掬水へんろ館談話室メール
掬水へんろ館 遍路トピックス [2002.6.2]
精神科医を目指す2度目の大学生Nokoさんの遍路日記
by くしまひろし

    化学者を目指して進学した大学院を中退し、精神科医を目指して医学部で2度目の大学生生活を送る1976年生まれの女性Nokoさんの遍路日記です。2000年9月に1番から19番まで回り、2002年3月に残りを回ったとのことで、ホームページには2002年3月の日記が掲載されています(一部未完成)。

    Nokoさんは、「『自分の考え』なるものをはっきりさせるために、考えていることを文字にする」ことをサイトの目的として掲げるだけあって、遍路日記も単なる行動記録ではなく、無駄のない文章で日々の体験から心の動きを語り、また鋭い分析を示しています。

    車や自転車ではなくて、歩いて巡拝すること、それによって得られるものはなんだろうかと、考えながら歩いていた。 その一つは、音であるかもしれない。 (03月15日「耳を澄ます」より)

    僕は今までこういう側面には気がつきませんでしたが、言われてみると確かにその通りだと思います。妻を初めての歩き遍路に連れ出したとき、携帯ラジオで熱心にシドニーオリンピックの中継を聞いているのを見て、僕は何か遍路の大事なものが欠落してしまうように感じながら、うまく表現できませんでした。今思うと、このことだったんだと思い当たりました。

    札所で「スタンプラリーではありません」という掲示を繰り返し見るうちに、遍路も半ば、「そうだ、写経をしよう」と思い立ち、コンビニで買ったサインペンで3日がかりで最初の写経が完成。鎌大師で手束妙絹尼からじきじきに写経の作法を教わるくだりは、うらやましい光景です。

    ところで、この『淡々としていなくもない日常。』というサイトには、「私的辞書」なるコーナーがあります。「一人旅(ひとりたび)」には「関係を場面場面で終結させていく、日常のしがらみとは対極にあるあり方。」という凝った定義を示しているのに対し、「遍路(へんろ)」には「四国の寺にお参りしながらひたすら歩くこと。 」という凡庸な説明で終わっています。「それ以上のことは、言葉では表現できず、体験するしかあるまい」ということなのかもしれません。

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