掬水へんろ館目次前日翌日著者紹介
掬水へんろ館のらくら遍路日記〜土佐Vおよび伊予/菩提道場前篇
北村 香織
第1日
4月29日(日) 雨 (足摺港〜真念庵)

昨夜大阪南港からフェリーむろと乗船。家からダンナに車で送ってもらい、当然ネコのギィやん(我が家の事実上の長男。いややっぱり王様)も同乗して、出航直前には待合室まで彼が抱いて見送ってくれたけど、あまりの人いきれにビビったか、悲痛なほど哀れに鳴くので別れもそこそこ、そのまま発ってきてしまった。ゴールデンウィークだけに船は混み合っており、女性専用2等室でもかろうじて脚を伸ばして寝れるかというところだった。幸い隅に陣取れたので1晩ゆっくり眠った。とはいえ、気分的には寝たような寝れてないような…。飛行機に乗って、それが落ち始める夢を見た。

 足摺の陸影が近づいた頃には小雨が降り出し、まわりの風景が霧のように煙っている。海上から足摺岬灯台と臼碆の灯台と思しき灯光に、金剛福寺をイメージして手抜きの打ち初めのご挨拶。下船して待合室で雨支度をしていると、同じように遍路装束を準備している男性が2人いた。特に会話などはせず、お互い目礼だけ。

 歩き出すと雨脚が少しずつ激しさを増す。港から岬をまわらず、半島の付根を横切るショートカットコースでまっすぐ以布利へ出、民宿星空のおじさん・おばさんにせめてものお礼の気持ちを伝えたくて寄ってみた。2人とも外出されており、残念ながら会うことはできなかったが、娘さんにお土産をことづけてもらう。その頃から雨がかなり強くなったので、休憩がてら喫茶店たぶの木に飛び込む。夫婦遍路さんがお食事されており、自然に会話も交わす。オーナー夫妻も気さくに話をされる方で、大阪から移り住んで「お店は趣味でやっているのでヒマな方がよろしい」と言われるだけあって、商売っ気ないあたたかいおもてなしがこんな雨の肌寒い日には沁みる。夫婦遍路さんが出発されると、入れ違いに大阪弁の元気のいいおっちゃんが入ってきた。大阪の話や釣り、遍路の話など尽きなくて楽しい。お昼時になって次々とお客さんが来られるので私もいい加減UP。元気をもらって荷(7s)がさっきより軽く感じる。

 今夜は真念庵にお世話になることにしている。確かチヨウゴロウさんか誰かに勧められて、寄ってみようと強く思った記憶がある。明日は延光寺へお参りして、その時に前回岩本寺で知り合ったアマチュアカメラマンのおじいちゃん(以下ナカムラさんとする)と落ち合うことは既に連絡済。大岐の浜は最初おかみち(車道)を行ったのだが、やっぱりどうしてもはまみちを行きたくなって、藪や畑を突っ切って雨の煙る波打ち際を歩いた。なんだか気持ちいい〜♪ 雨がかえって旅情をかきたてるというか、とにかく気分よく進んだ。バスの待合室で時々小休止する。下の加江を過ぎ、そろそろ疲労が溜まってきたので待合室を探すと、こういうときに限って屋根つきのがない。2,3ヶ所やり過ごしてやっと見つけた!と飛び込んだら、先客があった。年の頃は私と同じくらいの男性だ。タバコをふかしながら、愛想よく挨拶してくれる。ここをやり過ごしたら次はいつ屋根つきに当たるかわからないので、彼の横に荷物を下ろしてしばし休憩。ありきたりの会話が始まると、不意に彼がタバコを地面にもみ消し、吸殻はそのままで「今日はどこに泊まるか決まってるんですか?」と聞いてきた。<はぁまあ…>と曖昧な返事になってしまう。だってこの人、お遍路さんの格好してるのに何の気なしに吸殻捨てるんやもん…。日常で見るこういう人も私は引いてしまうところがあり、そこはダンナには負ける(彼はこういうの本当に嫌いで異様に怒る)けど、お遍路さんならそこは特に気をかけるべきだと思うから。でもこの野宿遍路らしき男性はそんなこととは露知らず、私が持っている野宿および善根宿の類の情報を聞きたそうな感じで、こころなしか身を乗り出している。悪気はないんだろうけど、こういう人には善根宿なんて絶対私の口からは教えたくない!と思い、差障りのない情報を選んで教えてあげた。

 彼と別れてからは、やっぱり何某かの影響が残ったのか足取りが妙に重くなる。雨も強いし…。簡単に休憩できる場所もなく、もうちょっと、あとちょっとと自分に言い聞かせながらやっとこさ歩いている状態。その気力もだんだん失せ始め、内心もう休みたい、ダメだぁ〜と思った瞬間、見覚えのある軽自動車が目の前に停まった。あれ?と思う間もなく降りてこられたのはナカムラさん! <えーっ、なんで…?!>「そろそろ着く頃かと思うてね、行ってみたらまだやったきに探しに出てみた。」 今夜私が真念庵に泊まるというのはご存知だけど、まさかこんなお迎えがあるとは予想だにしなかった。乗って行くよう言って下さったが、それは辞退させてもらって、でもあんなにヘロヘロだったのが嘘みたいにスピードUP。ほぼ一気に山本ストアさんまで行けてしまった。

 まずは店の軒先に荷物を置かせてもらって、真念庵までナカムラさんの案内でお参り。こぢんまりとした庵で、お庭の感じや全体的な雰囲気はとてもよかった。ただ雨がきついし、おばちゃんも忙しそうにしておられたので鍵は借りてこず、お堂の中は見られなかった。それでもこの庵で独りで夜を明かすのは雪蹊寺での「修行の一夜」に匹敵しそうな気もして、事実、後でこの成り行きに感謝することになる。実はお参り前にナカムラさんに「今晩は山本さんとこに泊めてもろうた方がええ」と勧められ、私はまったく知らなかったのだが、真念庵とは別に山本さんがお宿もやっておられることを聞いた。私は別にどちらでもよかったのだが、ナカムラさんが強く勧めはるので結局山本さんにお世話になることになったのだった。お参りを済ませると、山本のご主人ご自作のお部屋に落ち着く間に、ナカムラさんは車で私のために夕食を調達、お接待して下さった。明日の朝どころかお昼まで賄えそうな量で、本当に有り難かったです。そしてその後雨がバケツをひっくり返したような勢いになり、薪で炊いた香のよいお風呂をいただいて、戻ってくるだけで足元がビョッショビショになる凄まじさ。よかった…こちらに泊めてもらって正解だった。加えてここに泊まった方が書き残しているノートを読んでいると、つい先日の頁に見慣れた名前が…。第4次でお不動さん経由で知ったお遍路さんのひとりで、私たち2人ともが区切り打ちを終えた後でご縁が結ばれたカモさんも、私より一足早く区切り打ちを再開しているのだ。字面を追うと、なんと彼女も最初は真念庵に泊まり、でも夜になってからこのお部屋にお世話になることになった様子。またお部屋の隅にお不動さんから私もいただいた「念ずれば花ひらく」の千枚通し?が1枚、お不動さんも春にここに立ち寄られたことを実感。後日聞いた話では、真念庵での一夜は彼にとって忘れられない修行の一夜となったとのこと。それぞれのお遍路さんには、それぞれに相応しい時・場所でたいせつな出来事が起こることを改めて考えさせられた。

本日の歩行距離: 20km

 足のつけ根がイターイ。

四国遍路目次前日翌日著者紹介