掬水へんろ館目次前日翌日著者紹介
掬水へんろ館
平成5年 空と海の間

 初めての遍路から、ちょうど1年後の春、第2次「遍路行」に出ることにした。

 もうあんな「しんどい」ことはしたくないという気持ちもあったが、前回歩いた快感(人情に触れた快感かな)は、そう簡単には忘れられなかった。それに、神戸に帰ってからも、様々な人たちから、「88カ所を歩いてまわるなんて、エライ! すごい!」と口々に誉められ、「次はいつ行くの?」と期待され、今さら「やめます」とは言えなくなってしまったのだ。
 そして、前回の遍路で、軟弱な私が「歩ける」のは「春」しかないとも思い知った。(夏では暑さに耐えられない。冬場は、防寒装備でよけいに荷物が重くなる。秋は・・・、忙しかった)

 今回は、前回の終着地、「甲浦のフェリー乗り場」から歩きはじめることになる。

平成5年『空と海の間』
【1日目】(通算11日目) 4月24日(土)[曇り・雨時々晴れ・曇り・雨]

 午前4時20分、甲浦港到着。

 昨夜神戸の青木港から船に乗り、ほんの少し(2、3時間)眠っただけで、もう目的地に着いた。船内の暗闇にまぎれて、早めに「遍路衣装」に着替えておいたのに(とても、神戸から遍路姿で出てくる勇気はない)、下船に手間取って、実際に陸に上がったのは4時40分くらいになっていた。相変わらずやることがトロい。(先が思いやられる)

 甲浦で降りた乗客たちは、それぞれ迎えの車に乗ったり、タクシーに乗ったりしている。釣り人たちは、フェリー乗り場のすぐ前にある渡船屋に入っていった。思ったほど「サーファーくん」がいなかったのにかわって(この辺はサーフィンのメッカなのだ)、釣り客のオジサンたちがワンサカいるのに驚いた。よく見ると渡船屋もいっぱいあるようだ。「いいなぁ、この辺よく釣れるだろうなぁ、今度は釣りに来たいなぁ」などと、まだまだ俗っぽい。
 そういえば、釣り仲間に「四国遍路」をやってる、と言うと、「遍路の杖に『釣り竿』を仕込んでいって、海辺に出たら釣ってみれば? 高知の方ならでっかいの釣れるぞー」なんて言われた。「遍路に殺生すすめるなー」と怒っておいたが、ちょっとやってみたい気もする。「生臭さ遍路」だ。
 まだあたりが暗いので、フェリーの待ち合い室で少し時間をつぶすことにした。他には、大きなリュックを持った男性が一人と、迎えを待ってるらしいオバサンが一人だけ。みな無口だった。

野犬軍団

 4時50分、もうジッとしていられなくなって、出発。たった一歩歩きだしただけで、もう荷物が重い。前回の教訓は何にも役に立っていないのか、リュックは今回も、パンパンにふくらんでいる。最後までもちこたえるのだろうか。 でも、ヤル気だけは満々で、元気に歩き出す。
 ところが、30メートルも進まないうちに、突然足が重くなった。歩き遍路の天敵(仲間にもなるけど)、「犬」の登場だ! なんと「野犬の集団」が、道を走り狂っているではないか。しかも、かなりの大型犬が多い。ギャンギャンワンワラ叫びながら、まだ車も通らない国道55号線を、暴走族よろしく、ぶっとばしている。颯爽とかっこよく歩き出したのに、足が動かない。ビビッてる。「杖で闘わなきゃならんのかしら、誰か来てくれるかしら、それとも彼らが私を見逃してくれるかしら」、とヒクツなことも考えながら、少しずつ少しずつ足を出してみた。もうすぐ少しは明るくなる。そうなのだ、野犬の群れって、夜は好きに駆け回ってるけど、昼はどこかへ消えてしまうハズなのだ(確信はないけど)。どうせなら猫の集会みたいに「人知れず」やってほしいものだわ、などとボヤいているうちに、あーらフシギ、前方のイヌのかたまりが、いつの間にか本当にどこかへ消え失せてしまった。一匹だけ道路のまん中に座って私を待ってるようにも見えたが、近距離で私を確認すると、スッとどこかへ行ってしまった。変なの。でも、これでやっと安心して歩けるというものだ、よかったよかった。

 少し歩くとすぐ、海沿いの道に出た。これからはこの海をずーっと左に見ながら進むことになる。誰もいない砂浜に、ちっちゃなテントが一つ、誰かの忘れ物みたいにポツンとそこにあった。
 しばらく歩くと「阿闍梨(あじゃり)」という名前の喫茶店を発見。遍路を意識してのネーミングかしらん、とおかしくなる。(もし同じ場所にこの「阿闍梨」と「ミカエル」なんて名前の店があったら、遍路は迷わず「阿闍梨」に入るだろう)
 あれほど恐れていた国道も、早朝のせいかほとんど車も通らず、たまに通っても「ブンブン走る」ではなくて、「なに、なに?」と、遍路を珍しがって観察しながらゆっくりいくので、車の「脅威」はなかった。

 少しずつ遍路の雰囲気を取り戻しながら進んでいると、目の前に突然「歩き遍路」が現れた。しかも、傘・金剛杖・白装束・リュックという、たいへん正しいお遍路さんだ。それも、女性! 少し前方だったので(傘のせいもあって)、顔は確認できなかったが、歩き方といい体型といい、間違いなく「女性遍路」だった。「いやあ、今回はいきなり道連れができた」、と思っていたら、なーになに、早い早い。グングン差がついていく。向こうもこちらに気づいたらしく、少し待つような仕草などしておられたが、あんまり私が遅いので、「こりゃ足手まといじゃ」と思ったのか、またスタスタと軽快な足どりで進んでいってしまった。
 私は、フェリーの都合で仕方なくこの時間から歩いてるが、彼女はきっと近くの民宿にでも泊まっていたはずだ。なのに朝の5時過ぎにはもう歩いているなんて、スゴイ! 同じ「歩き遍路」でも、私にはぜったい真似できない。彼女は、今日中に室戸岬まで歩くつもりなのだろう。(38キロメートルよ!) わたしゃぜったいダメ、いくら考えても初日から10時間も歩けない。まして昨年より1才歳くってて、体力もガタおちなのだ。
 アッという間に見えなくなった彼女のことは、きれいさっぱり忘れることにした。 

 「ゆっくり行くんだもーん」と、ひとり言い訳しながら、お地蔵さんに手を合わせていると、一台の軽トラックが来て止まった。オジサンが一人、好奇の目を向けている。こりゃあまあ、「乗せてあげようお接待」かな、今回はじめてだぞ、でもお断りしなきゃ、と思ってニッコリ笑って振り返ると、「あんたぁ歩いてんの、どこから来たん、ぐるぐるまわるの、何日くらいかかるの、今日はどこまで行くの」と、矢継ぎ早の質問ぜめ。一つ一つていねいに答えていると、最後にオジサン「今回は高知までか、ほなどっかで一日泊まらなあかんなぁ。ふーん、まあがんばりや」で、ブー(車が走り去る音)。行っちゃった。
 おーい、ただの興味本意やったんかいナ。それはええけど、高知(市内)まで行くのに一日泊まったぐらいで歩けるかいナ、よー考えてものゆーてよ!(なぶられた自分が情けない)ま、どーせ急ぐ旅じゃなし、私の足じゃ次の札所まで今日中には行きつけないんだし、オジサンのことは忘れて、今日は番外に寄りましょ、寄りましょ、と、「東洋大師」という番外霊場にお詣りした。

尼になりませんか

 番外霊場というと、だいたいが古くてボロボロで、壊れかけてたり人もいないケースが多い。ここもかなり年季が入っている。誰もいない古寺で、おつとめをして、ロウソク、線香を灯すととてもいい気分になった。すっかりおナカが空いているので、軒下を借りて朝食にする。(昨夜毋がおにぎり2個とゆでタマゴを持たせてくれていた) 
 大口開けて「おかかおにぎり」をほおばっていると、突然坊さま(ご住職)が出てらした。ギョッ、人が住んでいたのか。そういえば朝刊が置いてあったぞ。「すいません、少し休ませて下さい」「どうぞ、どうぞ」で話がはじまった。
 でもね、ご住職、いきなり「あなた尼になりませんか」はないでしょう。私、そんな「尼顔」してるとも思えないし。 その後も、「しばらくはここにいなさい」とか「いろいろ教えてあげる」とかおっしゃる。ご住職は14才でこの道に入られたそうで、東北出身だけど東京で修行されたんだとか。四国の24番札所にもいたが、ここの前の住職が亡くなって、後を引き受けて40年なのだそうだ。7年前に奥様を亡くされたとか、ご自分の兄弟は何をしているとか、家に仏門に入った人がいると、その家は栄えるんだとか、とにかく話が止まらない。でも、いくらのんびり屋の私でも、もう1時間以上もここにいるし、空模様はあやしいしで、早く出かけたかった。
 やっと話の切れ目を見つけて出発することにした時、「必ず、ここへ戻って来なさい。大切にしてあげますから」と言われた。うーん、「大切に」と言われても困る。それに、このボロボロ寺(すいません)でご住職と2人で暮らすのはもっと困る。ひとりぼっちで寂しいとは思いますが、ちょっとご遠慮させていただきます。ごめんなさい。

野根の郷愁

 ぼちぼち天気があぶなくなってきた。細かい雨が降りはじめたが、気にせずに歩く。少し行くと、「野根まんじゅう」で有名な野根の町に入った。平屋が多く、それもかなり古い造りで、何十年か前にタイムスリップしたような感じだ。まだ朝の6時台だというのに、町の人たちがもう起きて活動しておられる。「天皇献上の野根まんじゅう製造所」なんて書いてある家があったけれど、なんだかボロいし(すいません)古いし小さいし、大丈夫かなぁ、と思ってしまう。でも妙に風情のある、いい町だった。野根大橋から見た野根川の美しいことったら、ない。川の中を泳ぐ魚が、ぜーんぶまる見え。大きいのも小さいのも細いのもコロコロ太ってるのも。
 キラキラしてたのは、アユの子だろうか。とにかくぜーんぶ見えるのだ。「あー、糸たらしてみたいなぁ」、なんてフトドキ思考も浮かぶ。
「こぶなつーりし かのかわ~」の昔の故郷そのものだったのだ。

 野根の町をすぎると、道はまた「現代」の国道に戻る。このあたりからますます雲行きがあやしくなり、足も痛くなってきた。「急にたくさん歩くとダメねぇ、肩も痛いし」とブチブチ言ってると、「ゴロゴロ休憩所」出現。有り難や、イスがある。
 国道沿いは、何もないところには本当に何もなく、ただ「道」だけが続いている(当然かもしれないけれど)。荷物を置く所も座る所も、「美しい花でも観賞しましょ」という所も何にもない。だからたまにイスを見ると、ムショーに座りたくなる。(やっぱ疲れてんのよ) 公衆電話もあったので、家に電話をした。いつもならこの時間熟睡中の毋は、ちゃんと起きて、娘のことを気にかけてくれていた。やっぱり毋はいいなぁと「毋の愛ゆでタマゴ」をほおばる。また元気が出て出発。

カエルの喜び

 ちょっと本気で「雨」になってきた。国道の歩道脇で雨傘とポンチョを取り出す。少し歩くと、また一段とひどく降り出した。あわてて民家の軒下へ避難したとたん、ザザーッ! びっくりするほどスゴい雨だ。(いきなりそんなに激しく降らなくたって) でも民家のあるあたりを歩いていてよかった。(さっきまで、道と岩と海しかない所だったのだ) でも逃げ込んだ民家(といっても今は誰も住んでない、雨戸にカギのかかった小さいボロボロの家)の軒は、「壁にへばりついたら、何とか濡れない」という程度のもの。雨はザンザカ降っているのに座ることもできず、中腰でリュックのカバーを作る。大きなビニール袋にリュックのひもが出る穴を開けるだけ、なのだが、これを狭い軒下でやるのは、大変だった。目の前は田んぼで、カエルの喜びの大合唱。ガーコラゲーコラうるさいったらない。
 ドロだらけにはなったけれど、ポンチョも着たし「完全防備できたぞー」、と立ち上がってみると・・・、雨は止んでいた。(いーかげんにしてよねー)
 悔しいからそのまま歩き出す。しかし蒸せる。でも今さら脱げない、暑いけど脱げない。もう軒下も屋根らしきものも、物が置けそうな台も、なーんにもないし、ベチョベチョの地面に荷物を下ろすのもイヤだ。
 いーよいーよ、このまま行くから! 

おっちゃんの執拗な励まし

 そろそろ本格的に足が痛くなってきたので、15分歩いては休み、ため息をつく。休むったって、座る所も屋根もない(しつこい?)、祈るようにひたすら歩くだけなのだ。でも、電話ボックスを見つけた。これで、今日の宿だけは押さえられる。とにかく一番はじめにある宿、佐喜浜にあるM旅館さん(名前は伏せておく)に電話した。こころよくOKして下さった。

 少し気をよくして歩いていると、また車が止まった。朝(といってもまだ朝だけど)一番に会ったオジサンだ。今度は室戸方面へ向けて走って来られた。つまり、私に追いついたカタチだ。「あれぇ、朝から歩いてまだここかい・・・ナンジャカンジャ・・・がんばりや」でまたブー! 「あのねえ、おっちゃん! 私はね、寄り道とかもしてるの、急いでるわけじゃないし、今日中に室戸に行く気はないの。ほっといてよ、いーじゃないのよノロマでも。さっきと違って「雨具」をつけて衣装替えもしてるでしょ、これだけでも時間かかるのよ!」 とさんざん一人で言い訳の独り言。でも、そんなことはどうでもいい。それより私は、トイレに行きたいし、足が痛いし、肩が痛いのだ。もうダメなのだ。次の番外「佛海庵」はまだなのか!
 「ブッカイアンブッカイアンブッカイアン・・・」と呪文のように唱えながら歩く。そして入木橋を渡ったところに、あった、「佛海庵」! 小雨とはいえ、横なぐりのしつこい雨と一緒になって私を苦しめていたこの状況から逃れられる。「屋根あるかしら」なんて心配もしたが、「ある」どころじゃない、りっぱな「庵」だった。四畳半一間くらいの小さな家なのだ。ちゃんと畳も敷いてあって、祭壇があって、きれいな花が飾ってあって、とっても行き届いている。それに、だーれもいない。ずーずーしく上がり込んで「おつとめ」をしたあと、荷物の整理やカッパのしまいこみ、食事(おにぎり一個)などさせていただき、ゆっくりした。足も少しラクになった。「屋根がある」ということがこれほど幸せなことだとは思わなかった。
 今回は「屋根のありがたみ、畳のやさしさ」をあらためて実感したようだ。

 この休憩で少しはマシになったものの、もうそろそろ足が限界だ。ふともも、かかと、つちふまずが、「かんにんしてーなぁ、あてが何した言いまんねん、もう休ませてーなぁ」の大合唱。杖なしではとても歩けない。「でも目指すM旅館はもうすぐなのだ、がんばれ!」と必死で自分を励ましているところへ、またまた車が止まった。また、あのおっちゃんだ。今度は室戸の方から、こっちへ帰ってこられた。(行ったり来たり、何をしてまんねん) おっちゃん、また話しかけてくる「前の人と6キロくらい離れてるわ。あとちょっとがんばったら室戸や。がんばりや」で、ブー。
 たぶん、早朝突然現れて消えた女性遍路だろう。でもねオジサン、私は今日は室戸まで行かないの、励ましてくれるのはとってもうれしいけど、プレッシャーかけちゃいや。私は私のペースで歩くからね、お願いだから明日は現れないでね、カッパも脱いで、元の白装束の遍路に戻ってるでしょ、着替えとかにもけっこう時間がかかるんだし、佛海庵でゆっくりしたかったんだからしょうがないの、とまたブチブチ文句が出る。
 高知はなるほど「修行の道場」だ。

M旅館の怪

 まだ雨は続いている。が、ようやく佐喜浜に到着。M旅館はもうすぐだ。人に尋ねて近くまで来た。もう一度、店に入ってオバサンに聞いてみる。と、彼女、けげんな顔をなさる。「Mさん、今は泊まれないと思うけど」 はて、これは異な事を。あたしゃ予約とってるんだよ、と言うと、じゃあと言って教えて下さった。
 変な事をいうなぁ、と教えられた所まで行ってみると、確かにあった。左からの横書きで「館旅○○」。でも玄関を見たとき、ちょっとヤな予感がした。日和佐ユースホステルに、似た感じなのだ。「さびれてるぞー」、ってフンイキなのだ。でも私は遍路。ボロくたって、さびれてたって平気なのだ。思い切りよく、ガラッと戸を開ける。お、テレビの音。いらっしゃるいらっしゃる。「あのー、ごめんください」「・・・?」「すいませーん」「ごめんくださーーい」「す・い・ま・せーーん」「ごー・めー・ん・く・だ・さーーーい!」 何度叫んだことだろう。呼べど叫べど、ただテレビの音だけが空しく聞こえるだけだった。いったいどーしちゃったんだろう。とにかく、あまりにも重い荷物を玄関口に下ろして、外へ出てみた。
 隣りの呉服屋さんに入って、中にいたキレーなオクサンにわけを話してみた。すると、「もう荷物置いてきちゃった?」「はい、重いので玄関に下ろしてきました」「顔は見た?」「いえ、何度呼んでも出ていらっしゃらなくて」「そう、じゃ他にも泊まる所あるから、荷物とってよそへ行ったほうがいいわ」「え?」 なんでも、もうかなりご高齢のご夫婦がやってらして、いろいろ問題がありそう、なのだそうだ。確かに、家にいらっしゃる気配はするのに、ちっとも出てきて下さらんし・・・。「後でキャンセルの電話入れておけばいいですよ、皆さんそうしてらっしゃるみたいだし」とも言って下さる。そういうことなら、申し訳ないが、やはりやめさせていただきましょうか、ね。ついでにその呉服屋さんでトイレをお借りして、お礼を言って出た。(ちゃっかりしてる)
 今度はさっきとは反対に、M旅館の玄関の戸を静かに静かに開けて、物音をたてないように荷物を担いで、そーっと、ドロボウみたいに抜き足差し足で出てきた。M旅館さん、本当にごめんなさい。

 外はもうすっかり晴れていた。「さあがんばってあと2キロ歩きなさい」、と言われているようだ。
 国道に戻って南を目指していると、後ろから誰か呼んでる。振り返ると、さっきの呉服屋のオクサンだった。坂道をヒーコラいいながら、自転車で追いかけてきて下さった。「民宿の名前言い忘れたと思って。2つ大きいのがあるけど、「とくます」さんの方やから、「とくます」さん。それだけ言わなきゃと思って」
 なんて親切なんだろう、ホントにありがとうございます。でもさっきもちゃんとそうおっしゃっていましたよ、遍路地図もあるので、大丈夫なのです。
 今回私はとうとう「歩き遍路のバイブル」ともいうべき『四国遍路ひとり歩き同行二人』という本を手に入れ、携帯してきていたのだ。ムチャクチャ詳しい地図と情報。歩き遍路を泊めてくれる旅館もいっぱい紹介してくれている。(この時載っていたM旅館さんは、後に出された改訂版にはもう記載されていなかった)

 「修行の道場」高知の人も、とても親切だとわかって大安心。あと少しがんばろう。公衆電話のボックスを見つけ、まずはM旅館にキャンセルの電話。「はいはいそうですか、わかりました」と、さっき予約の電話をした時と同じ、ゴキゲンの口調。(やっぱり、ちょっと変わってる感じがした。でもごめんなさい) 続いて、遍路地図で番号を調べ、教えられた民宿に電話。「お遍路さんですか? はい、どーぞ。でも近いですけどいいですか?」「はい?」「いえ、時間的にまだ早いから、もったいないかなと思って」「あ、いえ、足がもうダメですから」
 変な会話に聞こえるかもしれない。でも、遍路慣れした旅館や民宿では、遍路をなるべく先へ進ませてあげようと心配りして下さるのだ。だけど、私は超のろま虚弱体質根性なし遍路。「まだ進める」と言われるのがいちばん辛い。もう私の足も肩も根性も限界なのだ。1日目にダウンするわけにはいかないので、このあたりで勘弁してつかーさい(どこの方言?)。あと2キロ、たかが2キロ、されど2キロ、これが長い! テクテクヨロヨロ、精神力だけで歩いていると、後ろから来た車が止まった。ドアを開けて、乗せてあげよー態勢。「ああ乗りたい、でもあと少しだもの」、と一人悶々と考えていると、「あのー、さっきの呉服屋のムコやけど、あそこに見えてるのが、その民宿やから」と、オクサンに続くご親切だった。乗って行きませんかコールを丁寧にお断りしてお礼を言う。でも自分で「ムコ」なんておっしゃるんだから、やっぱ養子さんなのかしら。それと、紹介して下さった民宿の方とはきっとお知り合いなのだろう、などと想像をめぐらせてしまった。
 ご夫婦してのご厚意、いたみいります。

 その民宿らしき屋根が見えてきた頃、左手の海岸、砂浜の広がるあたりで、ようやくサーファーの群を見た。ちょっと感激。なぜって、甲浦からこっち、サーファーのメッカとして有名なのに、今までぜんぜん見ていなかったのだもの。なんだか、幻の野生動物の群を秘境で発見という感じだ。曇り空の下、青黒い波の間で、板に乗って水をかくサーファーたちが、なんだかとても哀愁していた。

 とうとう今日の宿に到着! 広く美しい玄関。やっとたどり着いた。「ごめんくださーい」「・・・」「すみませーん」「あー、すいませーん」「ごーめーんーくださーーい!」 呼べど叫べどどなたも出てこられん。またなの? でも、もうぜったい動かない。また何か問題があっても、他にもっといい旅館があっても、もう一歩も動くもんか、と決めて荷物を下ろした。そのうちやっと奥で物音がして、呼ぶと出てきて下さった。2階の「やしの木」の部屋へ通される。「小さいとこしか空いてなくて」の言葉どおり、小さい! でもとてもキレイにしてあった。机がないのだけが寂しいけれど、布団のシーツもきれいだし、お風呂も一番のりできたし、少しうたた寝もしたし、夕食はおいしかったし、宿のおかあさん(?)も親切だったし、大満足だった。

 今日は歩きながら眠ったりするほど、かなりの睡眠不足と疲れがきているので、早く寝よう。明日も雨らしいけど、ちょっとだけがんばるつもりだ。

次へ
[遍路きらきらひとり旅] 目次に戻るCopyright (C)2000 永井 典子 (イラスト・obata55氏)