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掬水へんろ館

24日目 1999年7月18日  雨、のち曇り

 朝起きると雨が降っていた。早く目覚めると、宿にいてもすることがないので、雨の中を歩き出す。最初のコンビニで巻き寿司を買い、ビルの玄関のひさしを勝手に借りて、座り込んで朝食を食べた。町中でも地べたに座ることに抵抗がなくなっている。紳士と野良犬のどちらに近いかと聞かれれば、ずいぶん野良犬に近づいているように感じる。

 たしかに、毎日洗濯はするものの服は薄汚れてきたし、風呂に入ってもホコリや汚れが完全には取れないような気もする。身体的には、蓄積疲労のためか姿勢も乱れてきているようだ。でも、それとは反対に、身体の内面と心の中は以前と違うような気がする。内面の汚れたものが浄化されてきているように感じるのだ。身体と心の贅肉が落ちてきたと表現すればいいのだろうか。

  内面がシャープになったような気がする。研ぎ澄まされてきたように感じる。そして、それと並行して、精神的に安らかに感じられる時間が増えてきたようにも思う。自然や社会に気持ちよく包まれて、それに一体化していく自分を感じるというような・・・。外面的な疲れや汚れと内面的な充実は、反比例するのだろうか。

 6時25分、腰を上げて、松山市内を適当に歩く。いや、遍路コースを無視して、交通量が少なく52番への距離が短いコースを地図で探して歩く。そうして歩いているのに、市街地を抜けた途中からは遍路シールが現れ、正規のルートに入ってしまった。つまり、こういうことだろう。昔の遍路も、できるだけ身体への負担が少ない道を選んだにちがいない。そして、今も昔も距離が少ないルートは同じになってしまうようだ。

 参道の長い52番太山寺にお参りする。人が少なく雨音だけが聞こえる境内に座った。静かだ。札所で、こんなにシットリとした気持ちになったことがあっただろうか。雨音が、静けさを強調するBGMのように感じる。線香の香り、静かな読経、無彩色に見える樹木やお堂、濡れてひんやりした腕、・・・、これらのそれぞれが、五感の静けさを強調するBGMの役割をしているようにも感じる。 『・・・、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、・・・』 般若心経のこの部分だけが耳に残った。

 53番円明寺に着く。山門には、一人の遍路が鉢を置いて、深い笠をかぶったまま地べたに座っていた。このような遍路は初めて見るが、托鉢をしながら歩いているのだろう。今までに頂いたお接待の現金を、彼に譲ろうかと考え始めた。お参りを済ませてベンチに座り、なんとなく彼を観察する。バス遍路の婦人達の何人かがお鉢にお金を入れていたが、彼は頭を下げることもせず、さも当然という風に座り続けていた。

 急に熱が冷めた。(お接待するのは)ヤメタと思った。せっかく善意のお接待を頂いたのだから、もっと善意が伝わる使い方をしたいと思った。彼の前を素通りし、次に向かって歩き始めたが、どこかに引っかかるものが残ってしまった。初日に出会った接待してくれオジサンとは異なり、彼は少なくても遍路をしているのだ。態度が好ましくないという自分勝手な理由でお接待をしないというのは、宗教全般で求められている博愛精神にもとるのではないか。それに、もっと有効なお接待現金の使い方が出来る自信があるのか。 もちろん答えは出ない。

 瀬戸内海に沿った道路に出たが、土佐の海ほどのインパクトがない。雨は止んだが、はっきりしない天気のせいかもしれない。どこか焦点の定まらないボーッとした頭も今日の天気のようだ。そういえば、今日はどこに泊まるかも決めていない。途中で宿があれば泊まり、なければ今治まで行ってしまえばいい、というような適当な決め方だ。歩きも、辛くはないが、どことなくヘロヘロ気味だ。

 ダレたまま北条の町を通り過ぎる。花へんろの大看板にも関心があまり湧かなかった。そろそろ昼飯時だ。今日こそはシッカリ食べなければと思ったら、少し覚醒してきた。冷たいうどんが食べられる「めん処」があったので、僕には上品すぎる店かと思ったが、迷わずに入った。 「にぎりとうどんセット」 これだ。昨日までとは別人のように、一気に食べ切った。明日からの昼食は、冷たくてアッサリしたものにしようと思う。

 腹がふくれると意欲も湧いてくる。浅海(あさなみ)までは海辺を通らず、鴻之坂を登って丘越えをすることに決めた。長くて厳しい坂ではなかったが、疲れがたまっているのか、身体が重かった。それでも、汗を流して登りきると心の中に爽やかさが戻ってきた。海を見ながら、みかん畑の中を気持ちよく下る。

 「アッ、いけない」 鎌大師のことをすっかり忘れていた。坂の登り口あたりにお堂があったはずだった。大将にも他の遍路にも勧められていたのに、午前中の「ボーッ」で、まったく意識から欠け落ちてしまっていたようだ。かといって、ここまで来て、またあの坂を戻る気がしない。今回は許して貰うことにしよう。いつになるかわからないが、次回は必ずということで。

  14時30分、菊間に入った。すでにシャリバテの警告が身体から出ている。今日は、6時にコンビニ巻き寿司、10時前に喫茶店モーニング、12時にうどんセットを食べているのに、何ということだ。が、文句を言っても腹はふくれない。コンビニに入りケーキとゼリーとジュースを買って、地べたに座って食べた。こんな時は他人の視線なんて気にならなくなっている。紳士面をする必要もないが、これでは少しマズイような気もした。少し移動して、道路の縁石に座る。 『たいして、かわらないかー』

 16時40分、大西駅前のビジネスホテルに飛び込む。 「部屋は空いてるんやけど、食堂は日曜でお休み。近くに食堂はないし・・・」「はい、わかりました。今治まで歩きます」 覚悟はしていたので、明るい返事を残して飛び出した。燃えてきた。気合いが入ってきた。ガンガン国道を進んだ。このところ、ヘロヘロが顔を見せてからも、その後長時間粘れるような気がする。50kmを歩ききった自信のせいか?

 17時20分、今日も三日間連続の納経時間外に54番延命寺にお参りする。庭を掃除中のオトウサンが親切に今治への遍路道を教えてくれた。ここで、やっと泊まろうという腹が決まり、今治のビジネスホテルに電話した。大西を出てから、夜通し歩いてみようかと思っていたのだ。何故だかわからない。午前中は燃えなかったので、今頃燃えだしてきたのだろうか。

 登りが少ないとはいえ、50km近くも歩いたので、今日もやはり疲れた。お店を探すのが面倒くさいので、ホテルの玄関を出て最初に見えた店で食事にすると決めた。そこは、寿司屋だった。草野球の話しをしていた隣の客が話しかけてきた。「旅の人ですよねえ。しまなみ海道が出来て、町を活性化するには、旅行者の好むものと一致せないかんでしょう? 何を求めてます?」 市役所の観光課の人だろうか? 「僕は遍路でただ歩いているだけですから・・・」「そうかー、歩く道だけでええんかー。あんまり活性化とは結びつかんなー」 ビールが差し出された。ビールが出るとわかっていれば、この場が活性化するような、それなりの回答を考えたのに・・・。

 24日目 →48km、↑240m、67000歩、6:05〜18:35、今治市駅前「今治アーバンBH」

<雨対策>

 雨対策といっても、遍路用に特別のことはしませんでした。あるとしたら、笠のビニール覆いに穴ができないように気をつけたことくらいでしょうか。 でも、登山などでは一般的な雨対策があります。それは、雨具の選択、身体の濡れ対策、手足の濡れ対策、ザックの濡れ対策にまとめられると思います。

 まず雨具ですが、これは完全防水、破れにくい、上衣とズボンのセパレート式がポイントだと思います。完全防水とは、雨に打たれながら眠れるくらいのものを意味しています。ウィンドブレーカーなどでは、強い雨の中にしばらくいると、必ず浸みてきます。ですので、表面を撥水加工したものではなく、防水性のある素材を使ったものが最適です。

 これには、登山用の雨具と作業用のゴム引きの雨具が該当しますが、重さや折り畳んだ大きさ、そして蒸れを考えれば、登山用が一番です。ゴアテックスなどの防水性と空気流通性を兼ね備えた素材を使ったものは、少し値段は張りますが、コストパフォーマンスという意味では最適ではないかと思います。

 破れやすいという意味で、スーパーなどで売っている安価な雨具は失格です。これは、ほんの一時の急場シノギでしかありません。 また、ポンチョやレインコートのようにズボンのないものは、風の強い日の雨には、裾を煽られて下半身が濡れてしまいます。

 身体、手足の濡れ対策としては、寒さの中で濡れてしまった時のことを考えて、濡れても保温性のあるもの(ウールまたは化学繊維)を肌着、手袋、靴下にすると良いと思います。この意味で失格なのは保温性の低い木綿です。僕の場合は夏でしたので、雨というより汗対策を含めて保温性の良い化学繊維のシャツを用いました。

 雨の日には、靴下と一緒にビニール袋を履く人もいます。確かに、靴が濡れても足が濡れることはありません。ですが、必ず足が蒸れますので、注意が必要です。また、ビニールのシワで靴擦れがおきる可能性もありますので、これも注意が必要です。僕の感覚では、どうもビニールのツルツル感がなじまないので、ビニールより濡れるほうがマシだと思っていますが・・・。 登山靴を用いる場合は、やはりゴアテックスをラミネートしたものを選ぶと、雨水の浸入を防げます。また、皮革製ならば保革油をよく塗り込んでおけば、雨対策になります。

 ザックの濡れ対策は、ザックカバーがメインですが、ザックカバーだけでザックの完全防水に成功した例を目にしたことはありません。それよりも大事なことは、ザック自体は濡れるものだと覚悟することです。完全防水のザックはありませんので、ザックが濡れると内側にしみ込みますが、その程度がザックとザックカバーの限界と考えた方が良いと思います。

 ですから、ザックの防水で大事なことは、中の荷物をビニール袋等に入れて、濡れから守ることです。特に、着替えや紙類には絶対に必要なことです。ザックの大きさに合った大きな袋(ゴミ袋など)にすべてを入れる方法と、小さめの袋に荷物を分散して入れる方法がありますが、どちらにするかは好みの問題です。大雨が予想される場合は、両方を併用すると荷物を濡らす心配はないと思います。

  いずれにしても一番大事な雨対策は、どんな季節でも遍路中に大雨が降るのだという事前準備、そして、8時間もその雨の中にいるんだという覚悟だと思います。


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