掬水へんろ館遍路日記第4期前日翌日談話室
掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 第4期くしまひろし

第4日(5月2日) とうべや〜43番〜ホテルオータ(大洲市三笠通り)

早起きは20分の損

今日は5時出発。朝食は前夜のうちに弁当にしてもらってある。玄関の鍵を自分であけて薄暗い戸外にでる。今度は、昨日教えられた通り、畦道ではなくちゃんとした道を歩いて県道に出る。出発前の週間予報では、この日は天候が崩れることになっている。きのうから小雨が降ったりしていたが、今朝は現在のところ雨は降っていない。雨の中の峠越えはできれば避けたいので一安心。

薄暗い道を懐中電灯をつけて、歯長峠への入口を見逃さないように注意しながら行く。県道から分かれて、農道をしばらく行くと、右斜面に急勾配で上る山道に入る。クモの巣が次々に顔にかかる。クモの巣を払おうと右手を上げた瞬間に、ドキッとした。

あれっ! 杖はどうした!

ガーン。部屋に置いてきてしまったのだ。5時10分。10分という時間と、ここまで登ってきた高度をロスするという悔しさに歯噛みする。急いで引き返す。しかし、今のうちに気がついてよかった。もし1時間登った後だったら杖を諦めただろう。

今朝は、早朝の出発だったので、なるべく音を立てないように身支度していた。杖は鈴が付いているので、動かすとジャラジャラと鳴る。最後まで触らないでおこうと気を使ったのが仇になった。とうべやに戻ってみると、幸い、玄関の鍵は開いたままだった。2階の客室に戻り、杖を持って再度の出発は、5時20分。靴紐を結び直すのももどかしい。もう明るくなってしまった。20分のロスである。

同じ道をたどり、山道をドンドンと高度を上げていく。小雨が降りだしたようだが、山道の上にうっそうと繁った木々の葉が雨を遮ってくれている。あがった息を整えるためときどき立ち止まると、涼風が心地よい。

早起きも 杖を忘れて 眠気飛び

「苦」をとる

歯長峠
歯長峠
30分ほど登ったところに分岐点がある。歯長峠を越えるか車道を通ってトンネルを抜けるか「苦をとるか楽をとるか胸先三寸の分かれ道」とある。朝から杖を忘れるなど言語道断の身には「苦」の選択しかあり得ない。だが、勇んで登りはじめた直ぐのところにさっそく「四国のみち」のあずまやがあった。まずは休憩としよう。

しばらく休憩して再び登りはじめる。「これより200メートル急登坂」と表示がある。ここは鎖につかまりながらよじ登る。 6時20分、送迎庵。後は下りである。標高450メートルの歯長峠だが、県道が標高200メートルなので高低差は250メートルしかない。峠越えは案外楽だった。

下りに入り、ますますクモの巣が多い。杖を振り回して見えない敵と戦いながらどんどん下りていくと、調子に乗りすぎて、すってんころりん、尻餅でズボンが泥だらけになってしまった。幸い、足などに異常はない。第1回区切り打ちのとき鶴林寺からの下りで、石を踏んで転倒し捻挫に苦しんだことを思い出す。下りは要注意だ。

ところどころ路面が崩れているところを何とか下り終え、6時50分、車道に出る。歯長橋の手前の、「四国のみち」休憩所にて休憩。一仕事終えたが、まだ7時前なので気分的に余裕がある。

試練は続く

問題の道
問題の道
宇和町の市街地の手前から宇和高校の脇を通って明石寺に向かう。へんろシールの表示に従って、宇和高校の先を左折すると、新しい広い道路が丘の上に向かって延びている。道の両脇にはつつじが植えられ、ちょうど美しい花の季節を迎えている。丘の頂上に達すると、広い駐車場があり、近代的な建物がある。こんなお寺があるのか…。

「愛知県歴史文化博物館」!? えっ? お寺はどこ?

何だか、妙なところに迷い込んだみたいだ。駐車場には人けがない。博物館に行って道を尋ねよう。でも、きょうは土曜日、それにまだ8時20分。誰かいるかな。おそるおそるガラスの扉から中を覗くと、掃除のおばさんが二人、エスカレータのベルトを拭いている。お寺の場所を聞くと、さっき学校の先で曲がったところまで戻れという。どこで間違ったのだろう。

戻りはじめると、背広をきたここの職員らしき人が出勤してきた。僕の遍路姿を見て「明石寺から来られたのですか」と聞く。道に迷ったのだというと、同じようにさっきのところまで戻るようにと説明してくれた。

上り口までもどって間違いの原因を検討すると、道からシールに従ってこの新しい道路に入って直ぐに、再び右に細いへんろ道に入る表示があった。これに気づかなかったのだ。明石寺は山の上にあるという先入観があったので、登りにかかったとたん何も考えなくなってしまったのだ。結局ここでも20分ロスしてしまった。今日2度目の失敗である。

8時40分、ようやく43番明石寺(めいせきじ)到着。巡拝を済ませてから、とうべやで作ってもらった朝食の包みを開いた。

ペチカハウス
ペチカハウス
1時間ほど休んで出発。お寺の裏道から国道56号に下りる。空に雲が多いものの、太陽のところだけはぽっかり青空がのぞいて照りつけるので暑い。国道を歩いたり、旧道に入ったりしながら大洲を目指す。単調な歩きが続き、時々バス停で休憩する。道路沿いにところどころレンゲ畑があり目を楽しませてくれる。多田付近の旧道には2階建ての古い旅館風の建物が多い。宿場だったのだろうか。

12時15分、国道沿いのペチカハウスで昼食。冷房の効いた室内でお冷やがうまい。何か冷たいものが食べたかったが、適当なメニューがない。食欲もないので、ボリュームのあるものを避けて、ライスグラタンというものを注文してみた。説明を聞いてもよく分からなかったが、結局ドリアのようなものだった。

13時出発。自転車のセーラー服の女の子が「さよなら」と追い抜いていく。今日は土曜日。下校中だから「さよなら」か。あいさつしてくれるのはうれしいが、初対面で「さよなら」とか「お休みなさい」とか言われるのは奇異な感じである。遍路中にときどきこういうあいさつに出会う。

今度は「楽」を取る

鳥坂峠の分岐
鳥坂峠の分岐
13時30分、鳥坂峠の分岐点に着く。「同行二人」の地図には、わざわざ「国道進行4.5kに比べ 鳥坂峠は5.5kと1k長く 1時間余分にかかるが 自然味豊である」と書かれてある。その分岐点の道しるべに曰く「峠越えは 登坂下りとも緩やか 国道より1時間余分にかかる。足首を十分に覆う服装が必要である。まむし注意!」。まだまむしの季節ではないし、「自然味豊である」の文句には心ひかれるが、それより今は早く宿に着きたい気分だ。単調な国道歩きで疲れてきた。こういうときに、誰かと何気ない会話をするだけで元気が注入されるのだが、きょうは出会いの少ない日だ。今朝は、杖を忘れるという失態をしでかし、歯長峠で「苦」を選択し、明石寺で迷い道というおまけの「修行」もしたので、今度は「楽」を取ることにした。

鳥坂トンネル、1117メートルを15分かかって通り抜ける。このトンネルには歩道がない。特に大型車が通り過ぎるときの風がすごいので、笠のひもをきつく縛りなおす。左手に懐中電灯を、右手に杖を持ち、できるだけ道路の右側に寄って歩く。あまり右に寄りすぎると、杖につまづくので大変危険。緊張しながら歩く。道路の反対側を自転車の青年が行くのが見えた。車体後部に点滅するランプがついているが、服装も黒っぽい色で、目立たない。他人事ながらハラハラする。

トンネルを抜けると大洲市に入る。どんどん高度を下げていき、14時30分、第二札掛橋の付近で休憩。近くに札掛大師堂があり、「おへんろさん、30分でもいいから改修をお手伝い下さい」という看板が出ている。悪いけどこれはパス。

こんなところに富士山が?

冨士山登山道
冨士山登山道
富士山登山道? 何とか富士というのは各地にあるらしいが、この思い切りのよい標識には驚いた。確かに、前方には形の良い山が見えている。ところが「富士山」だとばかり思い込んでいた字をよく見ると、実は最初の字に点が一つ足りない。これは「冨士山」で、「とみすやま」と読むんだそうだ。

16時、市街地に入る。肱川を渡り、16時10分、国道沿いのホテルオータ着。チェックインしてから、買物に出る。JR大洲駅の売店で絵はがきを買い、コンビニで明日の朝食のおにぎりを買った。そのうち、雨が降りだしたので、夕食もコンビニの弁当で済ませることにして、ホテルに駆け戻った。

今日で4日目、前半が終わるので、洗濯日とした。わざわざコインランドリのあることを確認してこのホテルに決めたのだ。靴下や下着の類は、毎晩、宿の洗濯機を借りて洗っている。だがその他の衣服は着た切り雀だ。洗濯してしまって、万一朝までに乾かなかったら困る。今日は乾燥機が使えるので、白衣や、歯長峠で転んで泥だらけになったズボンも存分に洗った。

51,963歩、35.8キロ。

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