掬水へんろ館目次前日翌日著者紹介
掬水へんろ館のらくら遍路日記〜伊予(後)・讃岐/完結編篇
北村 香織
前日
8月2日(木)晴れ (自宅〜大阪南港〜)

 毎週木曜日は病院実習の日。お遍路のために2週続けてお休みをいただくため、この日は2週分しっかり患者さんに会っておく。少し早めに上がらせていただいて、留守中の相方への指令、当面の餌(カレーを大量に。因みにギィやんにではない)を用意。先週すでに高速バスが満席で、フェリーも予約センターに何度か電話をしてみたが繋がらず、でもまさか乗りっぱぐれることはないと踏んで、直接南港に行くことにする。まんまる目で訝しげに佇むギィやんに別れを告げ、最寄の駅へ。

 快速急行を待つホームで、私の出で立ちを見て「若いのにえらいねぇ」と言ってくれたおばあちゃんがあった。その人はしばらくウロウロとしていたが、電車が来ると私の隣に来て座り、色々と話し掛けてこられる。それまでがちょっと挙動不審的だったので、私も少し警戒してしまい、内心でそんな自分がかなしく≪やっぱり四国じゃないとダメやなぁ…≫と情けなく思う。でも彼女の話から、この方は某宗教の熱心な信者さんで、某名家の血筋というのがわかり、少しづつ警戒心もほどけてくる。「私はね、ずーっとお茶とお華の世界でお着物やなんやって贅沢な生活に浸かっててね、でも信仰に目覚めてからはそんなの虚しいだけ。全部ほっぽって関西に出て来たの。いつもの電車に今日は乗り遅れちゃって。でもこんな時はいつもと違う人に会えるでしょ。で、今日はあなたに会えた。」おばあちゃんは上品に笑って言われる。まだ少女の頃に占い師に子どもが産めない身体だと言われ、それで独身でやってきた。が、どうしてもとのお話があって嫁ぐことになると、すぐに子どもが授かった。「二人目はね、ひとりで産んだの。生まれるっていうのは、私が産むんではない、自然に生まれてくる力なのよ。それを感じたくてね」。ちょうど偶然が重なって医師が足りず、いよいよとなって自分で分娩台に上がり、看護婦さん一人についてもらって自然に身を任せ、ひたすら神に祈ったのだと言う。私はこの話を聞きながら、≪このおばあちゃんに会うことから今回の旅は始まる必要があるんだな≫と感じつつ、今度の旅には一体何が待っているんだろう…と内心ワクワク。が、南港に着いてみると一転して慌てることに。お盆でもないのにキャンセル待ち状態だった! 「待っても無理と思いますよ」と職員の冷たい一言にひるみながら、祈るような気持ちでいると、ギリギリセーフでなんとか臨時席に乗れた。明朝お不動さんが松山観光港で待っていてくれる手筈なので、心底ほっ。この臨時席、驚いたことに、ロビーというかテーブルが並んだくつろぎコーナーの横にある写真展示室をカーテンで仕切っただけの20畳ほどの部屋で、そこになんと30人分くらいの毛布が用意されている。座って足を伸ばしたら向かいの人と当たるぐらいの狭さで、私の指定された場所はモロ真ん中、お兄ちゃんとおっちゃんの間でちょっと辛い…。とりあえず、荷物は隅っこにと隅のソファに行くと、女の子がソファを机代わりに夏休みの宿題をしていた。目が合うとニコッと愛想良し。喋っているうちにすっかり仲良しに。この子は一人旅の中学1年生、チヅルちゃん。小さいうちにお母さんを亡くされたらしいが、てんでそんな暗さを見せないしっかり者かつ働き者のよう。一緒にさんふらわぁを探検したり、プリクラ(私のお接待)撮ったり、京都から帰省のおばちゃんも話に加わったり船旅の同行もいいもんだ。このおばちゃんにチヅルちゃんと私は「姉妹みたいによく似てる。とくにアッサリした感じがそっくり」などと評された。中1の子と姉妹なんて、気分いいわあ。カーテン横のスペースに勝手に引っ越して、チヅルちゃんも隣にやって来て寝ることに。

 カーテン向こうの若者たちがうるさくて、それにケータイの着信音がひっきりなしで眠れない。とかいってこの1週間も慌しかったし、私一人ならそれでも寝ていられる筈だった。が、チヅルちゃんが「眠れないー」「瀬戸大橋見にいこ」「トイレ行きたいけど、一人じゃ怖いからついてきて」などとちょこちょこ起こされ、半ばヤケクソで2時半起床。まだロビーの若者たちは元気だ…。

四国遍路目次前日翌日著者紹介