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掬水へんろ館ウマヤドの自転車遍路1人旅《8月5日 - 3日目》
7時出発。快晴。192号線から国道55号を十八番・恩山寺に向かう。
55号の平坦な道を20キロ、小松島市。そこから2キロ山道を上った。
9時50分、十九番・立江寺(たつえじ)に向かう。20分で着いた。
ここは関所寺といって、何か悪いことをしていると、足が動かなくなり、
入ることが出来ないという言い伝えがある。無事通れたけど。
自分も全然悪いことしてないとは言えないし、御大師様も随分寛大だなぁと、
人を許す気分を教えてもらったような気になった。
長野から来た遍路と話す。
歩き、バス、タクシーで、今回は二十三番・薬王寺までの区分打ち、
全部回る時間がないから。
そうか、区分打ちというやりかたもあるのか。

立江寺からゆるやかな勾配を10キロ進み、16号線を左に迂回して
二十番・鶴林寺(かくりんじ)に向かう。もの凄い上り坂。
自転車を降り、押して歩くが、後ろに積んだ荷物が重くて前輪が浮いてしまう。
30メートル進んで、一休みしないと、息があがる。飲み物も少ししかない。
70過ぎの歩き遍路に追いつかれた。
お坊さんの格好をしている。
「自転車はきつかろう、ここは行者転がしと言ってな、
行者も転がる、遍路も転がる。」

歯のない口でふぁふぁっと笑い、何か飲み物、ないか?と催促する。
ボトルを差し出すと一気に飲み干し、
「何だ、水じゃないのか、甘いものは駄目だ、第一、頭にもかけられん」
そういってスタスタと行ってしまった。
むかっとしたが追いつけない。何という坊主だ。
しかし言うことは確かだ。スポーツドリンクは頭にかけられない。
なるほどと感心するほうに気分を傾けた。

杉の森が気持ちいい。森林浴している。
植物の子供たちがはじける匂い。草や木も大人になるのか。
2時間、5キロの登りを自転車を押して鶴林寺に到着した。
お参りもせず自販機を探す。なかった。
先ほどの坊主がベンチから話しかけてくる。
「何だ、手も洗わんのか、ここは仏様の家だ。着いたら手を洗い、
口をそそぎ、鐘をつく。マンションだってドアの前にたったらベル鳴らすだろう。
これ、お接待!」
そういって千円札を渡された。
「さっきのお礼だ、何か冷たいものでも買うといい」頭を下げるのが精一杯だった。
お坊様が立ち去られた後(急に言葉つきが変わる)初めて鐘をついた。
遠慮しているので音色が弱々しい。今の自分をよく表している。
タクシーで着いた遍路と話す。
「いいな。私も足が良ければ自転車で回ってみたい…」
だんだん自分の勘違いがわかってきた。

その1、区分打ちより、全部、一気にまわるほうがえらい。
…全部回れるのは時間に余裕があるだけのことではないか。
その2、自力で回るほうが、バスやタクシーで回るよりえらい。
だから、自転車はバス遍路よりえらいが、歩き遍路には一目置く。
…自力で行けるのは健康だから。健康で、時間があって、少しのお金があれば、
誰だって自力で遍路するだろう。
遍路しようという気持ちのほうが大事なのに、冷やかし遍路の自分はバスでくる
観光遍路を軽蔑していたのではないか?
先ほどのタクシー遍路がつく鐘の音が杉の森林に響きわたる。
ゴーンと頭をつつかれたような気分だ。馬鹿だったな、ここが自分の出発点か。
大師堂で、ごめんなさいと本気で謝った。

3時、少し早いけど鶴林寺を下りたところで遍路宿の金子屋に泊まる。
今日の走行距離、47キロ。アベレージ、13キロ、最高速度38キロ、
総計232キロ。
荷物を整理していると、おばちゃんに
「何でそんなに沢山持って走るの?うち、クロネコくるから東京に送り返せば」と
言われる。そうだな、捨てて歩けか。
主に野宿用の道具と、生半可な気持ちを宅急便の袋につめた。
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