掬水へんろ館目次前次著者紹介
掬水へんろ館雪遍路コウシン

《金剛杖が》

 16番観音寺と17番井戸寺の間は少々距離があったような気がする。それでも13番大日寺を出て、おおよそ2時間程で井戸寺に着いた。道も迷うものではなかった。

 寒い。風が強い。井戸寺に着くとベンチに荷物を置き、すぐに熱いカンコーヒーを買った。駐車中の車を風除けにして、両手をカンコーヒーで暖めるようにして、飲む。青空の中、黒雲の塊が流れている。時折、空が唸る。それでも、次から次と参拝者が車でやってくる。

 落ち着きを取り戻したところで、納経をはじめた。まず本堂へ。やはりロウソクも線香も風のために火がつかない。仕方がない。また、読経に力を入れる。次に大師堂へ。入れかわり立ちかわり人は来るが、囚われない、囚われない。不思議なことに気にならない。いや、開き直っていたのだろうか。それではまだまだ修行が足りない。

 終わって井戸を覗き込み一安心した後、家族に土産を買うため本堂へ戻った。そこで店番のご老人に、JRこう駅の上り時刻をたずねた。すると、柱に時刻表があるからと教えてくれた。16時21分。時間に余裕がある。納経所へ行った。たくさんの人がいた。しかし、外の寒風で皆中に入っていただけで、意外と待たされることはなかった。納経所ではいつものことながら、囚われない、期待しない、しかし、諦めの気持ちも持たない、これを心がけている。「心がけている」内はまだまだ修行を重ねなければならないが。朱印をいただき、ベンチにもどり納経帳をリュックにしまっているところへ、先ほどの店番のご老人が私のところへ急ぎ足でやってきた。私の確認したのはバスの時刻表であったとのこと。JRではないからと伝えてくれたのだ。いつもの私の早合点であり、ご老人も私が去ってからそのことに気がつかれたのだろう。ありがたい。もし、そのまま駅に行っていたらどうなっていたことだろう。バス停は大師堂横の道200メートル程先にあった。

 おかしい。バスが来ない。バスは定刻に来ることはないだろうが、もう10分も過ぎている。バスストップの時刻表を確認する。まちがいない。どうしたのだろうか。そこへ、自転車に乗って犬の散歩をしている男の人が寄ってきた。「バスを待ているのか。ここには来ないぞ。道路工事でバス停が変更になっているんだ。そこに書いてあるだろう。」と言う。よく見ると、時刻表の下に別のプレートがあり、29日までは国道に停車と書いてあるではないか。これは大変だ。後1時間待たなければならない。これでは、今夜中に帰宅はできなくなる。

 自転車の人に徳島駅までの別の交通手段をたずねた。すると、国道の所にタクシー会社があるから、それで行けばよいだろうと言う。困った、日頃私はタクシーに乗る人ではないのだ。お金がかかって馬鹿らしいので。でも、せっかく親切に教えてくれたことだし、第一急がなければならない。お礼を言うと、私は国道へ走った。だが、見つからない。どこにあるのか。ウロウロしていると、国道の反対側から声がする。「こっちだ。こっちだ。」先ほどの男性が手招きをしている。結局、その方にタクシー会社まで案内してもらった。

 徳島駅到着午後5時。タクシー代は1,980円。急いで駅ビルの旅行会社のカウンターへ行く。京都までのバスを聞くと5時15分発の席が1つ残っている、あとの便は満席ですという。あと10分で発車する。考えているひまはない。買った!滑り込みセーフ。これで今夜には家に帰れる。

 7時50分、バスは京都駅烏丸口に到着した。ここまで来ればもう安心だ。駅地下街で買い物をする。その後、JRの窓口へ行った。ところが差し出したクレジットカードは使えないと言うではないか。おかしい。大阪駅では使えたのに。窓口の案内板には確かに私のクレジットカードは表示されていなかった。手持ちの金は5,000円しかない。九条口に走った。旅行社なら使える。しかし、なんとしたことか、時刻はすでに8時を過ぎており、すべてのカウンターが閉まっているではないか。クレジットカードで現金を引き出そう。総合案内所(駅ビル2階南北自由通路烏丸寄り)の向かいに住友銀行の機械があった。飛び込む。私のクレジットカードの表示があった。助かった。ボタンを操作する。ところが!午後8時を過ぎると住友のカード以外は使えないと画面に表示が出た。ウワッ!20時36分(だったと思います)に乗らないと間に合わない。あと時間は15分少々。

 郵便局のカードを持っていた。駅横の中央郵便局へ走った。走りながら、またウワッと声をあげてしまった。ない、ない、金剛杖が手にない!駆け回っている内にどこかに置き忘れた。探しに戻るか、いや時間がない。時間がない。迷いながら郵便局へ。だが、ここも機械は閉じられていた。もう一度JRのカウンターへダッシュする。だめでもともと。掛け合う。当然ダメ。発車までに後10分ほど、もう間に合うわけがない。仕方ない、彦根に友人が居る。電車で1,000円1時間程で行ける。泊めてもらおう。突然で悪いが気心の知れた遍路仲間でもある。そうすれば金剛杖を探す時間もできる。電話をさがした。アレ!電話のそばに(2階南北自由通路の在来線西口改札近くの奥まった所)現金引出し機のようなものがあるではないか。しかし、どうせ私のカードは使えないだろう。期待はしなかったが、一応入ってみた。するとナント!使える!使えるではないか。慌てて20,000円を引き出した。JR窓口へまたまたダッシュした。切符を買った。プラットホームへ駆け上がった。新幹線が間もなく滑り込んできた。

 えらいことをしてしまった。金剛杖をなくすとは。これは罰(バチ)が当たる。当たって当然だ。いくら囚われないといってもこればかりは。列車に間に合った安堵感と杖をなくしてしまった罪悪感が、胸中で複雑に渦巻いていた。仕方ない、私が悪い。罰は大いに受けるほかない。そうあきらめた。

 関が原あたりを通過している。通路側の席でもあり窓の外は真っ暗でよく見えない。今日何度となく聞いていた天気予報によれば、おそらくこの新幹線は雪の中を進んでいるにちがいない。そう、私は想った。

四国遍路目次前次著者紹介