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宮尾しげを 『四国遍路 』 (鶴書房,1943年)
昭和18年発行の四国遍路記録です。日本は戦争中だったはずですが、本文には日付が入っていないので、著者が四国遍路を旅したのがこの時期だったのか、あるいは過去の紀行文がこの時期に刊行されたものかは分かりません。著者は漫画作家などとして活動した方らしく、本分にもユーモラスな挿絵がたくさん掲載されています。
歩きを基本としてバスや乗合自動車なども利用した旅です。全体を通して多少斜に構えた気楽な珍道中という感じで楽しめます。
例えば、お寺の納経所でのやりとりはこんな感じです。47番八坂寺で参詣者の数の話題になり、
「一日に十二三人やナ、春は千人ぐらい出て納経が間にあはんで、臨時雇人を頼んでする始末や」
「それぢや、随分まうかりますネ」
「いや費用の方がかかつて、それ程でもありまへんナ、近頃は物価が高いのでナ」48番西林寺では、納経所に子供が頑張っていて
「お納経かな、早う出しなはれ」
「君かけるかい」
「あほらしい、納経ぐらゐかけんで、どないします。他のものは書けんでも、これ家の商売だが、出しなはれ」
出すと、大きな筆をもってなかなか達者に書き終る。そしてパタパタと宝印、寺印を押して
「エヘンどないもんや」
「フーム、君幾つだい」
「十二や、あんた御遍路か、リユツクサツク背負つてハイキイングのようやな」宿の食事や、お寺で分けてもらった「ありあわせの味噌汁」の中に、当たり前のように松茸が入っているところは、時代を感じました。
宿坊の光景も、興味深いです。61番香園寺の奥の座敷は20畳敷きの広さ。お勤めが終わって部屋に戻ると
寝床が敷いてある。大きな一枚布団。
「八人づゝ寝て下さい、こちらで掛布団をかけますから、順に横になって下さい」
まるで河岸へ上がつた鮪と云つた形だ、固い枕に頭をのせて布団の上に横になると
「そーれ」
掛声もろとも、一枚の掛布団がかゝる。この大布団での雑魚寝風景は、岩波写真文庫176 四国遍路にも写真が掲載されています。66番雲辺寺では、
隣室から
「昼間布団を干しといたから蚤は居ませんやろ」
「勿体ない事、お四国で蚤を貰はんとあんた御利益はあらへん、お蚤はお大師様が置いておきなすつたものや」
と云つている。前書きに「私のは、申訳けないことながら、この信仰がちっぴり隅つ子にくつついてゐて、大部分は見学の旅になってしまった」とある通りですが、後世の読者としては当時(戦前?)の庶民の遍路風俗が目にうかぶようで、楽しい書物です。
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