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掬水へんろ館のらくら遍路日記〜伊予(後)・讃岐/完結編篇
北村 香織
第12日
8月14日(火)晴れ (87番〜88番〜10番。Tちゃん宅)

 3人で歩くようになってからのお決まりとして、朝の出発は5時。今朝も薄曇りで幸先いいスタートだ。静まり返った小さな古い町を抜けて、車道に沿って山の方へ1歩1歩進んでいく。前山ダムのキャンプ場が眼下に見え、例の大学生カップルもまだそこにいるみたい。ここでルートは3つに分かれる。昨日決めた通り私たちは女体山越え。私はおへんろサロンに寄ってみたかったが、男性陣の足取りはまったく自然に左折、私もそのままついて行くしかなかった。石仏群を横目にもくもくと歩き、少し広めの場所にベンチが置かれた所で宿の女将さんがお弁当にしてくれた朝ご飯をいただく。栄養ドリンク付で女将さんの心遣いがうれしかった。山越えに備えて飲料水をかなり多めに入れてきたので、全員荷物がいつもより重い。でも予想よりは山道ではなく、舗装された道がかなり続く。2時間ほど歩いた頃だろうか、ようやく山道らしくなってきた。でも子どもの遊び場の裏山…っていうような印象の、決して楽ではないけどキツくもないアップダウンの連続で、私の心は楽しさ半分、疑惑半分(聞いていた話では岩登り斜面もあるとか…)。だけど、このお遍路の旅も残す札所はとうとうあと1つ。次第に気持ちが真剣というか神妙としてきて、いつからか誰も口を開かなくなっていた。

 女体山までの道のりはけっこう長かった。岩登りは確かに斜面は厳しかったけれど、岩場だけに登りやすく、どちらかというとそれまでのつらつらした登りの方がうんざりきた気がする。そのつらつら道は、ちょっと鬱蒼とした雰囲気で、歩きながら私は何とな〜く産道を連想した。そこでハッ! 本当、この木立ちの道は産道そのもの。女体山の産道を通ってお遍路さんは新しい生を受ける…と言われる。私のここまでのお四国のみちは、み〜んなここへ通じるためのもの…。あんなこともあった、こんなことも…といろいろ思い出が一瞬のうちにドッとめぐり、そうして私は新たに生まれ出ずることの大変さを心底実感したのだった。確か芹沢俊介(だったと思う)が出産=暴力だと言っていたけど、確かに子ども側から見てそういう1面はあると言えるんだけど、だけど生命は、人は、そんなレベルを超えたもっと大きな何かの力によってこの世に生を受けるんだと思う。だからその使命、いのち尽きるまでは生きなきゃ。月見草イメージを得て、それでも漠然とまだ大切な何かが残ってるような気がしてならなかったのは、きっとこれだ…。ここまで思ったとき、突然心の奥であっ!と叫んでしまった。今次の旅のプロローグ、あのおばあちゃんの出産話が今ここでピタッと符合して、なんだか身体に電流でも走ったような気分だった。今回の、いや私の初めてのこのお遍路旅が、私に布置された意味はこれなのだ…いのち、生。これを全身でしっかりと認識することだったんだ。木立ちの中を登りながら、思わずじわーっと感動っていうか、こみあげてくるものがあって、ひとりちょっとぢゅるっとなりました。が、やがて岩登りして女体山の山頂に立つと、連れもあったことだし涼風に心洗われて、きりっと結願へとモード切替完了。

 女体山を下った瞬間から道を間違えてしまった。少しして気がつき、戻った山道は木立ちが風に揺れ、山全体が啼いているよう。まるで別世界へとつなぐ通路みたいに。ゴォーッと風が渦巻いて、私の背中を押しているかのように感じられる。新たな世界に踏みだすために。それが「生」じるってこと…。下って下って下って、イヤんなるくらい下って大窪寺の脇に降り立った。ありゃ、あっさり生まれ出ちゃった。3人ともみんな結構あっけない感じ。でもやっぱりここは特に丁寧にお参りする。私は久々に心経をあげて、心の中で無事にここまで来れたお礼といつもの念。大学生カップルは車道を来たらしく、私たちより先に到着していて笑顔で迎えてくれ、いつのまにか彼氏の方は故郷に向けて出発していった。私としてはもう少しゆっくり余韻に浸っていきたい心境だったが、みんなUPの準備に入ってきたので、せかせかと立ち上がる。

 女子大生が「ここから1人になるので、よろしく」と合流して4人でお礼参りコースを進む。彼女と短パン課長のみが喋り続けて先頭を行く。炎天下の中ずーーーっとその調子で、私とビーン君はとっても無口。なんていうか、そんな気分じゃなかったんだよね…。まだ明日1番さんまではお遍路は終わらないんだけど、でも私の気持ちの上では実質このお遍路は八十八番で終わってしまった―――という感じで。あっけなく終わったと同時に、「まだ終わらない、この瞬間から何かがまた始まる」という感じも確かにあったのはあったんだけど、女体山までのあのクライマックスが大きすぎて、その意味もあの感覚も私に残した余韻が深すぎたのだと思う。

 今日は10番切幡寺までの予定だけど、お礼参りにはまったく気が乗らない。意思の上では1番さんまで歩き切る強い決意があるのに…。短パン課長も数日前からお礼参りについては色々と考えていたようで、私にもどうするつもりか聞いてこられた。「何だかなぁ、ずっと思ってきたんだけど、絶対1番札所ってのは不公平だと思うんだよね。たまたま関東から来る巡礼が都合いいってんで霊山寺が1番になったんでしょ。それで巡礼用品もたいてい1番で揃えて、僕のお軸だって1番の枠が2ヶ所あるんだよ。つまり他のお寺の倍納経料取るわけ。なんか商売ショーバイしてる気がしてね。ほんとにお礼参りってのは必要なのかなぁ…。」 結局その時私が他の先達さんから聞いた話を根拠に、自分は1番まで歩くと答えたので「なるほど。それも一理あるな」と課長はお礼参りコースを決断したのだった。かといって、彼ももともとお参りをしっかり…というタイプのお遍路さんではないので、10ヶ所の札所すべてに寄る気はサラサラなさそうだ。そしてそうと決めたら彼はそれに向かって、私の乗り気のなさと反比例?なくらいいつも通りの元気に満ち溢れて先を歩いている。2組の間の距離がけっこう開いてしまった。木陰で休憩して、その後女子大生は「遍路初日にお世話になった宿に遊びに行きたい」と先を急ぐことになり、猛然とスピードを上げて私たちの視界から消えていった。

 ようやっと徳島道の高架が見えてくると、やはり懐かしい想いが湧いてくる。最初の最初の頃に歩いた道を逆にたどるなんて…あれから今日まで長かったけど、でも短かった。だけど、あの頃の自分と今の自分は何かが決定的にちがう気がする。外見は全然変わってないのに―――。切幡寺の麓でついにトリオ解散。課長とビーン君の2人は坂本屋さんにお世話になる。明日は彼らはフェリーの都合でかなりの早発ちになりそうだ。もう会えないかもしれない。でも名残惜しいとかブルーな感覚は全然覚えず、私はというと次の新たなご縁を、ドキドキワクワクしながら、3年半前はあったっけ?というような新しそうな造りのお土産屋さんで待っていた。

 そのご縁とはTちゃん一家とのご縁である。このご縁を取り結んでくれたのは先述のR氏主宰のオフ会で、その時はほんの僅かな時間を共有させていただいただけだった。なのに私が今回お遍路に出ることを知るや、Tちゃんのお父さんから「結願したら家に寄ってね」とのお誘いをいただき、私も私で厚かましく喜んでお受けしてしまった次第。Tちゃんは21歳の女の子、やっと1巡を果たそうかという私にとっては大先達の1人みたいなお遍路歴をお持ちで、知る人ぞ知る有名人でもある。各札所の関係者やお遍路さんたちに、彼女の笑顔は絶大な人気を誇っているのだ。そのTちゃんがお母さんの運転する車でお迎えに来てくれた。会うなりとびっきりの笑顔で迎えてくれて、これでこの日1日の疲れはぶっ飛ぶ心持ちがする。お家に着くなりお風呂をいただいたり、Tちゃんの朱印で真っ赤っかになった納経帳や、彼女のお手製のお念珠ブレスレットを見せてもらったりして過ごした。お父さんもお仕事から戻られ、お母さんのおいしいお料理をご馳走になる。オフ会では本当に数十分程度しか直接お話もできず、ほとんど初対面に近い間柄なのに、まるでずっと知り合いだったと思わず錯覚するほどTちゃんご一家の私へのご厚意はあたたかく自然で、そして本物(という言葉は語弊があるかもしれません。でもこの言葉が一番ぴったりくるのです…。)だった。Tちゃんも一所懸命おもてなししてくれて、噂通りその笑顔は不思議に私のこころに心地よい癒しをもたらしてくれたのでした。そう、この笑顔にはどんなセラピストも敵わない。どんなことばでも仕草でも太刀打ちできない真の癒しが彼女の笑顔にはある。それはきっとTちゃんが本当に純真で100%Tちゃんだから―――。私がどんなに心理療法の技術を学ぼうが、セラピーの経験を重ねようが、これだけは絶対に真似できないと思う。この笑顔は神様がTちゃんに与えたもうた天賦の贈り物なのだ…。私にはそんな力はないけど、でも私にしかできない使命が他にきっとあると思う。それを追求していくのも今後の私の課題かもしれない、な…。

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