掬水へんろ館談話室メール
掬水へんろ館メールボックスから

北九州市の川西芳弘さんからのメールです。

2002.1.13 川西芳弘さんからのメール
はじめまして
 私も今はやりの、「定年遍路」の一人です。
一昨年半ばから、間近に迫った定年退職後に何をするか、試行錯誤していました。
NHKの遍路シリーズを時々見ていて、もう一度四国に行ってみたいなあという気持ち
が育っていました。「もう一度」というのは、実は30年程前、仕事の関係で7年半
ほど住んでおり、年数から言えば、第二の故里であり、しかも当時仕事の合間や休み
を利用して、八十八ヶ所を結願していたからです。
 しかし、当時は単なる「記念に」という気持ちでしかなく、今の動機とは全く違い
ます。
 ともあれ昨年初から、3ヶ月間関連の本を読んだり、インターネットで遍路の実践
者の体験談を読んだり、「同行二人」の本を入手して、地図とにらめっこしながら、
具体的なスケジュールを少しずつ作って行きました。退職後に5月から歩き始めよう
と決意し、私の送別会の時にも、宣言しました。不言実行型の私にしては、後で「し
まった言わなければよかった」と後悔しきりでした。それは計画を具体化するにつれ
て、毎日30km果たして歩けるのか。という不安でした。過去30kmを二回だけ歩
いた経験があり、完歩した後のマメだらけで歩けなくなったことを、思い浮かべたか
らです。
 でも言ってしまったことだから、とにかく行こうと心に決めました。本当は4月か
ら行くつもりでしたが、退職後のいろんな社会保険の手続きや、さらに経験談を読ん
だ中で、各札所の本堂と大師堂に般若心経の写経を一枚ずつ納めた話があり、それを
実行しようとしました。しかし、中学校以来筆を握ったことがない私に写経は大変な
労力でした。慣れても一日1枚かせいぜい二枚しか書けません。結局5月の出発まで
に60枚程度書き上げて見切り発車したのです。今回は徳島県だけの区切り打ちにし
ようと。
 5月6日出発し、5月12日に薬王寺を終わり帰宅。
 帰ってから、マメだらけの足が、ふつうの状態に戻るまで10日位かかった。それ
から次の出発予定の9月中旬までは、靴の選択と写経と足の鍛錬の毎日です。
 そして9月21日出発し、相変わらず、マメと暑さに戦いながら、途中松山を終っ
て、ハローワーク行くため一度九州に帰り、台風が過ぎるのを待って、4日間置いて
10月19日早朝から円明寺から始めて、10月29日満願して帰路に着きました。
 二回目に行く前に貴殿の遍路記を読み、スケジュールの基本にさせていただきまし
た。いままた、もう一度貴殿の紀行文を読んで、貴殿のきめ細かい観察、几帳面な記
録、人との積極的な付き合いは敬服します。
 貴殿が泊まられた「とーべや」さんでは、ご主人が一人で賄ってくれました。栄家
さんは貴殿が受けたとおりの素晴らしい心配りだったです。また高知の安宿は多分同
じ部屋(一番奥)に泊まったようです。
 八栗寺の岡田屋さんも階下(?)の二間続きの部屋でした。
 潜在的に既に「四国病」が、発病していますし、旧友からも「連れて行け」と言わ
れているので、再び挑戦することも近いようです。
 少々長くなりましたが、これからもよろしくお願いいたします。

戻る