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掬水へんろ館

平成8年『野宿』
【3日目】(通算29日目) 4月27日(土)[ 晴れ ]

 朝、少し遅めの起床。自室にて、梅干しのおにぎりとインスタントのみそ汁の朝食をとって、いつものように、懸命に荷造りをして宿を出る。

 2キロほど歩いたところで、第40番札所「観自在寺」に到着。けっこうきれいで、お坊さまたちもやさしい、気持ちのいいお寺だった。神戸から来たというと、震災のことをとても気遣って下さった。

妙齢の大口

 「八百坂峠待合所(バス停)」で、もう一度、いやしく朝ごはんのパンをがっついていると、歩き遍路のおにいちゃんが、目の前を通り過ぎて行った。軽く会釈しただけで、ニコリともしない。私は口にパンを突っこんだところだったから何も言えなかったが、おにいちゃんは、「コンニチワ」くらい言えるだろうに、アイソないのねー。
 いや、まてよ。妙齢の女性(って何歳くらいのことか、自分でもわからないけど)が、大口開けてパンにくらいついてるあさましい姿を「わざと見ないフリ」して下さったのかのしれない。
(おにいちゃん、ホントはやさしい人だったのかもね)

 八百坂を越えて柏に入る。あんまり荷物が重いので、いらない寝間着や長袖シャツを、近くの郵便局から送り返そうと思っていたのに、荷を下ろして郵送のための手続きをする「わずらわしさ」を考えて、やめてしまった。
 いよいよ柏坂峠の登り口。このあたりでトイレに行っとかなきゃ、とあせった私は、近くのコスモ石油スタンドで、トイレだけ借りることにした。何にも買わずに「トイレ」だけ!(なかなか図太くなってきた)
次に、近くにいた屋台のお好み焼き屋さんに、「早くできる」というので、お昼ごはん用のヤキソバを作ってもらって、準備万端。

 今日は訊く人訊く人が、「たいした峠じゃないよー」と言う。でも地図には、たった6キロ足らずなのに「3時間かかるぞ」と書いてあった。結局、予想どおり、だらだらと長い登り坂を1時間以上もヒーヒー言いながら登り、まただらだらと長い下り坂をうんざりしながら降りることになった。
 でも、自分で選んだ(国道を避けて山道にした)のだから、辛くても仕方ない。

かわうそドンブリ

 山に入る前、遠目に大きな看板が見えて、ギョッとした。「かわうそ丼」と書いてあるではないか。
「ヒエー、どんな丼だろ、おいしいのかなぁ」、と思い、近づいてよくよく見ると、「かわうそ丼(どんぶり)」ではなくて「かわうそ村(むら)」だった。
 そーだよなー、「かわうそ」って、ただでさえ「絶滅か」とかいわれて必死で探してるくらいの動物なのに、料理に出されるハズがない。もし、「闇」で料理されるとしても「丼」なんて大衆ものじゃなくて、「珍味」あつかいだよねー、と、遍路にあるまじき想像力を働かせてしまった。

 ずっと一人で歩いているので、独り言やら妄想やらで、頭の中はとてもにぎやかなのだ。山の中もなかなかのにぎわいで、トカゲは走るわ(これが速い速い)、蜘蛛の糸はしょっちゅう顔に激突してくるわで、その度にブツブツ文句がでる。
「何で、わざわざ遍路道をまたいで糸を張るかなぁ。遍路つかまえたって食えないぞー」
 それにしても、一日に何人かは通る道なので、その度に切られては張り直す、を繰り返してるのだろうか。蜘蛛も大変だ。きれいな巣、壊しちゃってごめんね。

 引力に逆らって「登る」ということは、もう大変な労力である。「ああ、神さま仏さま! 人間は地球に引っ張られて生きているのですね!」などと、バカなことも叫びたくなる。 地図の「柳水大師」の所に「飲水」と書いてあったので、ものすごく期待したのに、やっぱり枯れていた。仕方なく、ホテルで入れてきたポットのぬるま湯を少しずつ飲む。「柳水大師」の像に、ヤキソバを少しおすそ分けした。
 清水大師まで登ったら、あとは緩やかに下っていく。下り坂には、反対側から登ってきた人用に、いろいろ札が立ててあった。「ゴメンの木戸」「ミニ万里の長城」「思案坂展望台(休むか行くか思案するんだって)」「狸の尾曲がり」などなど。なんか全然わけわかんないんだけど、おもしろかったよー。
 途中(茶堂)で、やっとおなかが空いて、ヤキソバを少しだけ食べたら、うっかり中に入ってる肉を食べそうになってしまい、あせった。お酒は飲んでも、まだ(?)肉は食べないようにしている。(でも、こまぎれの「肉」をよけるのって、案外むずかしいのよ)

山本商店のご夫婦

 山を降りて、国道に出る少し前の所で、遍路地図に載ってた山本商店で、ジュースを買った。休んでいいというので、中で座らせていただきゆっくりしていると、次から次からお客さんがこられる。みんなでほめて下さるので、なかなか立てなかった。足も痛いし、今日の予定はあと1時間くらいなので、甘えてまたゆっくりすることにした。(よくさぼる遍路だ)
 お客さん2人から100円ずつ、山本商店の奥さんからも500円もお接待していただいたので、お礼に、お父さんとのご夫婦ツーショットの写真を撮ってさしあげることにした。ご夫婦に、「もう少しくっついて」と言うと、ものすごーく恥ずかしそうに、(でもうれしそうに)じわじわとお互いの距離を縮めていかれる。(そこまで「くっつけ」とは言ってないんだけど・・・) でも、「撮影」が終わったら、パッと離れてしまわれた。かわいい。
 店のご夫婦もお客さんも、とても素朴で、やさしい人たちだった。「菩提の道場・伊予の国」に入ってから、また人情があたたかい。高知が悪いわけじゃないが、伊予の方が「表現がやさしい」ように思える。

 なごり惜しいが、そろそろ行かねばならない。お礼を言って店を出たところで、ちょうど通りかかったトラクターのオジサンに道を訊いて国道に出る。

食べられない「たたき」

 国道のコンクリートははやり足にくる。電話しておいた「よしのや旅館」に、ホーホーの体で到着。はじめは無愛想にみえた宿の奥さん(?)も、いろいろ教えて下さってなかなかいい感じだ。ただ、あまり「遍路慣れ」はしていないようで、夕食には「肉のたたき」が出た。本当は大好物なのに、今は食べられない。辛い!
 食事中も終わってからも一人きりだったので言い訳もできず、メモに、食べられない理由(ほんとは大好きだけど、今は遍路中なので、肉はなるべく食べないようにしているので残しました)と「ごめんなさい」を書いて置いておいた。
 それからは、(気のせいか)奥さんの愛想が良くなった。

遍路が当たるもの

 夜、シャッターを閉めかけている薬局を無理に開けてもらって、塗るタイプの消炎剤を買った。
 本当は、「野犬あっち行って」用に、スプレー方式のものを買いたかったが(襲われた時シューすると、撃退できるかも、と思って)、スプレーを噴射すると、自分まで部屋でむせるというのを学習していたので、塗るタイプにしたのだ。

 その薬局でクジ(千円以上買うと引かせてくれるらしい)を引いて「タオル」を当てた。遍路はクジ運が強い。明日の競馬も当たるかもしれないのに、できなくて残念だ。(遍路がバクチ・・・「馬券」じゃなくて、「罰」が当たる?)

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