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掬水へんろ館

平成5年『空と海の間』
【6日目】(通算16日目) 4月29日(木)[ 雨 ]

 今日は晴れる! と思っていたのに、また雨。夜中に何度も新聞紙を詰め替えて、せっかく靴が乾きかけていたのに・・・。
 朝食の時、東京からだという歩き遍路の男性と話をした。もう何度目かの遍路で、「もう(遍路が)クセになってる」とおっしゃる。わかるわかる。でもこの人は、一日に40キロも歩かれるそうだ。1時間6キロのペースなんですと。超人みたいだ。この人とはもう二度と会えない。(私との距離は離れていくばかりなのだから) がんばってください。私もそれなりにがんばります、はい。

 いつものようにグズグズして、出かけるのはやはり8時になった。コメットさんの九重ゆみこ(古すぎる?)に似た宿の奥さんに見送られ、またまた雨用完全防備で歩く。次回は、リュックカバーと通気性のあるレインスーツと防水の靴を装備して来たいものだ。(まだ学習してなかったのだ)
 28番「大日寺」までは、2キロちょっと。龍馬資料館への案内看板を横目で見ながら(龍馬は好きだが、寄り道する根性がない)、雨にも負けず、靴の気持ち悪さにも負けずに歩く。

ビニールハウスは大忙し

 第28番札所「大日寺」到着。なかなか落ち着いたお寺だ。雨のせいか団体遍路も少ないし、来てもそそくさと帰っていかれるようだ。納経所で、昨日の、親切だった電話の方にお礼を言うと、次の札所への地図を下さった。やっぱりやさしい。29番「国分寺」までは9キロ、今日は忙しい。
 遍路道をゆく。やはり車が通らないと気持ちがいい。でも少しおなかが痛くなってきた。このままではヤバイ! なにかの工場の軒下(こればっかり)で、鎮痛薬を飲んだ。早く効いてね。(すぐ効いた。薬はえらい!) 元気になってまたズンズン歩く。雨が強くなった。遍路地図にも載っている「遍路無料接待所」(都築さん宅)に立ち寄ってみたが、お留守のようだ。「ご用の方は東のハウスにいます」と書かれてあったので、コンパスで「東」を確かめて行ってみたが、中に入る勇気はなかった。一杯のお茶をいただくために、お仕事の手をとめるなんてできない。残念だけどあきらめた。

 この辺りはやたらビニールハウスが多い。あまり好みの匂いじゃないな、と思っていたら、やっぱり「ネギ」だった。(ネギはちょっと苦手なのだ) 他にも何だか腐った匂いがする。冷蔵庫の底の方で野菜が腐った時の匂いだ。案の定、畑に植わったままで腐っているキャベツがたくさんあった。(もったいないね)
 雨がやんできた。おじさんがハウスの横のビニールを開けている。野菜もムレるとよくないから風を入れてやっているのだろうか。しばらくして、また降ってきた。さっきとは別のハウスのおじさんが、今度はビニールを閉めている。野菜を育てるのも大変だ。

 いただいた地図がとても詳しかったので、快調に進む。それなのに、「ジュースが飲みたい、ジュースが飲みたい」と、そればかりに気をとられているうちに、地図を見間違え、「へんろマーク」を見失った。近くの店で、買い物をしていたオバサンたちに訊いてみて、全くトンチンカンな所を曲がってしまったと判明。3人のオバサンが、かわりばんこに、教えて下さって、やっと軌道修正できた。人間、欲にとらわれると道を誤るというのがよくわかった。雨だというのにムダな動きをしたけれど、教訓になりました。

音は入れないで

 第29番札所「国分寺」は、本堂と大師堂より、庫裏(?)の方が大きくて、加えて、まだ何か建立しようとしているようだ。納経を済ませて、トイレ休憩。宿坊の玄関らしき所のあがりがまちでちょっといっぷく。荷物を下ろす。さんざん悩んだあげく、カッパを脱ぐことにした。やっぱり白装束の方が「らしく」ていい。人の見る目もぜんぜん違うし。(やはり人目が気になる私)
 おなかもすいていたが、今日は忙しい。先へ進む。今度は傘だけで歩く。30番「善楽寺」までは7キロ。雨の中、カエルの声に励まされて、田んぼのあぜ道をゆく。あちこちでアマガエルが跳ぶのが、かわいい。
 道が二手に分かれた。国道経由と、「遍路道らしいコース」。「雨だしー、うーん」 悩む悩む。結局、♪どちらにしようかな、お大師さまの いうとおり、プッとこいて プッとこいて プップップッ♪(この表現、関西だけ?)で決めた。「遍路道らしいコース」
 大正解だった! 車の音は全くしない。緑いっぱい。左手は田んぼのオンパレード。雨の田園風景の中を、遍路がひとり・・・。なんと美しい「映像」ではないか! しかし、実際の映像(この時)には「音」が入っている。民家から、犬がムチャクチャ吠えたてていたのだ。「雨の田園風景の中を、遍路がひとり行く」は、「雨の中、遍路、犬に追い立てられる」の図だった。

信心深い子猫

 墓地公園の横を抜けて、第30番札所「善楽寺」へ。一宮東門を入った、神社の隣りだ。(狭いけど)とても落ち着いた、雰囲気のいいお寺だった。
 お経をはじめると、白黒のブチの子猫が、にゃーにゃーとまとわりついてきた。持ってたお菓子を食べさせる。なんともかわいい。甘え上手、という感じだ。ひとしきり遊んで、大師堂に移った。お経をはじめるとまたやってきて、にゃーにゃーやる。かわいい声というより、あんまり「やかましい」ので目を開けてみると、目の前の階段に座って、私の真ん前で「にゃーにゃー」やっているではないか。あまりにも声が大きくなるので、「コラッ」っと言うと、子猫が首をすくめた。でも、お経を続けると、またにゃーにゃー言いだすので、目を見て、「ちょっと待ってなさい」と言うと、静かになった。本当にじっと座って待っている。かわいいぞー、かわいいぞー、うれしくなっちゃうぞー。
 お経を終えて、撫でまわして、おでこくっつけて「みんなにかわいがってもらうのよ」と言って別れた。もう追っかけてこなかった。あの子は賢い。「にゃーにゃー」も実は「お経」をあげていたのかもしれない。「コラッ」なんて言って悪かったかな。でも私より声がデカイから、自分の声が聞こえなかったの。ごめんね。
 納経所で、もう一つの30番寺(四国88カ所の札所には、この時はまだ30番が2つあった。その後、ここ「善楽寺」が30番札所、もう一つの30番「安楽寺」は奥の院ということになったそうだ)の宿坊のことを訊いたら、「今はやってない」とのこと。ご住職らしき人が、次の30番のすぐ近くにある宿を教えて下さり、若いお坊さんが予約の電話を入れて下さった。地図と詳しい道順まで。頭が下がる。ここの方は皆やさしい人ばかりだった。ご住職、女性、若いお坊さん、皆さんニコニコと、とても親切。いいお寺だ。おなかもすいているし、ゆっくり休みたいと思ったが、急がないと夕方になるので、丁寧にお礼を言って出発。ほんとになごり惜しかった。

 「もう一つの30番寺」まで5,7キロ。雨はなかなか手ごわい。がんばらねば。
 高知市に入って、だんだん街らしくなってきた。しばらく行って、遍路道から国道に出ると、前方にどこかで見たような人が現れた。さっきの30番「善楽寺」にいた若いお坊さんが、車から降りてこられた。まだちょっとあどけない顔で、「これから安楽寺へ行くけん。よかったら乗せてっちゃるけんど」とおっしゃる。かわいい。こちらも極上の笑顔で「ありがとう」を言ってご辞退。せっかくのご厚意、すみません。

遍路は「天然記念物」?

 午後3時を過ぎた頃、雨が小降りになり、やがてやんだ。傘をたたみ、遍路の菅笠をかぶって「本来の遍路姿」に戻る。でも、すっかり高知の市街地に入ってるので、皆がおもしろそうに見てるのがわかる。同じ見られるのでも、田舎の方と都市部では全く違うのだ。田舎の方では妙に景色とマッチして「はまってる」せいか、ジイチャマもバアチャマたちも、「えらい、えらい」という目で見て下さってる気がする。でも都市部では、なんだか奇異な目で見られているようだ。異質なのかなぁ。(直に慣れたけど)
 街にはもう一つ試練がある。建物が多くなるほど、方角も道も「へんろマーク」もわからなくなってしまうのだ。(徳島でもそうだった) とんでもない所を歩いてるんじゃないかと思い、そこらの人に訊きたおす。すっごいハンサムな男の子をつかまえた。(別に選んだわけじゃない。「たまたま」そこにいたのだ、ホントよ) でも、「今、この辺じゃけん・・・」と高知弁で話しだしたので、ちょっと気が抜けた。ハンサムでも、やっぱり土地の言葉で話すのねぇ、でもやっぱりいいなぁ。(・・・なんのこっちゃ) 
 小学生の子どもたちとすれ違う。一人の男の子が私を指さして、友達に訊いている。「あ、あれ、何やった?あれ、何ていう人やった?」 おいおい、私は「あれ」かいナ。「お遍路さん」ていいますねん。
 なんだか「天然記念物」にでもなったような気がする。

もう一つの30番

 もう一つの第30番札所、「安楽寺」に着いた。街の中のこじんまりしたお寺だ。近所の人たちが次々にお詣りに来ているという感じで、好感が持てる。街の中にこんな落ち着いた空間があるって、いい。
 街にあるお寺は(観光寺以外は)、檀家でなければ入ってはいけないような感じがする。四国だと88カ所以外の小さなお寺でも、勝手にズンズン入って行けるからいい。(私だけか?) 
 お詣りを終え、納経所で、若いお坊さんを困らせた。納経帳には30番の欄は1つしかない。私はすでに善楽寺でこの欄を使ってしまっていた。「うしろの余白になら書けるんですけど」と言って下さったので、余白に書いていただいた。ごめんなさいね。(この時はまだどちらのお寺も30番さんだったので、なんだか悪いような気がしたのだ) そこへまた、善楽寺のあの若いお坊さん登場。(30番同士よく行き来しているらしい)今度は、宿の場所を丁寧に教えて下さった。最後まで、ありがとうございました。

 今夜の宿「まつば旅館」は、安楽寺のすぐそばにあった。「普通のおうち」みたいな玄関を入ると、二階に客室がある。古いけどキレイにしていて、ここも奥さんがものすごくやさしかった。少しぽっちゃりした、朗らかで元気のいい「お母さん」。いろいろ世話をやいて下さる。「靴を乾かしたい」と言うと、「詰めとくと早く乾くらしいですよ」という言葉と一緒に、「新聞紙」を持ってきて下さった。ドライヤーもお借りした。きのうの洗濯物が乾いていないので、また部屋で、せんたく旗を吊って寝る。

 今回の旅も明日でおしまい。33番寺まで打って、帰るつもりだ。神戸への交通手段と、それまでの時間をどう過ごすかを悩んで、なかなか眠れなかった。

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