掬水へんろ館著者紹介
掬水へんろ館空海の道を歩く、新緑の焼山寺越え
(c) 1999 宮田右延

徳島市の宮田右延さんから、11番から12番まで歩いた感想と、道中の最新情報が寄せられました。このコースは、発心の道場「阿波」の遍路道のハイライトです。鮮明な写真や地図、高低図まで入った宮田さんの力作です。ありがとうございました。

 四国へんろ道、焼山寺越えは四国88ヶ所中随一の難所として知られている。その道の険しさは「へんろ転がし」とよばれ、現在も遍路泣かせの道である。
 空海も歩いた15Kmあまりの道は、歩くしかなかった時代のへんろ道の雰囲気をよく残している。また、雑木の林から尾根を伝い、杉の林や谷を渡る変化に富む山道は、里山トレッキングのルートとしても十分楽しめる。
 健脚でも5時間、並足で6時間、弱足で8時間を要するこの道は脚力を競う道ではない。自然や自分自身と向き合うための道である。さあ、遍路に感心のある方もない方も、空海も歩いた道を歩きましょう。

 4月29日はみどりの日、気温は低めで、北よりの風がやや強い。午後には抜けるような青空が広がり、一年の内でも何度もないすがすがしい天気となった。暑くなく、寒くなく、新緑にそよぐ風がとてもすがすがしい一日でした。玉ヶ峠越えは苦しかったが、予定のコースを時間通りに踏破できて、心身ともにリフレッシュすることができました。


●アプローチ

 JR徳島駅発8:10に乗車し、列車は途中ですれ違いのために時間待ちを繰り返し8:50過ぎに鴨島駅に着いた。鴨島駅から藤井寺まではタクシーを利用した。
 タクシー運転さんの話では、歩く遍路がずいぶん増えたが、タクシーを利用する人が少ない。また、明石大橋の開通で車で巡拝する人が多くなって、11番から12番へタクシーを利用する人が少ない、という景気の悪い話でした。10分足らずで藤井寺に着いた。境内には10人くらい参拝者がいたが、これから歩いて焼山寺を目指す人は残念ながら見あたらない。

●藤井寺から長戸庵へ

 9:00ちょうどに藤井寺の境内脇より登り始めた。
  薄暗い谷沿いの道から、急な偽木の階段を登り、農道に出て、25分ほどで端山休憩所に着いた。ここには東屋があり、北に鴨島の町並み、吉野川、北岸の町々、阿讃山脈がよく見晴らせる。今日は空気が澄んでいるので山の緑と空の青さが一段と鮮やかである。

端山休憩所からの遠望
端山休憩所からの遠望

 端山休憩所を過ぎると本格的な山道になり、ここからはズーと山の中である。
 両脇から雑木が覆い被さった谷筋の滑りやすい岩の道をひたすら登る。ツツジの花の盛りは過ぎたようだ、それでも三つ葉ツツジの赤が鮮やかだ。しばらく登って歩きやすい道になり、尾根を回り込みながらどんどん登る。野仏が次々に現れる、優しい顔、怖い顔と表情が様々だ。シャガの花の中の野仏が絵になっていた。途中で山菜取りのおじいさんに出会ったがあいさつだけ。
 休憩しながら備え付けの雑記帳を読む、18歳の若者の記述に「予想以上にきついが、最後まで頑張ります。」とある。焼山寺までは、まだ4分の1の地点である。

シャガの花の中の野仏長戸庵
シャガの花の中の野仏長戸庵

●長戸庵から柳水庵へ

 長戸庵からは竹林や雑木林を通り比較的平坦な尾根の道を登る。やがて道は杉の森へ続き、偽木の階段がくねくねと、かなり続く。勾配はさほどでないが階段に歩幅が合わず、歩くリズムがつかめず少々疲れる。道は突然に林道に出て、遠くの山並みが見渡せる。巨大な送電用鉄塔に風がうなる。300mほど林道を進み、再び細いへんろ道に入る。やがて道が平坦になり、岩場を回り込んで石段を下ると柳水庵である。冷たいわき水でのどを潤し、ベンチで一休み。

 柳水庵の主人の話では、今日(4/29)は10人以上が歩いて通ったらしい。接待は遍路だけ、ハイカーはあいさつだけのようだ。途中で犬をつれたハイカーに出会った。

●柳水庵から一本杉庵へ

 柳水庵からは県道を横切り、尾根伝いに作業道を登る。へんろ道を拡幅して木材搬出用の作業道とした様子。見晴らしはよいが、細いへんろ道のままにしておいて欲しかった。道を覆う樹木がないので夏はずいぶん暑いだろうし、山土がむき出しの坂は滑りやすく歩きにくい。
 別の林道に出て、そこから再び細いへんろ道に入る。山道にヨイショと前屈みで踏み出したその時、目の前にヘビがいた。あまりにも目の前にいたのでびっくりして、後ろに飛び降りた。今年始めてみるヘビである。小枝でつついても動きが鈍い。

 ここからは杉の林をくねくねと登る。石がごろごろしていて足下が悪い、ひたすら登る。
 やがて、コンクリートの階段の先に杉の巨木を背に大きな空海像が現れる。ここでは空海像を逆光でまぶしく仰ぐ形になる。息が苦しい、足が痛い、のどが渇いたと思いながら登ってきたことや、諸々の雑念も全て見透かされているような気がする。誰が考えたのか、この宗教的仕掛けは非常によくできている。
 
 階段の下から空海像を写真に納めようとしたが、何度押してもシャッターが下りない。一瞬、写真を撮らせまいとする念力でも発せられたのかと思った。庵のベンチに荷を降ろし予備の電池に入れ替えて写真に収めた。それにしてもなぜか逆光なのにフラッシュが光らなかった。「一枚とらせてください。」と、先に頼めばよかった。

杉林のへんろ道一本杉と空海像
杉林のへんろ道一本杉と空海像

●一本杉庵から焼山寺へ

 一本杉庵からは急な下り坂である。向かいに焼山寺山がよく見え、遠くに鐘の音が聞こえる。
 作業道に出たところで日陰の草の上にシートを広げ昼食にした。靴も靴下も脱いで足を休ませた。30分ほど休憩し、再び歩き始める。急坂を下り左右内の集落に出た。民家の裏を通りアスファルトの道に出て谷に下りていく。今日は飼い犬が吠えない。いないのかと覗いて見たら、いるにはいた。

 梅畑を通り、谷川を渡り、再び登りにさしかかる。ここからは焼山寺まで50分を要する、先の30分が胸突き八丁の難所である。息が上がってしまわないように何度も止まり、息をつなぎながら上る。いったん作業道に出て、また上る。そしてまた作業道に出れば、後は20分程で焼山寺である。駐車場からの参道に出て山門までは100mあまりである。杉の巨木を見上げる、はるか山並みの向こうには海までみえる。車での参拝もここまで来るのは大変なのは確かだ。

 石段を登り、山門をくぐり杉の大木の参道を上り、鐘楼脇のベンチに荷物を降ろす。力一杯鐘を突く、鐘の音が気持ちよく響く。大師堂に向かい簡単に参拝し、境内角のベンチで一休み。しばらく境内の様子をぼーっと眺める。本堂や大師堂には参拝者が入れ替わり立ち替わり訪れ、ローソクに灯をともしたり、般若心経を唱えたり、写真を撮ったりにぎやかである。

へんろ転がし焼山寺山門
へんろ転がし焼山寺山門

《余談:焼山寺の鐘の音》

 吉野川北岸から見る四国山脈は三層に重なり東西に連なっている。三層が青いグラデーションとなり一番奥の山並みは空にとけていた。里に雪が降れば一番奥の峰に白いものがいつまでも消えずに見えたものだ。少年の頃、その青い山脈をいつも眺めていた。
 山の向こうに何があるのだろう、修験者の住む山寺があるらしい。夕暮れに時折聞こえる鐘の音、それは南の空から聞こえてきた。焼山寺の鐘の音とずーと思っていた。

 実際は焼山寺の鐘の音は到底とどく距離ではないので、たぶん藤井寺の鐘の音であったのであろう。しかし、現在は車の騒音やらでそれもとどかないだろう。
 吉野川をはさみ、藤井寺の対岸がちょうど8番:熊谷寺になる。熊谷寺から南に見える四国山脈を仰げば、焼山寺への道の険しさを覚悟させられるだろう。


●焼山寺から鍋岩へ

 焼山寺からの下りで、歩きの女性のグループを2組もみた。男性の歩き遍路はどことなく寂しい感じがするが、女性の歩き遍路は明るく元気がいい。
 焼山寺から鍋岩への下りは石ころだらけの急坂である。滑らないように歩幅を小さくし、注意しながら下る。ここの下りは結構疲れる。25分ほどで杖杉庵に着く、杖杉庵の前の道は拡幅工事で庵の雰囲気が台無しだ。梅畑に通じるへんろ道もとぎれている。杖杉庵のすぐ下の梅畑の中を通り、暗い杉の森を抜けて車道に出て谷を渡り鍋岩のバス亭に着いた。

●鍋岩から玉ヶ峠へ

 鍋岩からのルートは複数あるが、地道の多い玉ヶ峠コースをたどる。
  鍋岩のバス停から県道を数十メートル下ったところから細いへんろ道に入る。道は民家の庭先に出て、谷を渡り谷沿いに舗装され林道をどんどん登っていく、焼山寺を下れば後は気持ちのいい峠道を期待していたのに、この急坂は予想外だ。

 やがて林道が左に大きく曲がったあたりで、へんろ道は細い登山道になり急坂となる。遍路の掛け札に励まされ、一歩一歩息をつきながら登る。焼山寺越えには難所ポイントがいくつかあるが、ここが最も長くて急できついと感じる。後どのくらいあるのか考えないようにして、ひたすら登る。道は突然に林道に出て、100mほどで峠である。峠には庵があり、よく手入れされている。ここで一休み。

●玉ヶ峠から駒坂へ

 峠からはコンクリート舗装の急な下り坂が続く、コンクリートの道は疲れた足にこたえる。
 眼下に鮎喰川の流れ、遠くには新緑の山並み、その向こうには海まで見える。
 点在する民家や杉の林をくねくねと下っていく。この下りが一本調子で長くてつらい。バスの通る県道までが長かったが、適度な下り勾配が自然に歩を進めてくれて神山町阿川に着いた。
 神山町阿川から、へんろ道は鮎喰川を南岸に渡り、民家や山際を通り駒坂へと通じる。

 一年のうちにも何度もない、こんな素晴らしい天気の日に、山道を一人で苦しく歩んで、何が楽しいのかと自問しながら、歩くペースもダウンし、新緑や川の流れや真っ青な空を眺めながら歩んだ。やがて答えのないままに駒坂の橋に着いた。

 駒坂橋は木橋で大水が出れば流される仕組みになっている。木の橋桁はワイヤーで結ばれていて水が引いたら元に戻すのだろ。橋のたもとの岩の上に腰掛けて一休み、バス停はすぐそこである。

新緑の山並みと鮎喰川駒坂の流れ橋
新緑の山並みと鮎喰川駒坂の流れ橋

●帰途(駒坂から徳島駅へ)

 駒坂でバスを待っていると、50歳過ぎで細身の歩き遍路の方がやってきました。焼山寺に泊まる予定であったが、早く着いたので時間がもったいないので下りてきたとのこと。藤井寺を7時に立ったそうだが、焼山寺でも見かけなかったし途中で追い越してもいないので違うルートを通ったようだ。

 その方の話によると納経のために写経を50枚用意してきたそうだ。4月28日にフェリーで徳島入りして、5月9日までの間に松山まで行くとのこと。それにしても1番から歩き始めて2日目の夕方に13番の手前まで来るとは速い。

 バスは18:06に時刻通りにやってきた。バスは行者野橋のたもに停車し、運転手は遍路の人に、大日寺へはここから歩いて1時間ほどである。橋を渡り左にとればすぐに徳島市に入る、大日寺を経由するバスを待つ時間があれば歩いた方が早いだろう、と丁寧に説明し、気をつけてお参りするようにと言って、再び走り出した。

 バスは童学寺トンネルを経由して時刻通りに19時過ぎに徳島駅に到着した。


●ルート、時間、距離、標高

 藤井寺から焼山寺を越えて、ふもとの鍋岩まで15.7Km,2回の休憩と納経の時間を含めて6時間30分といったところでしょう。かなりきつい登山となります。
 背中の荷物や天候により体への負荷はかなり変わると思います。足の具合や天候や体調が優れないときは、無理せずに予定の変更も必要と思います。

地図コース図

●攻略ポイント


高低図

《注記》
標高、距離は25000分の1の地形図や歩数計等から測りました。誤差があることを見込んで参照下さい。


●残念に思ったこと


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