掬水へんろ館目次前日翌日著者紹介
掬水へんろ館のらくら遍路日記〜土佐・修行道場篇 (本篇T)
北村 香織
第3日
8月6日(日) 晴れ

4:40起床。5時から堂守さんの朝の勤行が始まるというので、それまでにご挨拶をしておくつもりが、5時にならないうちに始まってしまった。一応、昨晩にしておいたけれど、あれだけお世話になったので出発前にどうしても一言お礼だけ言いたくて待つことにする。が、夕べの勤行よりメニューが多く、お堂に戻ってこられてから密かに臨席させていただいたのだけど、たっぷり30分は座っていた。でも、ここのお寺独特なのかそれとも堂守さん独特なのか、大きな太鼓をドンドン鳴らしながらあげるお経とチベット・モンゴル風のメロディを思わせるリズムに乗ったマントラは初めてで、最初は「あんぐり」って感じで意表を突かれたけど面白く、力強くて頼もしい、真言宗的なものを感じた。

7:00 堂守さんとUさんにお礼を言ってUP。またずーっと太平洋を左に歩く。まだ暑さはそれほどでもないが、それでもジリジリ暑さのかけらが肌に伝わる。淀ケ磯は噂通りすごい。かつてはゴロゴロと鳴り響くこの岩だらけの浜を行くしかなく、ここで命を落とすお遍路さんが後をたたなかったと言われる。本当にゴロゴロというかドドーン、ドドーンと波音が響き、自然の力というものを全身に感じた。自販機ひとつない国道は休憩するにも歩道に座り込むしかない状態で、幸い海側は木や植物で陰が多いので、ちょっと広めになっている日陰を手前からチェックしながら休憩を決める。最初の休憩を決めたポイントまで来ると、先客がいた。大きなアタックザックのおじさんが、靴下も脱いで裸足で足を伸ばしている。あ、さっき勤行中にお参りに来はった人…。と思ったら、向こうからそう声を掛けてき、私と入れ代りに出発。その後、何度も抜きつ抜かれつが続く。以後ずっと最終日まで…。

法海上人堂の下に引き水がしてあった。有難くタオルを浸させてもらって、また首に巻く。しばらく行くと、とうとう室戸市入り。こういう境界線が異様にうれしい。室戸岬はこの1年、私にとって最大の目標だったからな…。 入木というところで、やっと自販機にありつき、冷たいお茶をGet。生き返るー。

このペースなら今日は室戸・最御崎寺のYHまで行けると踏み、民宿とくますを目指してサーフィンと海水浴客で大賑わいの佐喜浜を歩いていると、急にワンボックス車が開いて、おじさんが氷いっぱいの紙コップにお水をお接待して下さった。突然でビックリしたけど、冷たくて、「喉越しはお水が最高ー 」と再確認できた有難いお接待だった。ご家族が車で待っているというのにわざわざ寄って下さって、またそういう父親の姿を子どもさん達はいつも見て、だからお接待は連綿と続いてき、これからも続いていくのかもしれない。

12:00とくます着。電話を借りる。YHに予約確認。実は1時間前にTEL済みだったのだが、担当の方が席を外れていてかけ直して欲しいとのことだった。寝るのはテントで構わないが、今日こそは何がなんでもお風呂に入りたい。今はそれだけが切実な問題。太股から下全体に発疹が出てむず痒い。どうもこれはアセモじゃなかろうか。部屋は空いているとのことだったが、受付のおばさんには時間的に無理だと断定口調で言われてしまい、思わずムッとした。でも確かに6時、7時にはなるかもしれないので、お食事はお断りして素泊まりで予約。ところが「夕方までに来れるようだったらまた電話して下さい」と言うので、私としては絶対行く気で食事も遠慮したのに、またかけ直すのは嫌で「行けないようだったら電話します」と3回繰り返し言って切った。どうも腹だたしい気分で、こうなったら意地でも絶対、日暮れまでに着いてやる!とペースが上がった。

この日はニャンコDAYだった。10匹近い数の猫のいる佐喜浜の住宅。三津の辺りではどこからか猫の鳴き声がし、思わず猫語(のつもり)で鳴き返した。どうも横の住宅で飼われている猫らしい。しばらくお話(のつもり)した。また、場所は定かでないが、たぶんそこからもうしばらく先に行った国道沿いの自動販売機コーナーで、通り掛かりに生後2ヶ月ほどのキジトラがいるのを発見。思わず側へ行ってまたも道草。この子猫、どうもドリンクを買いに来る人間におねだりするという技を体得しているようで、私に盛んに甘え鳴きしながら小さな体を擦りつけてくる。ギィやんはその年頃、牛乳やらいりこやら好きだったけどすぐ下痢していたのを思い出し、一瞬悩んだけど余りにも懸命なのでミロを買ってあげた。裏手が雑木林になっていてゴミが積まれている脇に小屋があり、母親らしきトラネコがいた。発泡トレーを拾ってミロを入れてやると、不意にこげ茶色の子猫が現れキジトラより良いポジションを確保、すごい勢いで飲んでしまうのでキジトラは行ったり来たりするばかり。母猫は相変らずドタッと寝そべって知らん顔。こげ茶が満足したのを見計らってキジトラに入れてやり、こげ茶と遊ぼうとすると彼(たぶん)は人間が怖いような素振りを見せた。兄弟でも全然ちがうのは生き物みんなに共通の自然、と改めて思った。(その先に工事現場があり、関係者が彼らを可愛がって今現在の彼らがあるように思った。これからもたくましくゲンキンに生きて欲しいなぁ)

そこから1qぐらい行ったところに桃売りのワンボックス車が停まっていた。通り過ぎてややすると「お遍路さーん」と呼ばれ、おじさんが手招きしていた。てけてけ戻ると、ちょっと熟れすぎた箇所のある桃をくれ、一瞬店番を頼むと走っていった。桃の甘みに沁み入っていると戻って来、缶のお茶までお接待して下さった。聞けばリストラで長崎から出てきて果物を売っているとのこと。お客さんが来たりしてあまり話もできなかったが、こうして今四国に来てみてどうなんだろう。遍路を見る側として、そうやってお接待したり話をしたりして、私を含めて「遍路」とはどう見えるものなのか―――。

いろいろ道草したりゆっくり休憩した割には着実に室戸岬に向かって進み、海洋深層水のプラントを幾つか通過してしばらくすると御蔵洞(御厨人窟。みくろどと読む)着。16:15。こここそが「室戸、室戸」と1年間思い続けた、空海の名の由来となった修行の地。実は海岸にあって洞窟の側まで波が寄せたりするのかとずっと思っていたが、東洋大師で「国道の横で全然そんなんじゃない」と聞いた。イメージが膨らみすぎていただけに、実物を見てちょっとガックリきたところもあったが、実際に空海がこもって明星が口に飛び込んだという場所だけに、視線を限りなく坐禅時に合わせて外を見てみると海と空が無限に広がるその入り口を間近に見ることができ(端の方に車なんかも見えたけど)感慨深かった。

夕食を頼んでいないので、岬観光ホテルでおうどんを食べる。冷房がおそろしく効いていて、あったかいうどんが無茶苦茶おいしかった。案内係の人もみんなやさしく、中でもあるおばちゃんが色々と話しかけてくれ、しまいにはマンゴーガムをお接待して下さった。感謝。

最御崎寺へは登山道を登らなければならない。覚悟していたら30分ほどと聞き、拍子抜けした。しかし原生林みたいな鬱蒼とした本格的な山道で、まだ陽は低いわけでもないのに薄暗い。時間的にあと少し遅くなっていればここを通るのは難しかったかもしれない。でも20分であっさり上まで行けて、17:20 最御崎寺YH着。

ずっと受付のおばさんの言葉をばねに歩いてきたので、「ヨッシャ!」という感じで受付まで行ったが誰もおらず、奥の厨房でひとり女の人が夕食作りに忙しそうにしているのが見えた。ちょっと待ってみたが一向に埒があかないので、その人に声をかけてみた。ところが聞えなかったのか応答がなく、せっせと仕事を続けている。何度か続けて声をかけてみたが、全く見向きもされず、どっと疲れが出てきた。立っているのすらしんどいのに少しは気付いてくれてもえーやんか…。10分ほどそのままカウンターの前で立っていると、15人ほどの団体遍路がマイクロバスで到着した。それで厨房の人がやっと気付き受付担当者に内線をかけようとした途端、担当者が戻ってきた。この団体遍路のリーダー格のおばさんはここの常連らしくお土産持参、受付のおばさんも大歓迎という感じでお出迎え。カウンター前の私が明らかに彼らとは別と分かっているはずなのに、そのまま彼らの応対に一心になった。これがまた部屋割りを変えたいだの何だのと長々もめて、またそれにべったり受付が付き合う。団体と個人なら個人を先にやってくれてもいいやん。例え私が先に来て待ってたことを知らんでも、見れば歩きということも分かるだろうに、せめてもめている間にこちらの受付を始めてくれてもいいと思って内心イライラが絶頂、ムカついて泣きたくなったのは人生初のこと。結局一声もかけられないまままた10分近く待たされ、ようやく受け付けてもらえたと思ったら、「あら、途中で電話がなかったからてっきり無理だと思って予約してませんよ」と言われ、完全に頭に来た。さすがに不機嫌な声で「『行けないようなら』と何度も言いました」と言い返した。おばさんはそれには答えず、受付帳を開いて記入を促すと鍵をくれた。まだ後ろで例の団体があーだこーだやっているので、絶対彼らより先に風呂に入るべく私は大急ぎで階段を上がった。宿泊りってヤダ…!!

荷物を放り込むとすぐお風呂へ直行。貸し切りだ。団体が来る前にこの気分を味わっとこう、とばかり全身を洗う。実に3日ぶり。アセモがまたひどくなっている。やっとさっぱりしてお湯にゆったり浸かる。そこへ団体遍路の第1陣が入ってきた。彼女たちは掛け湯もせずにいきなりお湯に入ってき、私を唖然とさせた。次々におばさん達が入ってきて、見ていると10人中体を洗ってからお湯に浸かった人は皆無だった。化粧も落とさず入ってきた人もいた。果たしてこれは彼女たちの住む地域にはそういうエチケットの習慣がないのか? それなら仕方ないけど、やっと念願のお風呂に入れてきれいにしたばかりの体を浸けている処にこの仕打ちは勘弁願いたい。呆れ果てて言葉もなかった。次はいつ入れるかわからないので休憩しながら何度も入っていると、彼女たちが次々と上がっていき、また貸し切りになったお湯でのびのびしながら考えた。確かに私自身に「歩き」の方がエライ、みたいな意識があるかもしれない。この宿でのイライラは「お遍路さん」として未熟すぎるとも思う。それでもバスで団体で回るのでは絶対味わえない思いや経験を(このイライラも含めて)私はいくつもさせてもらっており、それがまた1つ本当の遍路の良さでもあると。

この日は最上階から夕日の雲に沈む瞬間と、その余韻を見て早々に就寝。

本日の歩行距離: 33.4km

ついでに本日の摂水量:3リットル(ちなみにトイレへはほとんど行っていない)

四国遍路目次前日翌日著者紹介