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掬水へんろ館

平成4年『遍路への旅立ち』
【6日目】 4月20日(月)[ 晴れ ]

 本当にお天気に恵まれていることに、朝から感謝の気持ち。筋肉スプレーのお陰なのか、足も肩もずいぶん楽になっていた。今日はゆっくり出発しようと思っていたので、グズグズしてたら(いつものことだけど)8時をずいぶんまわってしまった。オバサンが見送って下さったので道を確かめると、ものすごくたくさん説明して下さった。あー行ってこー行ってその道を右へまわって、いや、違う道もあって、それはこーでと、とにかく一生懸命教えて下さる。でも、いっぱい言われて結局理解できず、通りへ出た瞬間に人に聞く始末。(オバサンごめんなさい)

都会と花とニワトリと

 でも、ここからがもっと大変だった。とにかく広い道路139号線をテクテクテクテク、55号線目指して歩いていく。デパートや銀行、オフィスビルが建ち並んでいる。都市はどこも同じ顔だ。途中、不安になって何度も道を聞く。さすがに人も多くて、道を聞く人もよりどりみどりだったが、みんな忙しそうで歩く速度も速い。やっとの思いで声をかけてみても土地の人じゃなかったりするので、聞く人を選ぶのも一苦労だった。
 「へんろマーク」もなかなか見つけられず、ひたすら国道沿いを歩く。ずいぶん大回りして、ようやく55号線にぶつかった。そこからがまた長い。ただただ歩く。大きなバイパスには、ガードレールに守られて、人間用にちゃんと「歩道」が確保されていた。
 アスファルト張りで何の変哲もない一本道でも、ちゃんと植物が植えてあり、期待に応えて、健気にもかわいい赤や白の花を咲かせている。でも、しおれてるのも多く、葉っぱはホコリだらけだ。
 同じ花でも、山の中に咲いたのは幸せだ。人間なら移動できるけれど、この花たちは一生排気ガスと騒音の中で暮らすのかな、同じ花なら環境のいい所で咲きたいだろうに、と思って、ふと、人間に置き換えてみた。「はきだめにツル」ってのも中にはあるが、やっぱ人間も環境しだいで幸せになれるかもしれない。「人間は自分で環境を変えられるんだし、努力しなきゃなぁ」、そんなこと考えながら歩いてると、国道のまん中で、ニワトリらしき白い鳥が、交通事故で亡くなっていた。ニワトリが自分でここまで来たのではなさそうだ。運ばれる途中の車から、自殺を計ったのかもしれない。
 「はかない命だなぁ」、手を合わせる。

友だちはどうするの?

 昼過ぎ、ようやく第18番札所「恩山寺」に到着、お詣り。本堂の左側から300メートル登ると、展望台がある。往復で600メートルというのはいささかキツイが、せっかくの眺望、見逃す手はない。汗ダラダラになりながら小山を登り、展望台に立つと、やっぱり「絶景かな」だった。
 途中、ヒーヒー言いながら登ってる私を、階段2つ飛ばしで颯爽と抜き去っていった異国の男性が、先に着いて海の方を見ていた。小さな展望台なので、ベンチも一つしかないが、かまわず座って、ランチだ。きのう買った、おにぎりと卵焼きをひろげる。
「♪おっべんとおっべんとうっれしいな~♪」
心の中で唄う。他人がいて、独り言を言ったり歌を唄ったりできないので、息がつまりそうだ。仕方ない、彼にも少し分けてあげよう。
「一つ食べますか」とおにぎりを差し出すと、「アリガトーゴザイマス」と合掌して、梅干しのを取った。よくできた外国人さんだ。感心したので、卵焼きとお茶も少々分けてあげた。
 オーストラリアの人だそうだ。お互い、正確には通じない言葉で、どーにかこーにか世間話をしたあと、彼は「下で友だちが待ってるから」と、帰っていった。(友だちがいたの? じゃあ、自分だけおにぎり食べちゃって、友だちはどーするんだ?)

 一人でのびのびー! おにぎり2個と卵焼き、大切に持ち歩いてたハッサク半分を食べた。
 徳島市、小松島市、和田岬、紀伊水道などが一望できる貸しきりの展望台に、風が渡ってゆく。ハッサクの甘にがい味と香りが、たまらなく贅沢で、「なーんておいしいの、なーんておいしいの、なーんておいしいの」と、一人歓喜の声をあげた。
 一時間ほどひとしきり遊んで、ようやく下山。今日は立江寺までがんばる。

 ここから4.4キロ。暑いせいか疲れているのか、かなり辛い。何度か車も止まって下さったが、なんとか自力で歩く。途中、無人のミカン売り場があったので、駆け寄ってみた。でも甘夏ばっかり。わたしゃ「ハッサク」がええんや! とわめきながらよく見ると、隅の方にひと袋だけそれらしいのがあった。小粒で5個も入ってるけど、いいや、100円也。安い!
 ミカンの袋をブラブラさせながらしばらく行くと、「お京塚」という塚があったので、お詣りしてミカン1個を置いた。5つも持ってるのに、この1個を置くのを迷ってしまった。なんて「ケチ」なんだろう。

宇宙食もあるよ

 とうとう第19番札所「立江寺」に到着。本堂のお詣りを済ませ大師堂へ向かおうとした所で、品の良いおっとりした感じの遍路婦人に声をかけられた。「お接待よ」と栄養ドリンクを下さった。お礼を言ってるところへその方のご主人(ご主人は遍路3回目。以前にはご自分でも歩いて回られたそうだ)が来られて、あの「四国遍路ひとり歩き同行二人」という本を出して、この先で「無料で泊めて下さる宿、歩き遍路をお接待してくれる所」を教えて下さった。「高知県はまた次の機会になるので」と言うと少しガッカリされたようだが、「おつとめ」にと1000円も下さった。
 本堂前での長い三者会談が終わり、大師堂にもお詣りして、ようやく宿坊へ(昼頃、電話で予約しておいた)。350人も泊まれるという大きな宿坊なのだ。でも、ほとんどが団体用の大部屋らしく、私が通されたのは、添乗員やバスの乗務員さんたちの泊まる小さな部屋の一つだった。でもこの部屋、中にある別のドアを開けると廊下でよその大部屋につながっていて、トイレや洗面はそちらを使っていいとおっしゃる。今日そちらの大部屋は使わないので、私の貸しきりみたいなものなのだ。部屋より広い洗面所!

 お風呂には少し早かったので、門前の食料品屋へ買い物に出た。(昨日の買い物の快感が忘れられなかったのだ) 品物を物色していると、店のじーちゃんがいろいろアドバイスして下さる。「宇宙食もあるよ」と言うので何かと思ったら、カロリーメイトだった。じーちゃん、ナウイじゃん(その言葉がすでに死語だってば)。カロリーメイトの他にもじーちゃんの勧めに従って、お菓子グミ・ハイチュー・ジュース・アイスクリームにアンパンまで買った。そこへ店の若奥さんらしき人が帰ってらして、いやに親しげに話しかけてくるので、何だろーとよく考えてみると、来る途中車が止まって「お寺の門の前まで行くから乗せてあげるよ」と言って下さった方だった。ホントに、門の真ん前だったのね。明日もがんばれと何度も励まして下さった。有り難いことだ。
 宿坊に戻り、ご飯をいただき「おつとめ」に出た。これがすごい! 僧侶が5人ばかりもいらしたろうか、さすがに読経も迫力があって良い。本堂は広くてりっぱ、建てかえたばかりのようだ。本堂の両側面にかかっている曼陀羅は、映画「空海」で使われたものだそうで、とにかくりっぱなのだ。団体遍路のオバサンたちもキョロキョロと観察に忙しい。
 たくさんいるお坊さんの中で、ひときわ声が大きく元気でおもしろい方が、おつとめの後のお話をされた。本堂の紹介と「感謝する気持ち」というようなお話だったが、これがおもしろい。吉本の芸人さんノリ、飾らない言葉で2分に1回は観客(?)を笑わせるのだ。この人、うちのギョーカイ(放送・芸能関係)に多いタイプだ。(なんでお坊さんになったんだろう?) ずーっと昔の時代にも、こんな風に人を笑わせる、おもしろいお坊さんがおられたのかもしれないなぁ、とイロイロ想像する。多少「威厳」には欠けるけど、ナカナカ楽しくてよろしいんじゃないですか。
 夜のおつとめには間に合わなかったが、お昼に1000円下さったご夫婦の健康祈願をしていただくことにした。祈願料は2000円からだとおっしゃる。え? じゃあ前におばあちゃんにいただいた2000円から半分いただきましょ。あのおばあちゃんの名前も聞いておけばよかったなぁ、でも高いなあ・・・などと考えながら、遍路の夜は更けていった。

宿坊の不安な夜

 でも、これで終わると思ったのが大きなマチガイだった!
 私の部屋は、添乗員の部屋の一番奥。少しイヤーな予感がしていたのが的中した。今日の団体さんのツアーコンダクターは、とても若い男の子2人で、隣りの部屋で飲んでいるらしく、酔っていつまでも騒いでいる。それだけならいいけど、一度間違えて、私の部屋をガラッ!(カギなんてないのだ、おまけにフスマだし)
「すみません」と閉めたはいいが、それから何度も何度も部屋に来る。ただ戸を開けるだけ、なのだが、カギはかからないし、許可もなしにガラガラ開けるので気が気じゃない。遍路は怒っちゃイケナイというけれど、いい加減頭にきた。「もう開けないで下さい!」と大声で言って、何度目かのピシャン!(戸を閉める音です)  団体のおばあちゃんたちにも、「あんたら話すけん、うるそうて眠れん」と、文句を言われてるじゃないか。なんて質の悪い添乗員なんだろう。教育も何もあったもんじゃない。(あたしゃ若い男にはぜーんぜん興味ないし、まして酔っぱらいの常識ハズレなんて、蹴っとばしてやりたかったゼ)
 ムカつく気持ちを、遍路の心得でグッとこらえて眠る。でも、フスマの前には、テーブルを引っぱってって置ておいた。(少しでも中に入ろうとしたら、したたかにむこうずねを打つはずだ)

 遍路に出る前、「山の中なんか一人で歩いてたら、チカンに会っても誰も助けてくれへん、キケンや」と心配されたが、険しい山を登ってくるほどの根性ある人は、チカンなんてセコイまねはしない。人の多いところの方がずーっとキケンだ、とやっぱりいつまでも腹が立つ。
 そのうち、隣りもやっと寝静まってくれたようだったが、なんとなく気になって、よく眠れなかった。お寺の宿坊で不安な夜を過ごすなんて、悲しすぎる・・・。

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