掬水へんろ館目次前日翌日著者紹介
掬水へんろ館のらくら遍路日記〜土佐・修行道場篇 (本篇T)
北村 香織
第5日
8月8日(火) 晴れ

5時起床。早々に出発したかったが、パッキング等に意外にも手間取り6時UP。早朝の空気の爽快さに歩調も軽い。中岡慎太郎の故郷・奈半利の海沿いを行きながら、昨日思った「こころと身体との距離」について考えてみる。例えば精神症状はこころと身体の距離が一致せずに開いたところに出てくるのではないか、とか。心身症がその典型で、他の症状も含めて実はそれらの間の距離は不即不離だから身体に症状が現れるのだけど、意識のレベルであまりにも離れすぎるとその隙を無意識が突いてくる…というような。精神的な病態レベルの軽重では言えないし、結局それ以上考えがまとまらなかった。8時を回って徐々にHeat Up、そして通勤の車が国道に増えてきたからかもしれない。

安田町に入り、いよいよ神峯寺に向かって国道から山裾集落の方へ入ると今回最大の山登りが待っている。往復同じ道なので、ザックはふもとに置いて行きたいと思い、ある民家の庭師衆に置ける場所を聞いてみるとガレージで預かってもらえることになり、大助かり。28番へと続く分岐から脇に小川の流れるちょっと懐かしい風景の中を高度を徐々に稼ぎながら登って行く。広くはないがしっかり舗装してあり、マイクロバスやタクシーが何台も上から下から通り過ぎる。荷物がないのにけっこうキツイ。途中、道端に両足を伸ばして座り込み、何度も休憩した。3分の2ほど登った辺りで早足君が下りてくるのに出会った。遠く山のてっぺんに見える建物がお寺かと確認すると、それではなく、もう少し下にあるとのこと。気は抜かずに、でも少しほっとして登り続ける。この辺からは車道を少し行っては遍路道を登る…を繰り返しながら行き、だんだん眼下一面に手前が黄金色の田んぼ、奥が青い青い太平洋が広がり、室戸の岬が遥か遠くこんもりと突き出ているのが見える。若干うれしくなったが、相変わらず先の見えない急カーブの連続にうんざり。ようやっと駐車場まで来ると、大型タクシーを降りたおばちゃん遍路さん達と一緒になった。が、お寺まではまだ1qほどあり、また手前まで車で行くお遍路さんもいて、おばちゃん達はそれを見てブーブー。確かに同じタクシー会社だったので気持ちは分かる。

10:40 27番神峯寺着。山の上にあるのにかなり広く立派。ここのお水は有名らしく、ポリタンクも売っている。お参りに当たって手と口を濯ごうと滝にしつらえた水場に行くと後ろから団体遍路のおばちゃん達に押しのけられ、なかなか水に届かない。人込みがもともと苦手なので離れて待ち、やっと途切れて水を口に含むと冷たくて本当においしかった。本堂、大師堂はさらに石段を登った上にある。そんなに長くはないが、人が多くてうっとおしかった。お参りを終え納経を済ませると、納経所のおばちゃんが歩きの人にはお接待しているとのことで芯まで冷えた大きなスイカをご馳走になった。めちゃめちゃ美味で元気回復! お手洗いを済ませたところにTさんが登ってきた。彼は毎日朝3時、4時頃から歩いているらしい。宿泊りの日は午後早くに入って休み、また朝早く歩いて私が夕方稼いだ距離を取り返しておられる。それも良い手だが、私は日が長い分ついもったいなくて歩いてしまう。でもTさん曰く、早足君でも私でもTさんでも結局同じ距離をそれぞれのペースで進んでいつも顔を合わせており、距離的には一緒だと言う言葉には確かに納得させられる。11:20 UP。

同じ道を今度は跳ぶように(?)下る。川べりの28番への分岐手前で早足君の同級生に会う。こちらも人懐っこい子で礼儀正しくよく喋る。私の翌日に東洋大師の通夜堂に泊まったらしく、私が書き残したノートも読んで「サンダル流出事件」も知っていた。体調を崩してそこで早足君と別れ、なんとか追いつくべく頑張っている様子。早足君の情報も伝えて互いの健闘を祈ってそれぞれの道へ。12:20 ザックを置かせてもらっているガレージ着。お礼を言ってUP。

今夜もテント泊りの予定。しばらくろくなものを食べていないので、少し贅沢してスタミナをつけようと国道沿いの食堂(ドライブイン27)へ。お冷やがおいしい。うな丼をオーダーするが、貧食による胃の縮小のせいか食べきれない。味噌汁をすすると塩分欠乏のせいなのか体中にじわーっと沁み、震えてしまった。久々の冷房は最初はパラダイス気分だったのが、すぐに寒気すら覚えてきた。清算を終え荷物を取りに奥の席へ行くと、Tさんが入ってきた。1:15 UP。

国道は所々工事中の箇所があって、ここの現場はかなり長い距離が片側通行。そしてここだけでなく徳島、高知の大抵の大掛かりな道路工事では、歩き遍路に対して警備員が誘導してくれる。これは四国では当たり前のルールなんだろうか? 中でもこの現場はとても手厚くて、半分ほど行ったところで対向車もいないし一気に渡ろうとしたら、最初の誘導係と別の人が迎えに来て、そのまま同じ車道をリレー誘導されてしまった。これにはビックリ。でもこれが当然の決まりごとだったら、そして遍路以外の歩行者全てに対するものだったら、こんなに温かい工事現場ってない。四国以外の地域では少なくとも私はこんな経験はしたことがない。

3:00 道の駅着。木のベンチで海を見下ろしながら一眠り。3:30 UP。今日はアセモ対策のためジャージの裾を膝までまくり上げて歩いていたが、日焼けしたらしく西日が痛い。歩いても歩いても全然距離が進まないような気分になってくる。これが誰かが言っていた野宿のツケかもしれない。今夜もテントの予定だし、確かに疲労はたまっている感じ。こんな時はお風呂に限る。某人から安芸市街に銭湯ありとの情報をもらっており、地元の人に聞きながら、「風呂」の2文字を糧に頑張る! いつもの倍ぐらいの労力を使って(?)やっと「元気館」到着。これは比較的新しい市の施設みたいなところで、駐車場や敷地も公園並みに整備されており、今夜の野宿ポイントにも最適。喜び勇んで入ろうとするも自動ドアが開かない。まさか…と思いながら別の入り口前で掃除のボランティアさん達に聞いてみると、5時を過ぎると自動ドアが閉鎖になる事があるとのこと。ほっとしたのも束の間、やっぱりこっちの入り口も開かず、どうも休館日のようだった。かなりショックで気が抜けた状態で同じ人に別の銭湯のことを尋ねると、すぐ近くの角にあるとの返事。助かった…と思いつつ行ってみるもよく分からず、花屋のおばちゃんに聞いてみると、なんと先日閉店したとのこと! あんまり気落ちした表情をしてたのか、おばちゃんが「家が近かったら家のお風呂に入ってもらえるんだけど…」と残念そうに言ってくれた。それでほんのちょっとだけ気力を振り絞ることができ、とりあえず旧道を西に向かって歩く。でも精神的支えが消滅し、しかも野宿先もこれから探さなければいけなくて、陽も落ちかけてきた今、これ以上歩いてどこまで行けばいいのか…。こんなことで馬鹿げてると思うんだけど、どうしても顔が上がらず、もう少しのところで涙がこぼれそうだった。

閉店前のスーパーでメロンパンとりんご果肉入りヨーグルトを買い、公園のような所を探して住宅街を抜けていく。しばらくするとなかなか良さそうな場所を発見。市民センターみたいなところで、敷地にきれいなトイレとテーブルセット、地面は石畳と人工芝で主要道路から内に入った最高の環境。センターのおばちゃんに許可をもらい、さっそくテントを張る。センターのおばちゃんがご厚意からお宅のシャワーを使ってよいと言ってくれる。これには感激。が、またチョロチョロ水で洗濯していると道を挟んだ向かいのお好み焼屋「ふじ」さんのおばちゃんが、これまた「うちのシャワー使い」と言ってくれ、時間の関係もあってセンターのおばちゃんに断りを言って「ふじ」さんにお世話になる。熱めのお湯でサッパリ(日焼け部分には沁みたけど)。ついさっきまでのあの"泣きヘコミ"が嘘のよう。ご夫妻本当にありがとうございました。やっぱり神さん、お大師さまは見てはるんやわぁ、などとゲンキンに思いながら、テントに戻って夕食。メロンパンを3分の2ぐらいしか食べられなかった。

センターのコーラス教室か何かの声をBGMに、テントに転がって日記を書いていると微かに猫の鳴き声のような音が…? ついまた猫語で反応すると、痩せっぽちのキジトラがダーーーッ、摺り摺り。むちゃくちゃ人懐っこい。まだ4ヶ月ぐらい? とにかくこの猫、私がトイレだろうがその辺だろうが行くとこ行くとこ擦り寄りながら付きまとい、とても真っ直ぐに歩けないほど(一頃のギィやんみたい)。とうとう根負けしてメロンパンの残りをやると、「もっと、もっと」とせがんでついに平らげ、満足は一応したようだったが、まだくっついてくる。困ったけど、今夜だけの縁だからこれ以上懐かれてもお互いツライ…と敢えてテントにもぐり知らん顔をした。が、諦めては来、を繰り返して終いにはテントの網戸をがりがり、「入〜れ〜て」とばかりに甘え鳴く。無視しても脇や後ろに回りこみ、しつこく入ろうとトッシンしては撥ね返っている。それで私は彼(?)をトッシンならず「トッティ」と名づけた。結局彼は諦め、でもどうも10m離れた石塀にくっついて、私を待機しながら寝ていたらしい。。。

本日の歩行距離: 29.7km
四国遍路目次前日翌日著者紹介