残っていて、涼しいくらい。それでもへんろころがし辺りに差し掛かると、ちょうど日光もエンジン掛かってきて今日も暑くなりそうな気配。へんろころがしで一人歩きの先達さんに出会う。昨日81番へはお参りを済ませてきたとのことで峠の分岐点までご一緒した。思ったより全然きつくなく、眼下に広がる讃岐平野の眺望に見とれる。自衛隊演習場を横目に順調に歩を進め、81番白峰寺へは7時前に到着。ここでFさんを待つ。この日お仕事がお休みの彼女は、また私たちと一緒に歩きたいと事前にお電話をいただき、時間的な都合もあって白峰寺から合流の手筈になっている。山門で昨日何度も抜きつ抜かれつしたつわもの野宿遍路さんにまた会った。今日は別の先達も一緒のようで、この人もただのお遍路さんではなさそうな雰囲気。ふたりとも感じは悪くなく、会釈程度の挨拶はお互いにする。Fさんが来られ、今日も凍らせたお水のお接待をいただいた。自販機で買ってもすぐにぬるくなってしまうので、これは本当に夏遍路にはうれしいお接待。もと来た道を打戻り、途中で山道を行くと峠まで戻らずに五色台まで近道になる。山道は涼しく足にやさしい。気分的にアッサリという感覚で82番根香寺には着いた。ここも素晴らしく雰囲気のある古刹で、秋は紅葉が絶景だろうな…と思えるほど美しい木立ちの佇まいだった。

 納経所の人に教わって、近道の山道を行く。車道をぶっちぎるようなものすごい急斜面を落ちるように降りて鬼無の集落に着くまで、快調にもくもく進む男性陣に続いて頑張って歩かれているFさんの背中を見ながら、7月の集中講義で三幸黙僊先生が仰っていたこと―――「論理と道理」について何となく考えていた。ユング派の分析家であり僧籍も持つ先生は中国古典や禅の十牛図をもとに説かれたのだが、それを聞きながら私は遍路の世界はまさに道理だと感じた。そして今、歩きながら漠然とだけど人間の頭は論理を、身体は道理なんだな〜としみじみ考えていたのだった。国道を渡ってのどかな田園地帯に入ると、民家からおばちゃんが出てきて2リットルのお茶のペットボトルをお接待下さった。Fさんがしばらくそれを抱えて歩いて下さる。と、今度はまた別の民家の前で急におばあちゃんに家へ寄るよう誘われた。男性陣は顔を見合わせ、どうしようか躊躇しているようだったが、女性陣はこういうご縁は喜んで受け入れる2人なので、結局全員で休憩させていただくことに。お孫さんらしき小さい子も愛想よく挨拶してくれ、おばあちゃんは冷たい飲物とお酒とみりんと塩で茹でただけという海老をお接待して下さった。これがもう美味しいのなんの。遠慮も忘れてパカパカいただいてしまった。ゆっくりほっこりくつろがせてもらって、温かいおもてなしに感謝しながらおばあちゃんとお別れ。遍路みちを一所懸命説明して下さったのだけど、あっという間によくわからなくなった私たちであった。  

 とはいうものの何とか迷うこともなく、遅めのお昼を念願のセルフのうどん屋さんで取ってから2時前には83番一宮寺に到着。Fさんとの同行はここまで。ちょっともくもくと歩きすぎて、彼女には申し訳なかったように感じる。私と2人だったら、もっとのらくらお喋りもしながら歩けただろうけど、ある意味仕方ないか…。後でメールを頂いたのだけど、それには私たちの歩きが真剣で、レジャー感覚でいつもお遍路をしているFさん自身が恥ずかしくなった…というような内容だった。あの「もくもく歩き」は確かに真剣な部分もあったと思うけれど、でも半分は四国をほぼ1周歩いてきた者のある種の慣れと、連日の炎天下で自然に身に付いてしまった自己防衛みたいなもの(半ば頭空っぽでさっさと歩く方が楽)もあったのではないかと思う。少なくとも私に関しては、決してFさんに感嘆されるような立派な歩きではないのです、ハイ。

 Fさんが立ち去って行かれてからも、私たちはここでゆっくり休憩してから出発することにして、思い思いにそのひとときを楽しんだ。木陰でぼーっとしながら、私はまたFさんの数々のご厚意を思い返し、どうしてそこまでしていただけるんだろう。そしてFさんに限らず、これまでお世話になってきた四国の人々、同行の方々、本当に一期一会のご縁を結んだ名も知らぬ人たちすべてに、私は何をお返しできるのか。一体この旅をどう終えたらいいのか。これまでいただいて貯まってしまったお接待金をどうするかも含めて、漠然と、でもかなり真剣に考えていた。答えは出ない…。

 高松市街まで昼下がりの魔の時間帯を車道に沿って歩く。Wパンチだーと思ったが、意外なことに気分的にはマシだった。連れがあるというのももちろん救いだったろうけど、何より讃岐に入ってから風を感じる。まだまだ熱風ではあるんだけど、でもこれまでの気怠〜い風とは何かが決定的に違うような。盛夏のピークを過ぎたということなのか、それとも溜池の多い讃岐の土地柄なのか。

 足が痛み出してへろへろしかかってきた時、左に栗林公園の入口が現われた。まだチェックインには少し早い時間だし、行ってみる?という空気が3人に流れたが、入場料を確認した途端の3人一致のリアクション。これは見事な息の合い方で一瞬疲れを忘れた。地図で宿泊候補をいくつか絞ってUP。飛び込みながら幸いすぐにOKが出、即チェックインできた。久々のベッドがうれしいビジネスホテル。早速シャワーを済ませ、買出しに出る。市街地とはいっても商業地ではないようで、めぼしいお店がコンビニぐらいしかない。大きな市電の駅裏においしそうなアイスクリーム屋さんがあったが、この格好で入るのには勇気がいるし、ごはんにはならない。ブラブラと回った挙句見つけた中華の屋台で冷麺をテイクアウトし、コンビニで朝ご飯を買って戻った。全国津々浦々で画一的なコンビニはあまり好きではないけど、でも確かに便利ではある…なんだか現代ニッポンの象徴みたい。

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