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掬水へんろ館

平成4年『遍路への旅立ち』
【1日目】 4月15日(水)〔 快晴 〕

はじまり

 眠れないまま何度も時計を見ていると、キッカリ午前4時半に、「コケコッコー」が聞こえた。境内にいたニワトリだろうか。朝もはよから元気だなぁ。それから延々、30分ほどコケコケやってくれた。 朝のおつとめもあることだし、起きるしかない。

 今日からがいよいよ私の、「遍路」の始まりなのだ。白装束に身を包み、『自分探しの旅』に出るのだ! 「カッコイー!!」 浮かれてるうちに、朝のおつとめの合図があって、結局バタバタと、遅れていった。(何してんだか)

 大師堂は、とてもりっぱで、心が静かに満たされてゆく。泊まり客は、山口からのご夫婦と私の3人なので、朝のおつとめも3人。そして、ゆうべの彼(修行僧さん)が、お経をあげた。ドラ (?) をあんまりガンガンたたくので、ムチャクチャいきおいのある般若心経だ。他にも聞き覚えのあるお経を少し。でも、簡単に終わった。
 まあこんなものかな、と油断していたら、そのあとの話が長かった。ゆうべ聞いた話がほとんどだったし、とりとめのない話し方なのと、カンロクがいまひとつなので、ちょっと有り難みがうすいかしら、などとバチあたりなことも考える。(ごめんなさい)
 朝食は、ゆうべと同じ、タケノコとひろうすの煮付け・塩ジャケの焼いたの・玉子どうふ・生タマゴ・みそ汁・ご飯、だった。全部食べた。

うれしーよーな、悲しーよーな

 「さあ、いよいよ出発だわ!」と勢い込んでいたのに、荷物が入らない。そりゃそうだ、きのういろいろ買い込んで、荷は増えているのだ。着て来たものをリュックに押しこむのに、30分もかかった。
 その、悪戦苦闘の最中、あの修行僧さんが部屋を訪ねてこられた。本を下さるという。『密教夜話』という、たいへん勉強になるご本なのだそうだ。ちょうど荷物と闘っていた私は、「ヤバイ!」と思ってしまった。でも、慈悲あふれるそのプレゼントをお断りするなんて、そんなバチあたりな行動をとれるほど胆のすわった人間でもなく、「ちょっと読んでみたい、くれる物はいただきたい」という欲張り根性もあって、ありがたーく、頂いてしまったのだった。
 りっぱな装丁の224ページもある新刊本だ。おまけに表紙が厚くて堅い。金さん銀さんじゃないけれど、「うれしーよーな、悲しいよーな 」(当時流行っていたCMでのコメント)気持ちで、そのズッシリ重い(ホントに重いのよコレ)「密教夜話」を、ずだ袋に入れる。
 その後も、彼はたびたび部屋に来て、「お客が来るから見送れない」「事務所にいるから」と、イロイロ気づかって下さった。
 ありがたい、ありがたい。でも、そんなにかまわないで下さい。私は大丈夫です。

 もう一度、本堂と大師堂にお詣りして、納め札も納めて(遍路は、名刺がわりに、住所と名前を書いた『納め札』を納め札箱に入れるのだ)、ちょっと時間はかかったが、いよいよ、2番寺極楽寺に向けて出発だ。お詣りに来ていたおばあちゃんからも、「あんたキレーやから、気ィつけて行くんやでェ」なんて、うれしい言葉をかけられ、元気に門を出た。

いきなり「涙」

 出たはいいが、どっちに行ったらいいのかわからない。(出る前に調べるもんでしょ、普通は)。本とコピーを取り出す(遍路のガイドブックと、ある僧侶が書かれた歩き遍路旅の本の一部をコピーしたもの)。ここを右へ行くより、もう少し先へ行ってから右へ曲がった方が、「田舎道で風情がある」と書いてある。「よし」と一歩出た、とたん、歩いてきたオジサンが、右の道を指さして、「番号順に行くんやったら、ここを右に行きなさい。右、右へ行くんやで」と毅然とおっしゃる。(わかってるんですけど、私はもう少し先の、フゼイの道を・・・。でも説明しているヒマはない) せっかく、オジサンがそう言って下さるのならと、右へ曲がって、ダンプが通る広い道沿いのコースをとった。とったとたん、今度は白い車が止まった。運転しているオバサンが「乗っていきなさい」とおっしゃる。あらま、いきなりお接待を受けてしまった。(お接待というのは、遍路にイロイロして下さることなのだ) まだ10歩も歩いてないのに・・・。「歩きますので、ごめんなさい。ありがとうございます」と、お断わりしてしまったが、いきなり目に涙が溢れてきた。なんて、皆さんやさしいんだろう。うれしくてうれしくて、しばらく涙ぐんだまま歩く。
 私は、涙もろい。

 ダンプの道も楽しくなってきた。遍路姿の自分が、晴れがましくて、「私ってなんだかすごーく可憐な姿をしてるんじゃないかしらん」なんて思ってしまう。そう思うと、背中の荷物だって軽くなる。

車よりおイモ

前夜1番霊山寺で同宿したおばさまと

 調子にのってテッテケ歩いてるうちに、第2番札所「極楽寺」の標識が見えた。1,5キロなんてアッという間だ。極楽寺に入ると、昨夜ご一緒した山口からのご夫婦がおられた。「車に乗りませんか」のお言葉は、ありがたくご辞退したが、かわりに、おイモを一ついただいた。私は、一つだけ残しておいたおせんべいを差し上げて、遍路同士でお接待。
 この時撮っていただいた写真が、私の「遍路」の第一歩(序章というところかな)を印す貴重な一枚となった。
 さあ、極楽寺境内へ。まずは本堂、続いて大師堂へと進む。線香とロウソクあげて、賽銭を入れる。般若心経も、(カンペを見ながら)ちゃんと唱えた。納め札もいれた。お詣りの作法も少し覚え、ゴキゲンで、さあ次へ、と思った目の前に「納経所」。「あ、納経帳に印を頂くんだった」。これを忘れたら、また引き返してこなきゃならなくなる。納経所にはオジサンが二人おられて、「あんた一人で回るのん? 歩いて行くのん? 若いのにエライなぁ。それやったら」と、次への道順などを、それは親切にいろいろ教えて下さった。ここでもやさしくしていただいて、すっかりイイ気分。よーし、このままがんばるぞ〜。

 門を出てすぐ右へ行くのが遍路道。「へんろマーク」(「へんろみち保存協力会」が、遍路道のそこここに、目印として、この「へんろマーク」をつけて下さっている)が描いてある小道を通り、少し山の斜面を登り、民家の間を抜け、田んぼのあぜ道を歩いて、2,7キロ。

「心」をいただく

 今度もアッという間に、第3番札所「金泉寺」の裏に出た。一度門を出てから、一礼して入り直し。本堂、大師堂とお詣りをする。
 団体さんが来ていて、その合間をぬってお詣りするのが、なかなか大変だ。一緒になると、何となくせわしなく感じるし、みんなで「お経の大合唱」なので、迫力に負けるし、気が散って落ちつかない。それに、団体遍路の皆さんは、ドカドカ入って来られて、ドンドンお経をあげて、ズンズン帰っていかれる。なーんとなく、情緒がないのよねー、いそがしそうだし。てなことを考えながら、目を閉じて、大師堂で般若心経を唱えていると、うしろで誰かの足音。そして突然、合唱した私の手に何かが押しこまれた。「なんだなんだ?」 見ると、「心」と印刷された小さなポチ袋で、「心」の左下には住所と名前が書かれていた。中には小銭が入っているようだ。横を見ると、70才くらいだろうか、お経を印刷した紫地の輪袈裟(よくお坊さんが首からかけておられる細長い輪状の布。遍路は、皆これをかける)をしたオジサンが、真剣な顔をして、私を見ておられた。
 ギョッとしていると、「あんたエライなぁ、若いのにホンマにえらい。僕はもう88ケ所、何十回も回ってるんや。そやから、これ持っとったら必ずご利益あるから。守ってくれるから、持っとき。あんた、ほんまえらいわ」と、私に「心」を握らせ、ひとり感心して団体さんの方へ戻っていかれた。(その間、私がコメツキバッタしていたのは言うまでもない)
 このオジサンは、境内で何度も何度も私をつかまえ、どこから来たんや、歩いていくんか、一人でいくんか、と一つずつ聞いては、「えらい、ほんまにえらい」とさかんにほめて下さった。あんまりオジサンがかまうので、まわりの人も、私をえらいえらいと見て下さる。まだ3番まで歩いただけなのに、こんなに言われると、ちと恥ずかしい。

こわい犬

 納経を済ませ、トイレに行って 、あわてて門を出る。出る時にも、マイクロバスに乗った団体遍路さん達から、「ほら見てみ、若いのにえらいなぁ」なんて注目をあびてしまったものだから、足どりも軽く早くなって、心もそぞろ、うれし恥ずかし意識歩きで、勢いつけて直進した。と、突然、右の家の引き戸が開いて、濃い茶色の雑種らしき犬が走り出てきた。 戸はすぐ閉められた。
 犬はひとりで外へ出されたようだ。勢いつけて出てきたところに、これもまた、小走りに門を出てきた私にバッタリ!
 白装束に長い杖は確かにあやしい。でも、寺の門前の家の犬だから、遍路は見慣れてるハズなのに、なのに! 私を見て、突然ものすごい形相で吠えたてる。
「ワンワンワンワン、ウーワンワン、ウーウー」
 キバをむいて何度もとびかかりそうになる。
今まで、ほめちぎられ注目され、すっかり上機嫌の「ふにゃけ顔」が、いっぺんに凍りついた。コワイ! とにかく、キバをむいたその顔が恐い。右に左に飛び回り、本当にとびかかって、噛みつきそうなのだ。家の人は、まったく出てきてくれる気配がない。
「こんなキケンな犬を、なんでひとり外に出すのよ! やめて、なんでそんなに吠えるのよ。やめてーやめてー」と心のなかで訴えながら、杖を楯にして「お大師さま助けて下さい。南無大師遍照金剛」と必死で唱える。
 それは何分間にも思えたが、おそらく数秒だったのだろう。やがて犬は、突然私に興味をなくし、プィッと横を向いて、そばの電柱をクンクンしはじめた。
「さあ、逃げるなら今だ!」(お大師さま、電柱さま、ありがとうございます)

 ほんとうは、電柱のある方、まっすぐの道を進もうと思っていたが、また犬を刺激するのが恐くて、何も考えずに右へ曲がってすたすた歩きはじめた。
 犬は、また何度か吠えていたが、なんとか見逃してくれたようだ。「あー、恐かった」 さっきまでの有頂天からいっぺんに地にたたき落とされた気分だった。
 心臓のドキドキがおさまったので、ようやくガイドブックを開く。「あーあ、右に曲がっちゃって、どーしよう」と思って、よく地図を見てみると、なんと、あっていた。ちゃんと、正しい道順を歩いてるではないか。しばらく行くと『へんろマーク』も出てきた。
 もしあのまま犬に会わずに浮かれてまっすぐの道を歩いていたら、まるで違う方向に出て、しばらく戻れなくなるところだったのだ。わかりにくい地図なので、そのまま気づかずに歩いていたかもしれない。フシギだ。
 あんなに恐くて憎たらしかった犬に、感謝の気持ちが生まれた。考えてみれば、もし吠えられても、少々の吠え方だったら、「はいはい、いい子ねぇ。私にかまわないでねー」などと言いながら、無視してまっすぐ行くところだった。足がすくむほど恐がらせてくれたおかげで、その道を進めなくなったのだから、やはり大師が教えて下さったのだ。「ほめられてうかれているバアイではない。よく道を確かめなさい」ということだろうか。 びっくり有り難い経験だった。

 第4番札所「大日寺」までは、5,5キロ。初めての長い道のり。春の陽ざしをうけて、遍路姿の自分に酔いながら、てくてくてくてく、よその家の間を抜けてゆく。花がわんさか咲いていたり、チョウチョが飛んでいるだけで、とてもうれしくなる。「へんろマーク」や「四国の道」と書かれた道標が道案内をしてくれるので、あまり迷わず歩いてゆける。
 「橋を渡る時は、杖をつかない」(弘法大師が、橋の下で寝られたことがある、という逸話に基づくもの)という、遍路の決まり事も、思い出してはあわてて気をひきしめるのだった。

今度は、「道案内犬」?

 それから何十分歩いただろう、道路わきの家の塀から顔をのぞかせているピンクの花を見つけて、「あなたキレイねぇー、なんて名前なのー?」なんて、花をナンパしていると、また、犬が出た。
 花をあきらめ、ドキドキしながら、犬と対峙する。でも今度は何だかかわいい。うす茶色の秋田犬に似た雑種で、ジーッと私を見ている。恐くなさそうなので、「なあに?」と声をかけると、彼は道路を横切り、脇道に入るところで止まって、こちらを振り返った。また、ジッと私を見る。「ついてこい」、という顔をしたので、ついそちらにフラフラッと行ってみて驚いた。「へんろマーク」があるではないか。その脇道を入れと標してあった。この子(犬)がいなかったら、見落として、またまっすぐ歩くところだった。(花に見とれて、標示を見ていなかったのだ)

 それからもその犬は、ずんずんずんずん歩いては私を振り返り、戻って来ては、私を見上げて何か言おうとするように、道案内してくれた。
 ヨソの家のホウキをくわえて遊んだり、時々田んぼに駆けおりたりしながら、ちゃんと、私がついてきているか、振り返って確認している。そして、二股の道が出てくると、必ず一方へ導いてくれた。ややこしい田んぼのあぜ道を、見事に「へんろマーク」のある方へ連れてってくれるのだ。まったく疑わずについていった。
 しばらく小山のようなところを登っていくと、家の前におじいちゃんが座っておられたので、「この犬は、私を案内してくれるんですけど、どこの犬でしょう」と聞いてみた。じいちゃんは向いの家を指さして、「○○さんとこ(名前はよく聞こえなかった)の犬や」、と教えて下さった。「なーんだ、自分の家へ帰るのなら、まちがいなく行けるよねー」 でも、よくぞ連れてきてくれました。お陰で、犬不信からも立ち直れた。
 やがて、その犬の家を越えてすぐ、山へ入る道があった。彼がそっちへ行くので私もついて行きかけたが、どうも墓地のようだ。さっきのじいちゃんがこっちを見て何か叫んでおられるので引き返してみた。じいちゃんは、違う道を指さしておられる。「ありがとう、わかった」の意味のお辞儀をして、山へ入った犬に声をかけた。「ねえ、そっちじゃないってよ」
 彼はすぐ引き返してきて、じいちゃんの指さした方へ走っていった。
「道案内」がまちがえちゃあ困るなぁ。

いい人もラクじゃない

 また、一人と一匹で歩きはじめる。
彼と私、前になったり、後ろになったり。「おうち遠くなっちゃうから、もう帰ってもいいよ」と声をかけるが、てんで気にしていない様子。
 少し大きな道に出たので「お別れに」と思い、朝いただいたおイモを、3分の1あげた。「じゃあね」と言ったのに、結局それからも延々ついてくる。(もう、私の方が先にたって歩いていた) お寺らしい所に出てきたので、「これかしら」と思って入ってみたが、どうも、さびれはてている。それに、だーれもいない。変だぞ。表に出て、門の名前を見てみると、そこは、金泉寺の「奥の院」だった。
 車の遍路の来るわけもなく(道が細くて車は入れない)、ひっそりとしている。お堂の前の建物の縁側で、猫が2匹、気持ちよさそうに昼寝をしていたので、私もリュックをおろして、ひと休みさせていただいた。さっきのおイモを出して、長い道連れになった彼と半分コ(すでに3分の2状態なんだけど)。まん中の、一番おいしそうなところをあげて、「どーだ、私は心やさしい人間だろう」と胸をはっていると、それも食べ終え、またこちらを見上げる。仕方がないので、また自分のを半分にしてあげた。(いい人もラクじゃない) 朝、お茶入れに入れてきた水も分け合った。彼とは仲間みたいな気がしてきて、しみじみ、旅の楽しさを感じた。
 「さあ、ほんとうにここでお別れね」と言って歩き出したのに、まだついてくる。もう家からかなり遠くなってるのに、いいのかなぁ。ま、犬の足ならすぐだし、いつもの彼の領域かもしれない、いいや。

 川沿いの道に出た。道といっても、へんろマークはとんでもないところに出現。その川の土手を歩け、と示している。しかも川の反対側は、よその家の裏庭が続いているのだ。
 コンクリートの土手の幅は、50センチくらいだろうか。「こんなとこ歩いていいの? ほんまかいな、ええかいな」の気持ちで進んでいると、出た、また出た! 今度は超兇悪そうな犬だ。鎖もちぎれんばかりにワンワンやってる。「噛みつきたい、噛みつきたい」と吠えてるように聞こえた。恐いけれど、「鎖」につながれている。大丈夫だ。でもこの鎖が、長かった。土手のコンクリートにもうちょっとでタッチできる、というギリギリのところまでのびているのだ。落っこちたら、あわれ野獣の餌食かとも思える、まるで平均台のような土手の上を、体操選手のようにバランスをとって、ドキドキしながら通過。スリルとサスペンスだ。「細い体でよかった」と本気で思った。あと10キロ太っていたら、きっとオナカのはしっこくらい噛みちぎられたにちがいない。(ちょっとオーバー?) 連れの彼も、なんとかその凶暴犬をやりすごして無事についてきた。

捨てられた「私」

 しかしここで、意外な事実に直面した。「頼もしい彼、心の恋人」とさえ思いはじめていた、同行の愛犬は、「彼」ではなくて「彼女」だったのだ。オシッコするところを目撃。「おちち」まで確認したのだった。(勝手に男扱いして、ごめんね)
 私の誤解にもひるまず、彼、いや彼女は、それからもずっとついて来てくれた。そしてとうとう、集落のはずれの、かなり広い道まで出てきた。大きなトラックやダンプが行き交う。「道を渡るのは危ないから、ほんとうに帰ってね」といくら言っも、どうしても離れない。でも、ここからまた山の中に入るのなら大丈夫だろう。小さな「へんろマーク」を見つけて、彼女と山へ入りかけた。と、向こうから自転車を押してきたおばあちゃんが、大声で叫んでいる。「工事しよーから、行かれんよー」、「え?」っと 彼女と一緒に引き返してくると、「今は工事で行き止まりになっている」、とおばあちゃん。残念。仕方なく、ダンプ道に戻って、車道を進むことにした。
 ところがなんと、突然「彼女」が帰ってしまった! 一言もお別れを言わないで、「もう私の役目はおーわり」、そんな感じで。(そりゃあ、もう危ないし帰ってねって言ったけどさ、ひとことくらい「ワン」とか「ウー」とか言ってくれたって・・・。見つめあうだけでもよかったのに。冷たいじゃないか)
「別れ」は、いつも突然やってくる。

 犬に捨てられた私は、「山の中の道だったら、きっともう少しつきあってくれたのに。このダンプの道が悪いんだ。排気ガスで苦しいし、ブォーブォー走って恐いし。工事が悪いんだ、何作ってんのよ、バカァ!」と、やつあたりの文句を言いながら、一人になった寂しさに耐えて歩いた。でも、あともうちょっとだ。

 小さな車しか入れないような、細い道に入った。団体遍路の皆さんも、バスから降りて歩いておられる。私を見て、口々に「エライ、エライ」とほめて下さった。少しの距離でも自分で歩くと、「歩き」の気持ちがわかるようで、皆さんとてもやさしい。ところが、マイカー遍路は、その細い道さえ車で登る。
 私の横に車が止まり、次の寺への道を訊かれた。「たぶんまっすぐだと思いますけど、地図を見ましょうか」、の言葉が終わらないうちに、車はブーっと行ってしまった。なんなのよー。「乗っていきませんか」って言われたら、丁寧にお断わりしなくては、なんて考えていたのに、いきなりブーってこたあないでしょ、「情」のない。
 でも遍路は、「怒ること」も固く禁じられているので、「なんちゃーないもん、気ぃつけて行って下さいねぇ」と心の中で言って、また歩きはじめる。
 この道、けっこう長い。途中、牛舎があって何頭もウシを見た。疲れた目に、ウシの姿がかわいい。そういえば、お坊さまの「遍路紀」の中に、「ここまで来て、牛がおいしそうに草を食べているのを見て、道ばたの草を食べた」、とある。草は食べたくないけど、私もおなかが空いてきた。どこかでご飯を食べたい。イモ6分の1かけでは、やはり辛い。

羅漢堂へのフンパツ

 ようやく第4番札所「大日寺」に到着。簡素な山寺という風情だ。遍路たちもサッサとお参りをすませて行ってしまう。納経所の人もあまり愛想をしてくれなかったので、トイレだけ借りて、そそくさと次へ向かった。(それにしても、おなかがすいた)

 来た道をとってかえす。次の寺まで、地図には簡単そうに描いてあるのに、何度も迷いそうになった。やがて「お寺」を確認して中に入ってみたが、なんだか様子が違う。
 ここは「4番から歩いてくると、裏から入ることになる」、地蔵寺の奥の院「羅漢堂」だった。大師堂もあるのでお詣りしようと、中へ入ってみる。いろんな羅漢さんがいて、たのしい。最後の羅漢さんかと思われたところに「お堂の維持にご喜捨を」とあったので、フンパツして100円入れた。そのまま進むと、りっぱな仏像の前に出たので手を合わせていると、突然、背後から声。
 いつの間にかおばあちゃんが座っていて、「羅漢堂の維持のために100円いただくことになっています」とおっしゃる。「今入れたんだけど」とは言えず、仕方なく100円を差し出すと、交通安全札(金色の小さい厚紙だった)を下さった。そこからまだ進む道があり、羅漢さん群が半分残っていた。(まだ途中だったのだ) 本当の最後に、弘法大師がいらっしゃった。
 奥の院は、忙しい団体遍路にはあまり縁がないようで、ひっそりしている。(無理矢理コースを作って、団体さんにもっと寄進してもらえばいいのに)
 石段を降りて左へ入ると、第5番札所「地蔵寺」。いったん門から出て、入り直し。他の遍路さんから、「一人で歩いてお参り、えらいねぇ」と声をかけていただき、ちょっと元気になった。「えらいねぇ」と言われるとうれしくなるのは、子供の時と同じだ。(それにしても、ご飯が食べたい)

カラスの怪死

 ここから、今日の終着、安楽寺までは5キロコースだ。食堂らしきものもないので、また歩きはじめる。平たんな道をどんどん歩く。風がでてきた。菅笠がすぐ飛ぶので、左手で押さえる。ずっと押さえてると腕がだるくなる。離す。また飛ぶので押さえる。そのくり返しで、すっかり疲れた。ほんとに風が強い。
 向い風をうけながらもズンズン歩いてると、道路わきの家のガレージの扉に、大きなカラスが挟まって死んでいるのを見つけた。鉄格子とコンクリートの地面の間に挟まったままの状態なのだ。「なんでこんな死に方したんだろ、なんで、なんで?」と思いながら、とにかく手を合わせる。人の家なので、長々お経を読むのは控えたが、「この家に災いをもたらすことなく、迷わず成仏して下さい」と祈った。(でもこれって、カラスに対する偏見ともいえるのかなぁ。ごめんね)

 またてくてく行く。街の中は、とても退屈だ。自動車はうるさい、花も少ない、コンクリばっかりで、つまらない。でも、食料品店があるではないか!(やっぱり街はエライ)2軒も並んでいた。小ぎれいな方の店ではなく、隣りのキタナイ方の店に入る。(何で?) とにかく何か食べるものを買おう。おにぎりはありそうにもないので、パンを探した。 田舎の店では、気をつけて選ばなきゃ、時々賞味期限が過ぎてるのあるもんね、とよく見たら、「4月1日製造、4月3日まで」のパンがあった。「えー? 今日は4月15日だよ。12日も過ぎたの、売らないでくれるー」 予想はしていたが、びっくり。それでもいちばん新しそうな、4月16日までというカステラパン1個とジュースを買った。

 パンの袋をふりまわして歩くうちに、神社を見つけた。裏手にブランコもあって、地元の人たちの遊び場のようだ。町の公園風(といっても草ボーボーで荒れ放題だけど)なので、「お食事処」として使わせていただくことにした。ジュースとパンをおいしくいただいたあと、ちょっとブランコなどこいでみた、が、「こんなことしてるバアイじゃないわ」と思ってすぐやめた。トイレが見えたので行ってみると、一人用の、壊れかけたちっちゃいトイレで、手洗い場に「参拝者以外使用禁止」と、セコイことを書いてある。さっきお詣りしたからいいでしょう、とドアのノブに手をかけたが、びくともしない。押しても引いても回しても、何をしても開かない。カギがかかる風でもないのにヒドイ! 遍路姿でトイレのドアと格闘しているのも恥ずかしい・・・。
 あきらめた。

金剛杖いのちばーちゃん

 またえっちらおっちら歩いて、第6番札所「安楽寺」に到着。入った感じは、とりとめのないような、お寺ぽくない雰囲気。コンクリートの門のせいだろうか。でも本堂は、それはそれはごりっぱだった。
 本堂の階段下に置いてある「杖立て」(笠立てのようなもの)に杖を入れて、「さぁお詣りしましょ」と階段を登りかけた時、イキナリ、おばあちゃんに怒られた。「あんた! 杖置いてきたらアカン。杖はお大師さんなんやから、そんなとこ置いてきたらあかん!」 恐いくらいの迫力だ。あわてて杖を持ってくると、「お杖はお大師さんそのものなんや。いつも一緒にいて守ってくれはる、ありがたいありがたいお杖なんや。離したらあかん。私はもったいのうて、最近は下へもようつかへんよーになった。じか(直接)にも持たれへんし、雨に濡らすのもようせん」
 見るとおばあちゃんの杖は、一本まるまる布で巻いて、その上からビニールで全面を包んであった。そういえばさっき、「変なもん持ってはるなぁ」と思って見ていたのだ。その「棒の包み」を抱え、手すりにすがるように階段を登っておられたので、まさか杖だとは思わなかった・・・。
 おばあちゃんは、トクトクと「杖の大事」を諭して下さる。ちょっとやりすぎのような気もするが、かなりのご高齢(80才は過ぎていると思う)とお見うけするのに、歩いて何度も88ケ所を回っておられるというのだから、おばあちゃんにとっては大切なことなのだろう。
 最後に、「私の言うとーりにしとったら、ぜったいまちがいあらへん。ぜったいやで」と念を押された。はい、なるべく離さないよう気をつけます。

 今日はこのお寺の宿坊に泊めていただくので、お詣りをすませて宿泊館のほうへ行くと、即、部屋へ通された。ここ安楽寺はユースホステルにもなっていて、私はそちらで予約。同じお寺の宿坊で、扱いも同じなのに、私は3050円で一泊二食付き。一般で泊まると4300円以上だから、とってもお得だ。でもユース会員になるのに2000円払ってるから、今回一回しか利用しないとしたら、かえって高くついたのかもしれない。(何のこっちゃら)

うらめしのジャージ

 ここでは洗濯もできて、乾燥機もある。しかも無料だ。洗濯はすぐできたが、乾燥機にはずっと誰かのジャージがはいったままだった。もう一人、歩き遍路らしい女性が、やはり「乾燥機待ち」をしておられ、2人で腕組みして考えたが、人の物を勝手に出すわけにもいかない。「とにかく待ちましょう」と、寝るまで待ち続けたが、結局、夜もずっと、ジャージは入ったままだった。
 仕方ないので、一人部屋をいいことに、持参の洗濯ロープを使って、苦労して部屋に洗濯物を張り干す。パンツ、靴下、シャツのオンパレードだ。ハンガーを掛ける場所の都合上、入り口ドアの真ん前に、のれんのようにぶら下げる形になり、何ともハシタナイ。誰かいらっしゃったら、パンツをかきわけて入っていただくしかない。(幸いにもどなたの訪問も受けずにすんだ)

 パンツを干す前に、自室で夕食。きれいに、何一つ残さずいただいた。一人っきりをいいことに、最後はご飯におみそ汁をぶっかけて食べた。(人がいるとできないのよねー。でもおいしいのよねー) すっかり満足。
 食事の前には、もちろんお風呂にも入った。一人でゆっくり湯舟につかっていると、女性が一人入ってこられた。30年前に、お嬢さんを生後5ヶ月で亡くされたそうで、その供養もあって、ご主人と二人、遍路に出られたんだとか。「生きていたら、貴女と同じくらいになっているのね」と寂しげにおっしゃるのが、少し切なかった。続いて「団体にぎやかオバサン」たちが怒濤のごとく入ってきて、怒濤のごとく出ていかれた。一番はじめに入った私が、一番最後に湯舟を出る。やることが遅いのは、遍路に来てもかわらない。でも、お昼すぎからのんびりさせていただき、これが私の一番ラクなペースなんだと再確認できたんだから、これでいいんだ。そうなんだ。

住職の挑発?

 「今日こそゆっくり眠らなくちゃ」と、それでもまだゴソゴソしているところへ館内放送、「今から夜のおつとめがあります。本堂へ集まってください」の声。
「えー、うっそー!」
 すっかりねまき、すっかりすっぴんなのだ。ヤバイ! あわてて着替え、うす化粧してバタバタと本堂へ駆け込む。団体さんもあわせて20人くらいいだった。
 りっぱな本堂でのお経と、お願いごと、名前の読み上げが終わって、住職のお話。ここではじめて、各お寺にはそれぞれ「ご本尊」があって、その「真言」を唱えるのがキマリだと知った。考えてみれば、寺ごとに、「ご本尊」はみな違う。ご真言の唱え方が違って当たり前なのだ。「オンバサラ・・・うんぬん」とか言う、あの呪文だ。(今までは、ただやみくもに「南無大師遍照金剛」だった) こういうことは一番寺で教えてほしかった。今までのお寺のご本尊さま、ごめんなさい。その他のお話もためになったし、おもしろかった。
 ナカナカ味のあるご住職で、まだ若い(40才すぎくらいかな)。この寺のお生まれなのだそうだ。でも住職は私に、「一人で歩いていかれるんですか。まあ、2、3日であきらめるでしょう」とおっしゃるではないか。何を失礼な!
 「あきらめません!」と叫んだ自分の声で、私は突然決心した。「よーし、ぜったい歩ききってやる。電車もバスも使わず、自分の足だけで、88カ所歩いてやるー!」(私は、変なところで負けずぎらい)

 今日は夕方からものすごいカミナリが鳴って、これでもかと雨が降った。女の子(生理)のキザシもあったので、もう一日ここで泊めていただこうかな、と思っていたが、このお寺では、一週間先までのお天気を点滅ランプで表示していて(「お天気会社」と提携しているのだろうか)、それが、「明日は晴れよー」のマークなのだ。やはり、明日も「進め」、ということなのだろう。

 とにかく眠ろう。いろいろ用事をすませて、12時には布団に入った。
でもやっぱり、眠れない。

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