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掬水へんろ館ウマヤドの自転車遍路1人旅《8月16日 - 14日目》
古都を思わせる美しい町並み。
瓦の屋根を朝の光が滑る。
7時、大洲を出発。
今日からポシェットをやめた。汗がしみ込んで使えない。
面倒くさいけど必要なものまでバッグのポケットに移し替えた。

内子から379号線へ。
谷間の町、小田は祭りの準備で活気にあふれている。
真弓トンネルを過ぎて、380号線へ。
ここで初めて44番と45番の逆打ちをすることにした。
時計をイメージすれば、今いるところが8時方向。
45番が3時方向、44番が12時方向、その後行く46番は11時方向の先だ。
戻るのがいやなら逆時計で8時、3時、12時、11時と進めばいい。
楽な下り坂は戻りには激しい上り坂になる。

ここは久万(くま)高原。アップダウンが激しい。
大きな岩山の間、小川に沿った細い遍路道。
67キロ走ってようやく四十五番・岩屋寺(いわやじ)の駐車場に着いた。
寺はここから15分参道を登る。
なんという場所にお寺をつくったのだろう。
50メートル以上の奇峰が幾重にもそそり立つ。
奇岩の間を縫って石段が延びている。洞窟の中に泉が涌いている。
奇峰を削ってつくった大師堂にお参りをした。

久万街道を12キロ、四十四番・大宝寺へ。
久万高原にあるこの2つの寺は淡々とした凄みがある。
氣を感じる。
久万には1万年前の遺跡があるそうだけど、長い間かけてヒトが積みあげてきた、
澱(おり)のようなものなのだろうか。
 
久万街道を右に折れ、33号線を46番に向かう。
ルート33は土佐街道というのかな、広い車道で車もそれぼど多くない。
三坂峠の上りはつらかった。とろとろの上りが続く。

自転車に速度計をつけてきて良かった。
押して歩くと時速4キロの表示。乗ってギア(3X7)を全部落すと時速6キロ。
2キロ得するならと、なるべく降りないようになった。
峠の展望台で初めてうどんを食べた。
讃岐うどん。あれっ、もう讃岐の国か?いや、まだ、伊予の国だ。
三坂峠の下りは凄い。9キロ、漕がないで、そのまんまグライダー気分。
メーターをみたら時速50キロをこえているので、あわててブレーキを握った。
ブレーキ・シューが気になる。

三坂峠のバス停、「塩が森」を左折、谷へ向かって細い遍路道を下る。
調子にのりすぎ、カーブがきれず、身体が草むらに飛んだ。
ころころ転がったのと、方向が良かったので怪我はないが、
自転車は木立に突っ込み、前輪のスポークが2本折れてしまった。
リムも少し歪んでタイヤが動かない。
どこを見ても田んぼで自転車屋などある感じではない。
ここまでか。ここまでだ。
背中が冷たい。ジャージの背中のポケットからペットボトルを出してみて驚いた。
ボトルがざっくり割れている。
これがなかったら直接、背中が。とたんに足がふるえた。

「大丈夫ですか?」二人乗りのバイク青年に事情を説明する。
…自転車屋じゃないと無理だな…砥部(とべ)まで行けばなんとかなるよ
…ここから浄瑠璃寺まで3キロです。歩いて行ってて下さい。
その先1キロで八坂、4キロで西林寺、その辺で追いつくでしょう。
外した前輪を持って2人が立ち去る。その後ろ姿に手を合わせた。

前輪のない自転車を転がして歩くのは慣れていないと難しい。
慣れてるやつがいるか。
バランスは悪いし、きっと見栄えもしないだろう。
一番難しいのは視線だ。下を向いてるとめげてくる。
上を向いて歩こうなんてとても出来ない。
自転車をケアしながら歩けばよろけるし、真っ直ぐ前方を見て歩くのも、
運動会の行進みたいで。かといってさり気ない視線は難しい。
窓から不思議そうに覗いている人に、
どういう視線を返せば良いのか?
何くだらないこと考えているんだ。

5時、四十六番・浄瑠璃寺(じょうるりじ)にたどり着く。
門前のアイスクリン屋が驚いている。
無事の報告と無傷の感謝をして次へ向かう。

一緒になった歩き遍路に割れたペットボトルの話をすると
「御利益、御利益!」と笑った。
そうか、一度で済む言葉を2度繰り返すとなんか元気になるな。
「平気、平気!」「行け、行け!」「そうだ、そうだ!」
「かっとばせ、かっとばせ!」
また変なこと、考えている。

四十七番・八坂寺にはすぐ着いた。
感謝ばかりして、供養するのを忘れてしまった。
また自己中心的になってる。
モードを切り替えねば。西林寺に向かう。

陽が傾いている。
朝の大洲も良かったが、ここの夕陽も素晴らしい。
光が滑る。光が踊る。
ブオーンという音がして彼らが近づいてくる。
修理したタイヤを夕陽にかざしたのでスポークがキラキラと光った。
それが仏像の後輪のように美しかった。それなら彼らは仏様だ。
名前も言わず別れた君たちをいつまでも忘れない。

四十八番・西林寺を出た時は6時半を過ぎていた。
松山の町に入り、四十九番・浄土寺、五十番・繁多寺をお参りして、
五十一番・石手寺(いしてじ)に到着。
メーターは112キロになっている。
8キロ歩いているから、今日は120キロ。

「食事出来ます」の張り紙に誘われて居酒屋に入った。
もう8時を過ぎている。ビールがおいしい。
カウンターの角に客が一人。親父との話からぽん引きだとわかる。
時々外に出て道の様子を確かめている。
電話帳を借り「ビジネスホテルさざなみ」を予約した。
冷や奴、煮魚、お新香、みそ汁、ご飯。
明日の朝のおにぎりをつくってもらう間にお酒を1本。
「お遍路さんじゃ遊ばないよね」彼に念を押された。
「遍路、ひいてるようじゃ、しょうがねえな」親父がからかう。
そうだ、ここは道後温泉なのだ。
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