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掬水へんろ館のらくら遍路日記〜土佐・修行道場篇 (本篇T)
北村 香織
第1日
8月4日(金)晴れ

今回の四国入りルートは京都から。徳島行きJRバスは臨時便が出るほど混んでいて、予約して正解だった。席がまた二階の一番前で思わず「ゴキゲンさん」になってしまった。たまたま2階建ての乗り物に乗れても、いつも当たる席は1階ばかりだったから。ところが何もかもうまくいくなんてことは滅多にないもの。乗り心地、眺めは最高だったけれど、神戸で渋滞に引っかかってしまい、これで徳島から乗るつもりにしていた電車に乗り遅れ、特急に乗る羽目になる。牟岐で普通に乗り継ぎ、鯖瀬下車、鯖大師へ。

この番外札所には昨年もお参りはしている。けれども納経も、護摩堂もすっ飛ばしてしまっていたし、この旅の前にどうしても金剛杖と笠を揃えたいという思いがあった。特にお杖はこの旅の最初に手に入れたかったので、途中下車して納経を済ませ、どちらも一番お安いのを購入して(合わせて4000円ぐらい。財布をザックにしまい、お礼を言って行こうとしたらお杖を忘れかけ、私より若そうなお坊さんにお説教されてしまった。)護摩堂に立ち寄った。閉館時間が迫っていたため、あまりゆっくりじっくり見てはいられなかったが、コンクリートのトンネルの両側に八十八ヶ所それぞれの御本尊と各県ごとの信者さんが納められた黄金の仏さんがびっしり並んでいるのが圧巻だった。護摩堂も重厚さの中に微妙なほっこり感があって、しばらくそこに籠っていたいと思うほどだった。

今夜は、前回お世話になりっぱなしだったお寺にまた一夜の宿をお願いしてある。電車に乗ろうかとも思ったが、明日へのウォーミングアップに歩くことにする。距離はさほどでもないが、今回はテントの分荷物が10kg近くあると思われ、かなりきつかった。ただ、5時頃から歩き出したので、暑さが若干やわらいだのは救い。川を渡る頃にはとっぷり日が暮れて、遠くに本堂の明かりが浮かんでいる。懐かしさで足の運びが速くなる。7:30pmお寺着。

和尚さんのお住まいである母屋が真っ暗。これは本堂で修行中だと思い、顔を洗って本堂に行ってみる。中からは聞いたことのない読経が障子越しにかすかに聞こえ、邪魔はできないので縁で「自主的修行もどき」と称して坐禅を組んでみる。空には満天の星。お堂の周りからは虫の合唱。冷んやりした空気にもう秋の気配が息づいている。薮蚊の襲撃に遭い集中できず、大半はぼーーっとその贅沢で心休まる時間を過ごさせていただいた。聞き覚えのある拍子木の音。坐禅のお修行だ。と思ったら、玉砂利の上にふわ〜っと小さな光が揺れた。あれっ、と思って見ていると、等間隔でその光は小さく灯っては消える。ホタルやぁ…。私の今年最初できっと最後の、季節外れの1匹蛍。なんだか空からの贈りもののように思え、今回の遍路旅に自分に必要な、いろいろな可能性を感じさせてくれたような気がした。

9:00pm 修行終了。和尚さんと1年ぶりのご対面。今度はフルネームで覚えていて下さった。カロリーメイトをかじっていると、カステラをいただいた。今、和尚さんの他には、昨年の冬頃からずっと住み込みで修行をしておられる男の方と、東京から1ヶ月間ご自分を見つめ直すために来られた主婦の方がこのお寺で生活していらっしゃる。みなさん朝が早いので9:30就寝。

本日の歩行距離: 10km
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