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掬水へんろ館のらくら遍路日記〜番外篇:石鎚山の布石
北村 香織

7月21日(土)曇りときどき雨 「神秘の石鎚登山」

 おいしい朝食をいただいて車でスカイラインの終点まで行く。ここに車を停めて石鎚山に登るのだ。駐車場にはすでにかなりの数の車が停まっていて、駐車スペースを探すのに少し手間取るほどだった。やっと駐車して荷物を下ろそうとした瞬間、一瞬の隙をついてギィやんが飛び出した。慌てて捕まえようとした私たちの行動を素早く読み、すべて裏を掻かれてギィやんは道からガードレールをくぐって熊笹の藪の中へ。こうなったら完全にヤツのペース。昨晩は外に出さず、夜半や明け方に隣の部屋(物置)で遊んだ程度だったので、実力行使に出たのだろう。焦る私たちにお不動さんは余裕の笑みで、「時間はたっぷりあるから」とお茶しに行かれた。しばらく藪に下りたりゴソゴソ探して周囲にヘンに思われた私たちだったが、当のギィやんは呼べば返事はするものの姿は現さず、私たちの意図は完全に読みきられているようだ。仕方ないので相方と相談の結果、相方はここに残ってギィやんに付き合い、私はお不動さんとシンジョー君と3人で登ってくることになった。お不動さんがお昼のお弁当を予約しておいてくれたので、相方の分を袋から分けて後を託す。

 石鎚さんへの道はここからだと大して厳しい登りではなく、3人ともある程度余裕で話も弾む。この3人での歩きは初めてで、こうして改めて考えても不思議な取り合わせだ。日常では絶対に出会うことなどあり得なかった3人。お遍路という共通項で結ばれてはいても、3月という遍路シーズンのあの数のお遍路さんの中で特に出逢うご縁は奇跡的なもの。実際、私とシンジョー君は(カモさんもだけど)お遍路の最中に会うご縁はなく、お不動さんを真ん中にしてつながったさらに奇跡のご縁なのだ。毎度お不動さんが話してくれる「偶然は必然」ということが、まだ100%は理解できないながら、より理解の側へ徐々に比率を上げてきている。シンジョー君はこの年齢(まだ10代)にしては私も全然ジェネレーションの違和感なく付き合えるぐらい、今どきの若者からするとある意味精神世代的にはフケてる(?)かもしれないけど、ものすごく純粋で素朴で素直な子で、それだけに私よりスーッと真っ直ぐに「偶然は必然」説を受け入れている部分もある様子。(ただ私より理解できてはいないかも…?) 彼は彼なりにいろんな問題を抱えてお四国を1巡し、この年齢でお不動さんと巡り逢えたのもきっと、“大いなるもの”の意図がはたらいているにちがいない。もちろんそれは私にも、カモさんにも言えること。

 途中、両脇に咲いているアジサイのような花が妙に気になる。お不動さんは前から「人にはそれぞれその人の花ゆうもんがあるんよ」と繰り返し語ってくれていた。彼の花は日本水仙。私の花は…うーん何だろう??? 木はコレってものがあるけど、花は特にこれが好きっていうの、ないかもなぁ。。。 このアジサイのような花、白いのもあれば紫っぽい色、青いのもある。目につき出してからは、もう本当にことごとく目に入っては釘付け状態。なんでこんなに惹かれるんだろう〜?これがもしかして私の花なのかなあ?などと考えながら歩くうち、ふいにハッとなった。そうだ、この青い花、5月に始まったケースの、私のクライエントさんが初回に描いた青い花かもしれない…! よーく見ると「違う」と誰もに言われるかもしれないけれど、私にはとにかくそう思えて、またそんな直感こそを私は臨床場面では決して軽く扱いたくない。(といっても実際にセッションの中で、この直感を直接クライエントさんにどうこうすることは絶対にないけど。)今、セラピストである私がそう思ったこと自体が大事なんだと思う。

 高度が上がっていくにつれて雲が厚くなってき、足場も険しさを増す。雨の名残か道の所々がぬかるんでおり、かなり滑りやすくなっていた。二の鎖、三の鎖を目にした時には思わずヒエーッとなる。荷物は全然ないに等しいが、登山靴なのがちょっと気になって。お不動さんも「その靴ならやめといた方がええかもね」と言われるし、彼も鎖は避けて登山道を行くと言うので私も鎖はやめにした。シンジョー君は迷った結果、鎖に挑戦。見事登りきり、晴々とした笑顔で私たちの到着を待っていた。

 石鎚さんのピークでは山小屋の改築工事真っ最中。登山者もかなりの人出で、お昼時だけにみなさんお弁当を広げている。石鎚山の正式なピーク(1982m)は実はここからもう少し尾根を先に行ったところだが、この日はそちらへの道がロープで塞がれていた。向かいに瓶ヶ森が見え、その眺めったらもう最高。これは登山を経験した人だけが味わえる最高のご褒美のひとつ。写真を撮ってもらった後、私たちもお昼にすべく岩場に場所確保。さて食べましょ、とザックを開けたら<あら? 私お弁当どうしたっけ…?>。その瞬間携帯に相方からメールが入った。『ついにギィさんの捕獲に成功しました。ただ今ギィさんは車の中で猛抗議中。お弁当忘れた?ばか』<………。> あっちゃーっ、相方のお弁当を出した時に自分の分、車の上に置いてきた…。絶句する私に、お不動さんもシンジョー君も自分のを分けてくれようと素早い動き。ありがとー、でもナサケナスギ〜。2人の心遣いは本当にうれしくて有り難かったけど、一応辞退しておく私。でも結局お不動さんに彼の分を半分ずっこしていただいちゃいました。「北村さんとはね〜いつもこうやって分け合って食べることになるんよ〜」とニコニコお不動さんに言われると、<ホンマですよね〜>と遠慮する気もなくなってしまう。シンジョー君に私たちがこれまで分け合って食べた品々と思い出を話してあげながら、憧れの石鎚さんのピークを満喫。下山の前に記念に(?)崖っぷちから谷を覗いてみる。ものすごい深い緑、冷たく寄せる霧…そして何より独特の霊気を肌で感じた。ここは本当に神の宿る場所だ―――。さて行こうか、と足を踏み出すか踏み出さないかという時、急に天が掻き曇りたちまち雨が降り始める。とはいっても激しい雨ではなく、合羽も着なくても何とかいける程度。ただかなり下ってから、頭上に木々の梢がかぶるようなところまで来て雨が激しくなったので、私たちは本当にラッキーだった。

 途中、山頂にある神社の鳥居のところまで下ってきた時、私はふいに例のアジサイみたいな花をどーしてもカメラに収めたくなって、2人にわざわざ待ってもらって何枚か撮影した。気が済んで振り返った瞬間、私は思わずあっと息を呑んでしまった。ちょうど今、鳥居をくぐって登ってきた男性の顔が、まさに私の母方の祖父にそっくりだったから。その人はそのまま通り過ぎて行ってしまったが、しばし私はボーゼンと見送ってしまった。じーちゃんはもう亡くなっていて、この4月に13回忌を執り行ったのだが、その当日の朝に私は妙な夢を見ていた。従兄弟の子どもでちょうど1歳になる男の子(じーちゃんの命日の1日前に生まれた。じーちゃんにはひ孫に当たる)の顔がじーちゃんの顔になっていたという夢で、夢の中でもちょっとブキミ(爺の顔した赤ちゃんって…!)に思ったが、何か漠然と引っかかる夢で≪ひょっとして、じーちゃんが何か私に言いたいのかも?≫とか思ったりもした。(未だにわからないけど…。)この男性はきっと全然何も関係ない人で、じーちゃんに見えたのも私の完全なる錯覚かもしれない。でも、なんだか私には、じーちゃんの霊が石鎚さんに昇っていくようにも思えて、それでいいやって思えた。

 駐車場に戻ると雨もやみ(というより降っていなかった?)、お不動さんが喫茶店でコーヒーと、それにおでんも頼んでくれた。やっぱりおにぎり1個じゃあお腹空いたよね…。ちなみに私のお弁当、しっかり相方が2人分平らげていました。それからギィやんの件、余談ですが、彼は結局昼近くまで熊笹の藪に潜んでおり、かなり遠くまで探検にも行ったらしい。相方もそこは彼の父親歴2年半、心得ていて1時間おきに呼びに行っては様子を見ていたのだそう。ギィやんは捕まる気はないものの、でもしばらくこちらの存在が確認できないと不安になって、そういう時はものすごいいいお返事で姿を現すのである。それでも何度か捕獲寸前に逃げられて、やっとこさお昼に捕まったのであった。相方、ご苦労でした。

 今夜はテントを張る予定だったのが雲行きがちょっと怪しく、結局この日も小屋泊まりと相成った。でも私たち一家はお不動さん&シンジョー組の隣部屋にお引越し。部屋を移ってすぐ、何気に例のお不動さんから贈られた石笛を取り出して吹いてみると、なんと初めてピュイーッという音が鳴った…! え、今の私の口笛じゃないよね? するとお不動さんが次の間から「鳴った鳴った、まぎれもなく石笛の音よ、それは」と一言。カンゲキー、今日の今まで全く音なんて鳴らなくて、息がスーッと漏れる音しか出なかったのに! なんだか下山間際に浴びた石鎚の霊気のお陰なような気もしなくない。それからは上手くはないけど、確実に私の石笛の音は鳴るようになった。

 熊笹を浮かべた五右衛門風呂(ものすごくお湯切れがよく、香りも抜群!)を交代でいただき、間の襖を開け放して、ギィやんはお不動さんに遊んでもらう。ちょうど彼がお不動さんの繰り出すオモチャを狙っている時に、背後でシンジョー君が大きなクシャミを一発。とたん縮み上がったギィやんは、私たちの部屋に積まれた布団の陰に隠れこみ、片目だけ出してそーっとお不動さん部屋の方を窺っていた。クシャミされるのはギィやんにとって、恐怖ランキングのトップ5に入るほど苦手なものなのだ。それ以来、彼はシンジョー君には未だに決して心を開かないままである…。(この後ギィやんは1度シンジョー君の抱っこを受け入れたが、彼が「かわいい〜」と頬ずりしようとした瞬間、完ぺきな猫パンチをお見舞いしていた。)

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