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掬水へんろ館のらくら遍路日記〜番外篇:石鎚山の布石
北村 香織

7月22日(日) 晴れ 「ネコでも登れる瓶ヶ森?&松山ビックリ大作戦」

 深夜から何度もギィやんに起こされ、ブーブーうるさいので仕方なく遊んでやったりしていた。昨夜は結局雨は降らず、少し小屋の近くを散歩させてやったのに…。今朝は3時半頃起きて、瓶ヶ森に星と御来光を拝みに行こうとみんなで言っていたのだが、私はギィやんの相手が祟ってどうしても目が開かず、お不動さんは大きなイビキをかいていて、シンジョー君だけがトライすべく出て行った。(相方は私が寝入るのと入れ替わりにギィやんの餌食になり、シンジョー君が出発した時は表でギィやんを遊ばせていたそうである。)私がはっと気づいた時はすでに空が徐々に白もうかという頃。とりあえず外に出てみると、すぐにお不動さんも出てきて、相方の傍にはギィやんまで勢揃い。そこへシンジョー君が帰ってきた。「ひとりでけっこう行ってみたけど、道がわからんよーになって」。そこで4人と1匹で瓶ヶ森御来光ツアーに出発。

 ギィやんはすぐリタイアするだろうと踏んでいたのだが、意外なことにどこまでもどこまでも必死に鳴きながらついて登ってくる。幸い人も他にいないし、この道はなだらかな上、低い熊笹か何かで左右が覆われていて、実にギィやん好みの道であった。普段から自分ひとりだけが置いていかれることを異様に嫌い、一家で散歩するのが大好きな彼。今朝は思う存分外を満喫できる上、みんな一緒に歩けるのがたまらないみたい。とはいえ、もともと瞬発力はあっても持続力の弱いネコ種、15分ほど経つと段々足取りが重くなり、一番後ろからのろのろ歩いては時々ドタッと転がっていたが、さらに登りがキツくなってくるとついにドタッとなったまま起き上がらなくなった。仕方ないので駆け寄り、相方が抱っこして歩き出すと途端に「下ろせ、下ろせ」とばかり暴れて、結局そこからもう一踏ん張り自分の足でついに瓶ヶ森頂上の土を踏んだのだった。これにはもうビックリ。超ビビりで甘えたで好奇心だけ旺盛なヘンなネコ…との認識にプラスど根性もつけてあげよう。

 御来光は出発の時点でかなり時間的に難しく、予想通り間に合わなかったのだが、薄紅色の空と周囲のパノラマが拝めてこれ以上の贅沢は言いません。その心がけが良かったのか、ふと見るとなんと前方に虹の輪っか…その中に映るのは私たち…。<あ、ブロッケン!>思わず声が出た。そう、まぎれもなくこれはブロッケン現象という滅多に拝めないもの。お不動さん曰く、昔の人が神を見たとかいうのはきっとこれもあるのでは…というほど神々しい光景でもある。私たち一家にとって、本当にうれしく貴重な思い出のひとコマとなった。ただ残念だったのは誰一人カメラを持って登っていなかったこと…。でもだからこそ、あんな格別のプレゼントをいただけたのかもね。

 瓶ヶ森からは別のルートでぐるっと周辺を散策しながら小屋へ帰る。途中ポイントポイントで眺めを楽しんだり、ゆっくり歩いたのでトータル2時間ほどのロング・ウォーキングだったと思う。ギィやんはあちこち鼻を突っ込んだり、カメラ愛好家にビビったりしながらもしっかりついてきて、本当によく頑張って歩いたと思う。途中水の飲める小川に寄るときには、一番後ろのギィやんが突然薮まみれのショートカットコースを主張して動かず、結局人間様全員が彼に従ってコースアウトする事態も。小川に直接口をつけるのをためらうギィやんは、なんとお不動さんに手ですくってもらった水を飲んだ。あのお不動さんにそうまでしてもらうとは、彼はなんて奇特なネコなんだろ〜。小屋に戻っておいしい朝ご飯をいただいて(ギィやんは部屋でひとり待機。ご飯のいい匂いに猛抗議していた)、おっちゃんと一緒にみんなで記念撮影。おっちゃん、お不動さん、本当に素晴らしい週末をありがとう。駐車場までの道を今度はギィやんは自由に歩かせる。此処が気に入ったようでまだまだ遊ぶ〜というギィやん、おっちゃんに「お前ここに残れ。ワシが立派な山猫にしちゃる」と言ってもらったのだけど、さすがに独り残されるのは我慢ならず、みんなが歩いて見えなくなると慌てて鳴きじゃくりながら後を追ってきた。早くも夏空が広がり、目に入る景色は何もかも雄大。今日は石鎚のピークもくっきり姿を見せてくれる。私たちには珍しく写真を撮りまくってしまった。

 名残惜しいのはやまやまだけど、今日中に私たちは帰らないといけないので一路松山市街へ。来た時同様、お不動さんの車の後ろをついていくのだが、なんだか行きしよりもお不動さんの車がフラついている? まぁああいうテクニックなのかな〜程度に私たち夫婦は呑気に考えていたが、後でシンジョー君に聞いた話だと、お不動さんは寝不足の上あの早朝ウォーキングで体調があまり良くなかったよう。シンジョー君が助手席で必死に話題を振っていないと今にも寝そうで、「ホンマこわかった〜」という切実なドラマが実は前の車中では展開していたのだった。

 残るイベントは「ビックリ大作戦 シンジョーの巻」。早朝すでに到着しているはずのカモさんとは、道後のふなや旅館で作戦を決行する手筈になっている。旅館に着き、ロビーでくつろぐ私たち…そこへカモさんがにゅ〜っと現れ、シンジョー君は目が点。大成功。ま、ちょっと怪しいとは思ってたみたいだけど…。「だってお不動さんが『ちょっとここに座ってくつろごうや』とかってヘンやん。でもすっかり騙された〜。」それは純粋なキミだからだよ…。高級旅館の高そうなお膳をお不動さんにご馳走になって、今夜はここに泊まるカモさんとシンジョー君(もちろん部屋は別ですよ!)、地元民のお不動さんに見送られて私たち一家は松山道へ。帰りは特にひどい渋滞もなく、順調に奈良まで走れました。ギィやんも疲れておとなしく寝てくれてたし…。みなさん、本当にいい思い出をありがとうございました。


 後で考えたら、石鎚山は札所こそないものの、山自体が60番横峰寺、64番前神寺の奥の院になっている。若き日の空海が修行した霊峰でもあり、第5次で松山まで打った私が次の旅との間のこの時期に石鎚さんに登り、しかも不思議(と自分では思うよう)なことも体験したのは、決してお遍路旅と別モノではなく、これはまぎれもなく私のお遍路の1札所だったと思う。そしてこの度の体験も、次回の私のお遍路最終章に確実な布石として、私はその意味を次の道中で知ることになったのだった…。

(H14.5.24/当時を回想して執筆)

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