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掬水へんろ館

平成8年『野宿』
【2日目】(通算28日目) 4月26日(金)[ 晴れ ]

 他の方々が早く出発されるというので、午前5時半には起きて6時には朝食。皆さんは早々にお出かけになり、いつものように、宿には私一人が残された。
 宿のお母さんがミカンやジュースを持たせて下さる。宿代も、一般客より安い、「歩き遍路、5500円」のところ、お父さんの「5000円でええ!」の一声で、またまた安くなった。ホントに何から何まで、ありがとうございます。

坊さんが剃るもの

 宿からほんの5分ほどで、第39番札所「延光寺」に到着。まだ誰もいないお寺で、静かにお詣りする。
 本堂は改修工事の最中らしく、仮の小さな本堂だった。納経に行くと、まだ「起きたて」といった感じのお坊さんが2人。あんまり愛想もなく、2人で何かの話に夢中のようだ。私の納経帳への記入も、なんだか「片手間」って感じで処理している。でも次の瞬間、私の目は、一方のお坊さんに釘付けになった。
 ジージーという音をたてて、電気カミソリで、剃っているではないか! 
「ヒゲ?」 違う違う、「頭」!。 
なんと彼は、電気カミソリを頭にあててグルグル回しながら、坊主頭を剃っているのだ! ジージー、ジャリジャリ、音たてて! なのだ。
 あんまりおかしいので、大笑いしたら、悪びれる風もなく、「毛を剃るもんにはかわらんけん」だって。確かにそうだ。でも、何も人前でやらなくてもよかろーよ。なんか、ありがたみのない頭だわ。おもしろかったけどさ。

 朝から少し楽しかったので、また機嫌良く歩きはじめた。車の多い国道(56号線)沿いを歩く。宿毛の町に入って、少し車が減ったかな、と思ったら、案の定、道を間違えていた。田んぼに入っていって、作業中のオジサンをつかまえて、道を教えていただく。
 ここからいよいよ峠道に入るのだ。ウロウロしながら、やっと入り口を見つけて入って行こうとすると、車が追っかけてきて、国道を指さす。(次の寺への道を指し示して下さっているのだ) でも私は「遍路道」に入りたい。
いえいえ私は峠を越えまするので、と言うと、がんばれと励まして下さった。

オジサンの心配

 今日はずーっと一人。他に誰も「歩き遍路」を見ない。
 峠の手前、村落の入り口近くを登っていると、オジサンが現れた。これから松尾峠を越えるなんて、遠いぞー、えらいぞー、大変だぞー、ほんとに遠いぞー、としつこく脅かしながら、心配そうについてこられる。不安になりかけた時、前からまた別のオジサンが現れて、「や、今日は女のお遍路さんばっかりやね。さっきもここ通ったよ。2時間くらい前やから、もう向こうへ着いたんちゃうか」とおっしゃったので、「遠いぞーオジサン」も私も、ホッと安心した。
(オジサンたち、ありがとうね)

 そこからは、車どころか、自転車さえも通れない、犬だっていやがりそうな山道を、草をかきわけて入って行く。 いくつかの村落を越えて、やっと峠の入口に出た。「今からが峠なのー?」と、イヤな顔してしまった。
 予感どおりの、山道登り道で、久々にゼーハー言わされる。お昼は山の中の細い道の途中にシートを敷いて、きのう持たせてもらった叔母手作りの「お寿司の残り」を食べた。腐ってなかった。(きのう多すぎて残したものの、捨てるに捨てられず、ずっと持ち歩いていたのだ。途中、お地蔵さんにも2つあげたよ)

えんぐりかんぐり

 峠の下りは、整備されていてラクだった。峠を下りきって一本松町に入る。疲れていたし、のども乾いていたので、酒屋さんの前の自販機でジュースを買ってたら、中からオバサンと、私くらいの歳の女性が出てきて、えらいねーとほめて下さる。気をよくして、地図を差し出し道を訊いてみると、少し先を「えんぐりかんぐり行くと・・・」、とおっしゃった。 えんぐりかんぐり〜? なんじゃそりゃ?「何のこっちゃわからん」、と言うと、2人して大笑いされるではないか。
キョトンとしたままの私をよそに2人でひとしきり笑ったあと、やっと説明して下さった。
 彼女たちでさえ普段使わない「方言」なのだそうで、「ぐねぐね曲がって」、という感じの言葉だそうだ。どうも、「カーブ」を表現したかったらしい。(確かに、曲がりくねってるって感じ、出てるよなぁ)
 3人で、またさんざん大笑いして、別れた。(語感が妙におかしいんだもん) でも、きれいなお姉さんが「えんぐりかんぐり」なんて言うと、妙になまめかしい感じ。(深い意味はない)

 私はどうも、注意力散漫、よそ見しまくり人間のようで、また何かに気を取られていたらしく、今日はとうとう溝に落ちた。これがなかなか深い溝だったので、太ももあたりまで落ちて、かなり危なかった。「ボーっと歩くな」、という大師のご配慮だろうか、気をつけねば。

 豊田に入って、やっと電話ボックスを発見。もう午後4時だ。「今日はぜったいビジネスホテル」と決めていたので、2つあるうちの近い方に電話した。6回コールしてやっと、たどたどしい口調でオジサンが出た・・・くらいなので、あまり大きなホテルではないな、と思っていたが、着いて、「やっぱり」の感。

ベッドのないビジネスホテル

 小さな古びたビルの2階に、「城辺ビジネスホテル」があった。1階は、くだもの屋、すし屋、スナック「人形の家」、居酒屋まであるのだが、何ともさびれた感じなのだ。その奥の、怪しげな階段を上がって、何だかアパートの部屋みたいなのが並んでるのが、ホテルだった。
 3号室に通される。和室6畳間だった。「なんだよー、ベッドに寝たかったんだよー。だからビジネスホテルにしたのに〜」、心の中で文句が出る。その上、お風呂もトイレも部屋の外。「自室でシャワー」の夢も、はかなく崩れていった。
でも、他の泊まり客の人たちの誰よりも早くお風呂に入ったし(いつものことだけど)、近所でお弁当、ビール(すっかりビールを飲むようになってしまった)明日の食料なども買えたし、これはこれでいいとしよう。なんてったって、宿泊料3500円なのだ。宿のオジサンもいい人みたいだし・・・。

 明日もがんばろー!

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