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掬水へんろ館ウマヤドの自転車遍路1人旅《8月15日 - 13日目》
6時出発。早くから開いている釣り道具屋で弁当を買う。
10キロ走り、大浜の休憩所で朝飯。野良犬が寄ってきた。
何かを期待した目つき。急に気持が意地悪になった。

沢庵を箸でつまんでぽいと投げた。
食べられないだろう…犬はとまどいながらも、
どうにか食べ、またこっちを見ている。
食べたの?信じられないやつだな。
今度は塩昆布を投げる。
おまえ、意地汚いぞ。塩昆布まで食うのか。そして梅干し。
犬は食べては僕を見る。その顔が悲しげにみえた。
ようやく自分が何をしているのか気がついた。
馬鹿なことを。底意地の悪い自分の本性が野良犬の目に写っている。
それからは全て半分にした。唐揚げも、蒲鉾も、フライも、ご飯も…。
食べ終わると犬はあっけらかんとして行ってしまった。

試されている。いや、正確に言えば自分を試す。あるいは正す。
遍路というのはそういう旅なのか。
お寺のお水取りにボウフラが涌いている、不潔だ。そうだろうか?
寺の主がそのボウフラを見た時、観光客のためにボウフラを殺すより、
彼らの生を慈しんだのかもしれない。
ボウフラの命と人の命とどちらが尊いか、誰に判断出来るのだろう。
柄杓にバーコードがついたまま、剥がせばいいのに、
という感覚は日常生活の中でのことだ。
日常を離れたつもりの遍路の旅でそんなことばかり気にしていたら、
本当に見なくてはいけないものまで見失ってしまう。
町の寺はつまらない、何を期待しているのか?
その凡庸さの中で何を見つけるかが大切なのじゃないのか…。
うーん。野良犬に教わってしまった。

1710メートルの松尾トンネルが怖かった。逃げるように走る。
宇和島を抜けて峠越えがきつい。
10時20分、52キロ走って四十一番・龍光寺に着いた。
カセットにメモしていて気がついた。今日は終戦記念日だ。
そうだ、戦争で亡くなった人たちも供養しよう。
だんだん供養する人が多くなってくる。

11時、4キロ走って四十二番・仏木寺(ぶつもくじ)に。
県道31号線、5キロの上りと5キロの下り、
1時25分、四十三番・明石寺(めいせきじ)到着。
ここから大洲(おおず)の町まで30キロ、頑張れる。

峠のよろず屋で冷えたスイカを買った。
店先で食べた。めちゃくちゃうまかった。
体中にしみ込む水分、頭に抜ける冷たさ、味覚を走りまわる甘み、
歯茎をくすぐる食感、遠い日の香り、燃えるような真紅。
「今まで食べた中で一番おいしかったものは、なぁに?」
「鳥坂峠のスイカ!」今ならすぐ答えられる。

4時、大洲に。今日は92キロ走った。
総計941キロ、明日で1000キロか。
よく走ったな。甲子園で言えば3回戦まで勝ち進んだか。
ビジネスホテル「だいいち」に宿がとれた。
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