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掬水へんろ館のらくら遍路日記〜阿波・発心道場篇
北村 香織
第8日
3月21日(祝)///小雨

朝目が覚めるともうご主人は由岐から出勤してきて働いておられた。お参りしてくるというと「これ食べてから行き」とおうどんとお茶をお盆にのせて渡して下さった。おいしい…!お夕食はご主人にとってもお遍路さんにとっても利害が一致してナイス・アイデアだけれども(そんな次元でご主人がお遍路さんをバックアップしているわけでは決してないのは良く承知の上)、朝食までしかもこんなに忙しい合間を縫って用意して下さるというのは単なるボランティア精神では出来ないこと。どうしてここまで出来るのだろうか?と不思議な気持ち。地元の方にとってお遍路さんというのは一体どういう存在なのだろうか。

7:30 23番 薬王寺 着。ここも立派で大きなお寺。奈良調の色彩が目立つ。納経所でついに納札を購入。 * 納札… 巡礼中、各お寺の本堂、大師堂に1枚ずつ納める御札。日付、住所、氏名、願意を書く。お接待を受けたりした場合には相手の人にも渡す。

納札を初めて書いて、ご主人にお渡しし、一晩お世話になったバス宿を出発。日和佐駅へ向かいながら、次に土佐へ向かう時は新野駅から歩いてこの宿まで来ることを決意。なんじゃかんじゃ言っても一応歩き通したわけだし、先にも書いたようにもはやこのお遍路さんは私個人の問題を超えて、今までお接待して下さった人々、道連れになった方々、アンケートに協力して下さったみなさん、言葉を交わした人たち… みーんなの思いや期待やエールを含めてどんどん大きくなって、私の手を離れてしまいそうなほど。人や動物以外にもこの時こうあった時空のあり方や環境すべてのお陰で、この第1回・阿波/発心道場篇が私にとってまた新たな世界を体験でき、かけがえのない経験となったことを心から感謝いたします。

付録

わたしにとってのお遍路さんとは…

まさに時間軸・空間軸ともに異次元の世界を歩くことで、なんとなく無意識にかなり近づいた感じがした。わけもわからず涙ぐんだり、感情の流れが相当、日常とは違った回路を廻っていた気がする。たった二十三箇所だったが、八十八箇所すべてをまわると円を描くことになる。これも深層心理学的には非常に象徴的。精神的な危機にある時、曼荼羅(円と四角を組み合わせた図柄。特に密教では大日如来の世界を体現するものとして重要視される)を描くことで癒されたり、夢や描画療法などに曼荼羅イメージが出てくると大きな転回が起こる等、円のイメージには人を惹きつけ不思議にはたらくパワーがあると考えられる。お四国さん=お遍路さんという日本を代表する巡礼には、心理療法としての一面があるのではないか。

それから『死国』という映画が最近封切られたが、四国はまさに死国。遍路装束は死装束であるし、杖は卒塔婆として行き倒れた時はそのまま墓標になる。親族や友人の死をきっかけにお遍路さんに来たという人も今回私が会った人の中では14%を占めた。私も四国入りしてからコニゅとの距離が近く感じられたが、外からやってくる人にとっては非日常の世界である。日常から非日常へ、そしてまた日常へ帰るという図式は、未開社会で今でも行われている成人の儀式・通過儀礼の図式とまったく同じ。巡礼に限らず、旅全般について言えることだが、人間が成長する上で旅は欠かせないものと言えるかもしれない。

のらくら遍路日記〜阿波・発心道場篇(完)。

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