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掬水へんろ館のらくら遍路日記〜土佐・修行道場篇 (本篇T)
北村 香織
第4日
8月7日(月) 晴れ

広い部屋と久々にさっぱりした肌に布団が心地よすぎて少し寝坊。24番最御崎寺へお参り後、7:40UP。チェックアウト時は女将さん(受付)が優しい励ましの言葉を掛けてくれ、昨日の不快感なぞどこへやら、気持ちよく歩き出す。YH料金だったので安いし、ユーティリティは本当に良い宿でした。

広いアスファルトの車道を下る。眼下に太平洋が広がっている。その光景を瞼に焼き付けつつ『臨床家としてかくありたい』としみじみ思った。うまく言葉にはできないけど、ゆったり広い視野と時に厳しい包容力。そんな室戸の海のようにクライエントに接することができるようになれるといいな…。そんなことを思っていると、上ってきた若い歩き遍路のお兄ちゃんが挨拶して通り過ぎた。元気のいい好青年だ。坂を下り切ると、昨日何度も出会ったアタックザックの人(以下、Tさんとする。理由は内緒)とまた一緒になり、今日は話をしながら同道。

8:30 25番 津照寺着。港の鎮守さんみたいな感じ。8:50UP。海沿いから田畑の道へ入り、ぐっと山道になる。Tさんが遅れ始め、気がつくと24番の下りですれ違ったお兄ちゃんが追いついてきた。そのスピードには驚かされる。これまでこうも歩くスピードで他者に差をつけられたことがなかったので、ちょっとむきになりそうだったが、とても追いつけず、マイペースにもどす。予想したよりは厳しくはなかったが、でも暑いわ結構登るわでしんどかった。11:10 26番 金剛頂寺着。11:30 UP。遍路道を行こうとするが見当たらず、地図もわかりにくいためTさんと迷うが、なんとか見つかり細い畦道・薮道を抜けてまた55号線へ出る。炎天下のアスファルトで気がつくとTさんが見当たらなくなっていた(どうもすぐ置いていってしまうらしい)。55号線は単調で、昼からは照り返しもきつい。少しでも日陰を選んで歩く。案外これは馬鹿にならない作戦かも。休憩しながら地図を確認、今日こそついに初野宿の可能性大。うまくポイントが見つかることを祈りつつ、行けるところまで行こう。

中山越えコースを迷わず取って、国道から内に入ったとたん、民家の中から「お遍路さーん、お入んなさーい」の声。一瞬戸惑ったが、入ってみると例の早足兄ちゃんがいたのでまず驚き、寝巻きのおじさんに1円玉の束を渡されまたまた驚き、27番さんに納めさせてもらうことを約束して、納札を渡すのすら忘れてそそくさと出てしまった。たくさん今まで色々なお接待をいただいたが、お金のお接待は初めて。それはたぶん興味本位の「似非へんろ」なのが見え見えだからだろうし、そういうことには私には縁がないと思っていた。でもこの人は寝巻きだったし、本当はご自身で歩きたいところをやむなくお遍路さんたちに託しているのに違いない。だからどんな面でどんな格好だろうと、歩きの人(歩き遍路しか呼べないし止まらない)なら誰でもに同じことを頼んでおられるのだろう。私を機に早足君もその家を辞して一緒に歩く。彼は沖縄の某島出身の大学生。とにかく人好きのする精力的な子で、バスケのタンクトップとトランクスのようないでたちで地図も持たず、1日40q以上歩くこともあるらしい。さっきの民家で彼は病身のおじさんの話し相手をずっと勤め、納札に一言添えたことでおじさんを感激させ、1円玉束が3倍になった。私よりずっと若いのに、そういう人間対人間の基本をはるかにしっかり身につけていて、話を聞いて自分が恥ずかしくなった。私はどうもその辺りの配慮が足りないし、どこか型通りでいいや的な思い上がりが根底にあるような気がする。以前はそうでもなかったのに…。社会に出て都市の生活に染まり、知らないうちに俗物化が進んでいるのだろうか。

中山越えはきつかった。なぜか全然山越えの意識がなかったのだ(無意識的に何か働いたのか?)。それが、大きくはないがその名の通りちゃんとした山だった。当然早足君についていけるはずもなく、午後と夕方の中間独特の、かなり陽の低くなった空の青と道端の草薮、田畑の作物のきらきらする黄金色に早くも秋の気配を感じながら、ひとりゆっくりゆっくり登っていく。上の方まで来ると木々の間に真っ青な海が見えて見晴らしは抜群。途中の湧き水で足早君と入れ代りに小休憩。そこから道標に従いながら行ったつもりが、道を間違えた。(おばあちゃん教えてくれてありがとう。)正式な道に戻ると、そこは石畳の急斜面。江戸時代、高知のお殿様が参勤交代の折などに通った道がそのまま残っていて、感慨深いし情緒たっぷりなのだけど、それを味わいつつこれを下るのはなかなか大変だ。下るというより滑るという感じで、かなり疲労のたまった身体にはちょっと怖さもあった。しばらく行くと前方に早足君の姿。そしてようやく山から抜けたと思った途端、高架の向こうに最高の(とこの時は思えた)野宿ポイントを発見。同時に早足君も同じことを考えたらしく、引き返してくるのが見えた。

17:05加領郷漁協前着。漁協の人に許可をもらって、細長く作られた公園の藤棚の下にテントを張る。その間に早足君は水飲み場の水道でパンツ一丁になってチョロチョロ水のシャワーを浴び、洗濯をしていた。いいなぁ… こういう時は本当に男性が羨ましい。できることなら私も彼みたいにテントなんか持たずに旅をしたい。が、やっぱり着替え一つとっても何もないと不便極まりないもんなー。痛かったのはこの場所は漁協のトイレが午前中のごく短い時間しか使えないらしく、こういう場合はテントがあって助かった。中で着替え、今までたまっていた分と一緒に脱いだ服もまとめてチョロチョロ水でお洗濯。早足君に缶茶をお接待して自分も1本飲みながらしばしぼーっ。トイレは海沿いに1q手前にあると聞いたので、散歩がてら明るいうちに行っておくことにする。帰り道は夕日が海に沈んでいくのを見ながら足取りも軽い(荷物がないとこんなに軽やかなんだな…)。

カロリーメイトで夕食を取り、早々にテントに横になる。石畳の上なので地熱が直に伝わり相当蒸し暑い。それでもちょっとウトウトしたらしく、早足君が声をかけたのにハッとして外へ出ると、もうすっかり日が暮れており心持ち潮風が涼しげに感じられた。早足君がアイスクリームをくれると言うので、正直「食えねぇ…」と思ったが、気持ちが嬉しかったのでスイカバーをいただく。半分ほど食べてギブアップ。残りは彼に食べてもらった。木テーブルに座って足ぶらぶらさせながら、色々話をした。内容は取りとめない "現役大学生との会話"で、なんか平和なひととき…という感じを満喫した今宵。10時過ぎだったかテントに戻って就寝。早足君はビニール袋を幼稚園児のお遊戯みたいにかぶってテーブルに転がって寝ていた。このまま爆睡できたらよかったのに…。ここは良好な釣り場なのか深夜から明け方までひっきりなしに釣人が車でやって来、ヘッドライトがまぶしくてあまりちゃんと眠れなかった。

本日の歩行距離: 27.1km
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