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掬水へんろ館のらくら遍路日記〜伊予(後)・讃岐/完結編篇
北村 香織
第5日
8月7日(火)またも晴れ…。 (61番〜土居町)

   お不動さんのお計らいパートUで朝ご飯もいただく手筈になっているので、久々に早朝ののんびりゆったりを楽しんで、食堂へ。私たち2人のために、おばちゃんは早くから立ち働いてくれてありがとう。と思ったら、もう1人分用意されてある。そういえばカモさんと私の部屋の間にもう1部屋、名前貼り付けてあったっけ。でもその女性、昨夜はまったく気配を感じなかったんだけど…。おいしい朝ご飯をペロリと平らげているところへ、彼女が現れた。まだ寝起きらしく全体的にぼぉーっとしてる。名前はとっても日本人だけど、顔と喋り方が何となくアメリカン…と思っていたら、彼女は日系アメリカ人で、大学の夏休みを利用してお遍路しているらしい。香川方面から逆に回っているのだが逆打ちではなく、電車やバスで札所の先へ行ってから順打ちのコースをたどっている。とりあえず松山まで行ってからお遍路は一旦終了の予定とか。おばちゃんが「お昼のお弁当にし」と内緒でラップとかお塩を用意してくれる。折角なので有り難く! さぁお参りだ、と思ったら、玄関でお不動さんにバッタリ。彼は車でカモさんをお迎えに来たのだった。日系の彼女のことを話すと、松山まで送っていこうという話に。

 ここ香園寺で私は子安大師さんにしっかり願を掛けておく。なぜって今朝、珍しく夢見がよくなくて、ちょっと友人(秋に出産予定)のことが心配になったから…。ついでに、いつか自分にも元気なお子が授かりますよ〜に。今すぐでなくていいから。あと1年後ぐらいでいいから。としっかり注文をつけておく。ナカムラさんが最後に会った時に「私はねぇ、子安大師さんにお陰をいただいちょります。娘も孫も…。あすこは大きな宿坊がありますけん、ぜひ泊まりなさい」と言っておられたことを思い出し、狙ったわけでもないのに宿坊にお世話になったことだし、ナカムラ号につけてもらおうとお守りをいただいた。

 お不動さんとカモさん、日系の彼女に見送られ、ここからはひとり…。今朝も暑いが、なかなか順調。が、それも64番前神寺入口まで―――。入口の石碑に腰かけたピンクのジャージの上下を着たオッチャンが手招きしている。原付バイクに荷物山積み、でっかい網まで差した野宿遍路? ちょっと立ち寄ると「お接待してくれ」<はぁ?お金ならないよ>「お金はいらん」<?>。 お参りに行くという私のザックを「見といたるから」とやや強引。なんじゃコイツ、と内心思ったりもしたが、あんななりはしてても一応お遍路さんだし<自分だけお茶飲むのもな〜、まえっか、ザック預かり代がわりに>と缶のお茶を1本あげた。すると「そんなんじゃなくて別のお接待くれ」と言う。<は?>「カラダのお接待」<はぁぁぁ?> キッパリお断りして、ついでに説教たれてやった。このピンクオヤジはどうやら関東の方から流れてきた人で、ホンマか嘘か前科者。関東ではやたらとモテて、カラダのお接待はしょっちゅうあったらしい(金毘羅さんでも?)。でも、そんなのこのお四国で通用するかっちゅーの。次元が違うねん。癒されたけりゃ自力で何か真剣に頑張らな。親鸞だってあれは真剣に念じたからこそ、観音様が変化しはったんやんか。不快感が全身に広がって、耐え切れずにUPした。クッソー前神寺気に入ったのに、あいつのせいで最悪寺になってしもたやん!!! もっとゆっくり見たかったのに…。ますますムカムカして、もう早くあいつから離れたくて、歩くスピードが我ながらすさまじい。軽トラが前からやってきて、すれ違いざまにオバチャンが「がんばって〜」と手を振りながら走り去っていった。まるで“さんまのからくりビデオレター”(日曜7時〜TBS系「さんまのスーパーからくりTV」)。これには少し心なごませてもらった。ムカムカは収まるどころか、思い出したくもないぐらいだけど、でもああいう人種ってやっぱり存在するんだよね…。快楽に溺れることでしか“癒し”が得られない奴。せっかくお四国の世界に足を踏み入れてるのに、いつか四国の本当の癒しをヤツが知る日が来るんだろうか…。不愉快なヤツだったけど、愛嬌がないわけではなかったし、本当は悪いやつではないと思う。だからいつか真の癒しを得られて、変わってほしいな―――と99%のムカムカの中、1%で思った。でも二度と遭いたくないけどね、と国道を避けて歩いていたのに…国道と合流してすぐ信号待ちをしていた時に、「おーい、オレやっぱり金毘羅さん行くわー」と手を振りながら走り去っていくピンクオヤジの後姿。遭ってもーた、最悪…。しかも全然懲りてへん…。なんかがっくりきて、力が抜けていった。

 定休日のお弁当屋さん前でダラ〜ンと休憩してから新居浜市突入。チャリンコ中学生の「がんばってくださーい」に<ありがとーっ!>と手を振って、旧道をひたすら進む。小学校の校門前で例の如く脱げるもの全て脱いで休憩していると、スーパーカブのおじちゃんが停まり、ちょっと世間話。2000円のお接待を握らせて去っていかれた。ちょうどその時トイレに行きたいところだったので、あんまり丁寧にお礼言えなくてごめんなさい。プールのトイレを借りて戻ってきたら、車で通り過ぎる際にドライバーの女の人が一旦停止して会釈をして下さった。こういうの、すごくうれしい。身体と相談して時間を計算し、今夜のお宿は土居に入ってすぐの旅館が第1候補。喜光寺商店街のアーケードを、携帯で予約の電話しながら歩いているところにおばちゃんから500円玉のお接待。これも握らせてくれる感じで、こんなマナーの悪いお遍路さんなのに…。旅館はおじいちゃん夫婦が調子が悪くて娘さんが切り盛りされているらしく、食堂の方は閉めているとのこと。近くのスーパーで夕飯は買ってきて下さいと言われ、私にとってはかえって好都合。宿が決まったところで気が緩んだのか、またまた暑さに参ってきた。陰がないので酒屋さんの小さな庇の下で休憩。靴下を脱いだら、いつものように脚が真っ赤っか。いつもみたいに痒くはないんだけど、これがすごい熱を帯びていて、このところ夜になると決まって熱くジンジンして眠りにくい。相談がてら京都の師匠の研究室に電話してみるが、留守電…。国道にぶつかると、ますます全身がだれてきた。足の裏も今日はとっても痛い。へろへろ歩いて、国道脇の喫茶店の駐車場の隅で休憩。お店から出てきた若いお母さんとちっちゃな兄妹、お母さんが最中をお兄ちゃんに渡し、彼からその最中をお接待いただいた。年の頃は私と大して変わらないだろうに、すごくすてきなお母さんなんだろうな。私も子どもを持てたらああなりたい。車のリアウィンドウから兄妹が覗いているので手を振ると、2人揃ってかわいい手を振ってくれる。見えなくなるまでお互い振り続けた。さっそく頬張った最中のおいしいこと…。あの母子の姿を想うと泣きじゃくりたい衝動に襲われ、でもこらえてはらはらと涙を流しながら食べた。

 そこから旅館までの道のりの長かったこと。国道を大して距離はないはずなのに、足の裏が痛くて痛くて、ようやく着いたのはいいが、スーパーってどこ? 女将さんに聞くとなんとずいぶん手前のスーパーのことで、この近辺には食料品店はないみたい。食欲ないからいいや…と思っていたら、女将さんが「うちの晩ご飯でよければ一緒にどう?」と言ってくださり、ついお言葉に甘える。お風呂も水の質が違うようで、日焼けした肌にはピリピリきたが、水切れがとてもいい。後で聞けばセラミックを通したお水だとか。ご飯もすっごくおいしくて、なんとお代わりまでいただいてしまった。食事中、女将さんが傍らで色々話をして下さる。お遍路さんも様々で、ここまで来てもまだ宿やお寺の文句をたらたら言う人、逆に感じがやわらかになって感謝の念に溢れている人…色々いるというお話。この女将さんは心理学にも大変興味がおありで、そういう話もたくさんできた。満ち足りた気分で床につく。と、香川のメル友FさんからTEL。明日はお休みなので一緒に歩きたいとのこと。何だか今回の旅は、次々と同行に恵まれてありがたい。

 

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