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![]() | ![]() | くしまひろし |
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24番最御崎寺で同宿した元先生のクボタさんは「前へ前へ」という感じで、とにかくエネルギッシュである。ところが、今朝の朝食のときは「1日に少しでも先に行こうというのは、オレは意地汚いのかもしれんな。」などと謙虚な発言をされる。最御崎寺にはまってしまったコザキさんや、マイペースのカワイさんを見て、考えるところがあったのだろうか。
浜吉屋 ただ、急ぐ必要はないしゆっくり歩いた方が色々な人と出会えるというのは真理であるとしても、一日延びればそれだけ宿泊費もかかるわけだ。半ズボンのカワイさんのように「ヒマとお金はいくらでもある」という人は珍しいだろう。野宿で行く人は別として一般には経済的な制約から急ぎたくなることも確かである。
クボタさんは、この遍路から帰ったら、また次の遍路に出るそうだ。遍路には中毒性があると言われる。「お四国病」という言葉もあるほど、一度遍路をすると何度でもしたくなる人は多いようだ。僕の場合も、去年、「リフレッシュ休暇の個性的活用」という見地から遍路の世界に入ったのだが、その時点では、区切り打ちで一巡するのが目標であって、2度も3度も回ろうという考えはなかった。大体遍路なんて一生に一回限りのもので、2回以上回る人がいるということさえ想像もしていなかった。ところが、歩き始めてみると、100回以上回っている人が結構いるようだし、いつの間にか「今度ここに来るときには…」などと考えている自分に気がつく。
27番神峰寺は、標高430メートル、浜吉屋から4.6キロの往復である。荷物を浜吉屋の土間におかせてもらって7:20出発。僕は今日は、ここから14キロの安芸市内の旅館清月で泊まる予定である。神峰寺までの往復を入れて20キロ強しかないが、その先となるとさらに15キロ先となり、神峯山の登り下りを入れて35キロとちょっときつい。急ぐ旅でもないので、他の2人はもうとっくに出発済だが、僕はのんびり行くことにしたのだ。
7:30、浜吉屋から600メートルの神峰寺登り口のところで、カタネさん親子が休憩しているのに出会う。昨晩はここから6キロ手前の奈半利のビジネスホテルに泊まったという。「荷物を浜吉屋におかせてもらったら?」と勧めたがそのまま担いで登ったようだ。あのおかみさんなら、ジュースの1本も買えば快く荷物を置かせてくれると思う。
まだ休憩中のカタネさんと分かれて、くねくね道を登り始める。途中、へんろ道に入ったが、草が生い茂っていてマムシも怖いので、一旦車道に出たところそのまま車道を歩くことにした。半分も行っただろうか。クボタさんがもう同年代の男性と下りて来るのに出会った。二人でタッタカタッタカ下りていく。カタネさんも登りの途中でこの二人に出会ったそうだが、「後どの位ですか」と尋ねたら「そんなこと聞いてどうする。歩けばいいんだ」と叱られちゃったと言って苦笑していた。
8:50神峯寺着。
神峯の水 納経所のそばには『土佐の名水 神峯の水』という湧き水がある。冷たくておいしくて、何とも最高である。手を洗い、顔を洗い、そして、がぶがぶ飲んだ。容器に入れて持って帰る人もあるらしい。
さらに階段を登って、本堂と大師堂でお参りを済ませ、納経してから、また名水を飲んだ。納経所の近くのベンチで山上の涼風を味わいながらしばらく休憩していると、寺務所の中で、住職らしい人が、何百万だかをどこかの誰かに振り込んでくれと銀行に大きな声で電話する声が聞こえてきた。
時間がたっぷりあるので、頂上の「空と海の公園」にも行ってみることにする。標高570メートルの高台にいくつかの散策コースと展望台がある。息を切らして木立の中を登っていくと、コンクリート作りの5階建ての展望台が立っていた。最上階からは360度の眺望が開け、無料の双眼鏡が備えつけられている。
展望台 展望台からの眺望 でも、まあそれだけと言えばそれだけのことである。歴史的背景のない単なる展望台に過ぎない。面白いのは、わざわざ電源ケーブルがここまで引かれているということだ。この展望台には照明設備はないようだし、周りには自動販売機などもない。しかしよく見ると、展望台の1階におなじみの緑色の非常口表示が光っている。こんなスケスケの建物の1階なんてどっちに逃げても屋外なのに、わざわざこの表示灯のためのためだけに電源を1キロ近く引いてあるのだ。きっと何か法規で定められているのかも知れない。
誰も来ないし、面白い場所でもないので、早々に下りることにする。
神峯寺の脇を通って元来た道をどんどん下りていくと、カタネさん親子に追いついた。僕が公園でうろうろしている間にお参りをすませたようだ。
神峯寺を下りる 打ち戻り(一度来た道を戻ること)でなおかつゆるい下りというのは、道順に注意を払わなくていいし、体力も消耗しないので、遍路としては一番気持ちが楽になる時間である。今朝出会った登り口の所まで一緒に歩きながら色々話す。
カタネさんの話
民宿の家庭的な雰囲気は好きだが、二人とも小食なので、旅館に泊まると食事の量が多くて、食べきれない。朝なんか、二人合わせておにぎり3個で十分。ビジネスホテルだと食事は別だから都合がいい。国民宿舎みたいな公共の宿もいい。とくますの食事も多かった。この子がよそ向いている間にフライを皿に移してやったら、気がつかないで食べてた。(アヤコちゃん怒る)。去年父親がなくなった。色々自分自身で悔いの残る点があって遍路に出た。ぜひ三周忌までに終えたいので少しの休みも利用して先に行こうと思う。
この奥さんとは、毎日少しずつ顔を合わせている。陽気におしゃべりしてくれるし、旅行が好きだと言っていたので、遍路もレジャーの一つなのかと思っていた。それにしては、娘さんを休みのたびに連れ回して、さらに来年までに終わりたいといって過密スケジュールだし変だなあとも思っていた。結構深刻な話を聞いてしまい、初日に出会ったコクブさんといい、カタネさんといい、みんな重い動機を抱えて歩いているんだと思い知る。
今朝出会った登り口のところでカタネさんと別れ、11:40 浜吉屋に戻る。預けてあったザックを背負って出発しようとおかみさんに声をかけると、「冷蔵ケースにお茶冷やしてあるから」とグラスをもって来てくれた。やかんから麦茶をついで一気に飲み干す。こういう心遣いがありがたい。「昼食はやってないの?」と尋ねると、近くの『つつば』(砲場)というドライブインを紹介してくれた。自分の家で採れた稲で炊いたごはんだからおいしいとのこと。
早速、その『つつば』に行ったのはいいが、ぼーっとしていて焼きそばを注文してしまった。焼きそばでは、ごはんが味わえないではないか。あわててランチに変更してもらう。エビフライと豚カツだった。遍路中は四つ足の動物は食べないというのが一応決まりらしいが…、まいっか。大体、初日にハヤシライスを食べたもんな。肉が入っていたかどうかは記憶にないがきっと入っていたと思う。まいっさ。
つつば 若干のひっかかりを覚えながら食事しているうちに、四つ足を食べることが遍路の道に反しているのかどうかということよりも、遍路姿をしていて肉を食べていることを他人がどう思うかということを気にしていることに気づく。要は自分自身の心の中の問題なのだ。
12:30発。代金を支払うと、おねえさんが「もっとゆっくりしていかはったらええのに」と言ってくれる。その一言がうれしい。
大山岬付近で、またアイスクリン屋さんがあったので買う。なぜかここでは1個200円。味は、昨日のと同じだけど。
14:00 安芸市内の波切不動尊のところに「神木なぎの木」があった。なんと道路の真ん中にその神木はあり、そこだけ車線が神木を挟むように分かれているのだ。傍に立っている『なぎの木は残った』という看板の内容を要約すると、
神木なぎの木 その昔、遭難した漁師が、波間にただよう小枝につかまって助かったが、その木こそ、波切不動尊の境内にあったこのなぎの木だったのである。木は道路補修のため取り除かれる予定であったが関係者の運動により残された。とのことである。高知市の名前の入った看板にわざわざ「関係者の運動により」と書いてあることに何か心が温まる。
安芸市内の賑やかな商店街を歩いているとき、小さな女の子を連れたおばあさんから「暑いから冷たいものでも飲んでください」とお金の接待を頂く。「南無大師遍照金剛」と唱え納札を差し上げると、連れの女の子がおばあさんを見上げて不思議そうに「どうしたの?」と聞いている。
安芸市の中心部に入ると、ここは久しぶりの繁華街である。薬局に入って悪化しつつあるマメの手当てと、アセモについて相談した。マメ用には抗生物質の軟膏を、全身に広がるアセモ対策には、普通のとステロイド入りと2種類の塗り薬を買った。
旅館清月を探してうろうろしていると、またしてもカタネさんに会った。カタネさんは、あるビジネスホテルに泊まる予定だったが、行ってみたらパチンコ屋の2階で、その上、部屋に案内されたら冷房が故障していたのでキャンセルして、山登家旅館に泊まることにしたという。僕の泊まる清月の近くのはずだが「同行二人」の地図はこの市街地についてはちょっと分かりにくい。一緒に探しながら通行人に尋ねたりしてやっとたどり着く。
15:15旅館清月着。ここは、昨晩泊まった浜吉屋のおかみさんに「安芸で一番安い」と推薦された宿である。ここでもカワイさんが先着していた。お客は、他におとなしい若者数人のグループだけである。おかみさん(?)の話
最近は景気悪い。ほら、何とかいうやつ、そうそうバブルバブル。あれまではビジネス客が多かった。NHKのテレビ塔を建てる工事とか何ヵ月も滞在してくれたものだ。最近は低調。あとはお遍路さんだけど、やっぱりビシネス客が固定収入源だから。
カワイさん。例によってビールを飲みながら地図を眺めてうなっている。彼も僕も明日のスケジュールに悩んでいるのだ。明日は、28番大日寺まで行って、その近くの旅籠土佐龍に泊まるというのが希望だった。なにせ「旅籠」っていうのが何となく旅情を誘うではないか。ところが、土佐龍さんに電話してみるとお休みだという。仕方がないので大日寺に、電話で近くの宿を相談すると、もう一軒あった丸米旅館も休業中とのこと。大日寺の手前というと「旅館かとり」があるが、ここから20キロしか行けない。その先というと高知市内まで行かないと宿がない。大日寺の人は、28番と29番の中間にある都築さんという方の無料遍路接待所を紹介してくれたが、灼熱地獄で、マメやアセモで体調もすぐれないので、やっぱり普通の宿でゆっくり休みたいのが本音である。
清月の夕食 疲れた頭では結論も出ない。部屋に戻ってから考えた末に、とにかく早立ちしてがんばって歩き、行けそうだったら高知市内の30番の先にある宿まで43キロ歩き、ダメそうだったら20キロの「かとり」でがまんすることに決める。朝食をキャンセルしようと階下に下りると、宿のご主人らしき人が一升瓶を持ってうろうろしておられたので、支払いを済ませた。
さっき買い込んだ薬を体や足にたっぷり塗り込んで寝る。
歩数 19937・21キロ。
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