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掬水へんろ館

平成4年『遍路への旅立ち』
【10日目】 4月24日(金)[ 曇りのち雨 ]

 朝、私はいつものペースで出発の準備。でも団体遍路のじいちゃまばあちゃまの皆さんは、バタバタと忙しそうだ。
 いつも思うことだが、団体行動はたいへんそう。朝は洗面所もトイレも超ラッシュで、落ち着いてできないだろうし、一人でも置いていくと「おおごと」だから、添乗員もバスの運転手さんも「急げ急げ」とうるさいだろう。スケジュールが詰まっているから、ゆっくりお寺見学もできないし・・・。ほんと、たいへんだなぁ。
 私、「ひとり」でホントによかった。

 波がひくように「団体遍路組」がお出かけになったあと、私もご挨拶をして出発。あのキレイな尼僧さんにもご挨拶したら、記念にと、干支のついた鈴を下さった。うれしい。やっぱり、いい人だ。
 早速杖にぶら下げた。

死者とペアルック

 曇り空でも気分は晴々、見えかくれする海を覗きながら軽快に歩く。途中「お葬式」の真っ最中の家に出くわし、道路を隔てた反対側から、しばらく手を合わせた。
 昔、四国遍路は「死出の旅」とも思われていて、どこで息絶えてもいいように、「白装束」=「死に装束」(確かに、棺に入る時の姿だ)を身につけ、杖は「墓標」にしたという。
 いま目の前のお葬式でお棺に入ってる人と、私って、「ペアルック」状態? 次の寺を目指しているなら、迷わないように、魂だけでも一緒に連れてってさしあげようかとも思うけれど、もうこれから神戸に帰る身なので、「仏さまお大師さまのお導きで、どうぞ迷わず『極楽浄土』(?)へ、いらして下さい。来世でまた幸せになって下さいね」と祈ってお別れした。
 あら、でも宗派が違ってたら「お大師さま」じゃなくて、他の方になるのかしら・・・。親鸞さまだったり、最澄さまだったり?(念のため、お大師さまは『空海』です) うーん、困った。でも、仏教には違いなかったみたいだから、やっぱり「仏さま」という大きなくくりで、よいではないか、うん。と、わけのわからないことをブツブツ言いながら歩く。
 他の人からは、お経でも唱えながら歩いている「まじめな正統派遍路」に見えているのだろう。遍路の「ブツブツ独り言」は、「お経を唱えてる」みたいでいい。普通のカッコウのままやると、「変なヤツ」と思われるに違いない。(でも、自分がそう思ってるだけで、他人がそう思ってくれるかどうかはわからないんだけれど)
 お昼を過ぎた頃、「発心の道場」である徳島県から、「修行の道場」高知県に足を踏み入れた。でもここで、私の今回の旅はおしまい。もう私の休暇は終わってしまったのだ。
 「歩いてまわるなんてエライね」という言葉がうれしくて、とうとうここまで、電車にもバスにも乗らず、「自分の足だけで歩いて」きてしまった。お陰で、全部まわりきることはできなかったが、満足感はいっぱいだ。

 甲浦港のフェリー乗り場に到着。ここから神戸に帰る。

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