掬水へんろ館談話室メール
掬水へんろ館メールボックスから

大阪府茨木市の久岡恒則さんからのメールです。

なんとなく遍路という言葉に引かれて、歩き始めた大阪府茨木市の久岡恒則からのメールの第三弾が届きました。2005年2月、室戸岬への長い道のりです。

2005.02.19 久岡恒則さんからのメール

2月4日から6日にかけて24番、25番を回ってきました。今回はお遍路というよりも観光の旅のようになってしまいましたが、室戸までの長い道のりは結構こたえました。帰ってきてしばらくたつと次のお遍路が待ち遠しくなります。

2005年2月4日(金)

本当は来週の連休に行くつもりだったが、今週金曜日に休みが取れたので、1週間早く行くことにした。休みさえ取れれば一日でも早く行きたい。今回は牟岐からである。牟岐から室戸までは遠く、甲浦から奈半利まで鉄道も無いので、いつものようにとりあえず高速バスに乗ってから旅程を考えると言う訳にもいかず、今回は事前に色々考えた。
牟岐から室戸岬まで約60キロある。1日目は半日しか歩けないから、宿は宍喰か、がんばったとしても東洋町になる。牟岐から宍喰まで約20キロ、東洋町までは約25キロある。宍喰から室戸岬までの40キロ程は一気に歩かなければならない。

旅程に余裕を持たすためには、牟岐にできるだけ早く到着する必要がある。JR四国のホームページで時刻表を見ると、徳島発海部行き特急が9:45に徳島を出て10:53に牟岐に着く。この特急に乗るためには、大阪7:00発徳島9:30着の高速バスに乗るしかない。帰りは高知まで出て、高知から飛行機で帰ることにする。
室戸岬から西へは歩けるだけ歩こうと思うが、鉄道のある奈半利までは歩けそうに無いので途中からバスに乗ることにする。鉄道がないのだからバス路線は当然あるだろう。さすがに路線バスの時刻表まではインターネットで見つけることが出来なかったので、現地での判断ということになる。私としてはかなり綿密にプランをたてた。

朝6時前に起きて最寄のJR駅に行き、緑の窓口で、徳島までの高速バス、徳島から牟岐までの特急、高知からの帰りの飛行機すべての切符を購入した。私は緑の窓口のファンである。1箇所で全部そろうので非常に便利だ。帰りの飛行機は余裕を見て高知発16:45にした。もし時間が余れば高知市の観光をしたい。
無事7:00のバスに乗り、コンビニで買ったおにぎりで朝食をとる。昨夜遅くまで起きていて、今朝早かったので後はうつらうつらしながらすごした。
予定通り牟岐に11時前に到着し、歩き出す。牟岐駅から国道55号線に出たあたりで前方に歩きお遍路を見かけた。しばらく後を歩いたが、切れた万年筆のインクを買うために文房具屋さんに寄り道をしている間に見失ってしまった。
1時間ほどで鯖大師到着、お参り後大福食堂できつねうどんの昼食をとる。自家製餡餅がこの店の売り物のようである。

さらに1時間ほど歩きやや疲れてきたころ、お遍路休憩所を右側に見つけたので右側に渡り休もうかと思ったが、その先にある喫茶店の人がこちらを見ているようだったのでそのまま行きかけた。そうすると喫茶店から女の人が出てきて 「お遍路さん休んでいきませんか。お接待します。」と言われた。ちょっと驚いて躊躇したが、さらに勧められるまま、お言葉に甘えて店に入り、コーヒーとクッキーをいただいた。女の人は店のママで、美人で陽気な人である。いろいろ話す内、今夜はどこまで歩くつもりかと聞かれ宍喰と答えた。宿は決まっているのかと聞かれたので決まっていないと答えると宍喰は温泉がある、温泉にしますかと聞かれた。お遍路があまり贅沢をするわけにはいかないので 「あまり高いところはーー」と言うと大丈夫と言って電話してくれた。宿は「ホテルリヴィエラししくい」。大きいホテルだからすぐ分かるといわれた。思わぬ幸運であった。
お礼を言い「がんばってね」の言葉に送られて再び歩き出したが、足が軽くなったのに驚いた。温かいもてなしで本当に足が軽くなる。多少の屈託を抱えての今回の旅だったがそれもずいぶん楽になった。
海南市に入り海南町立博物館の表示を見かけたので寄り道をした。博物館は阿波海南文化村の中にあった。博物館以外に工芸館や文化館など3,4の施設がある。いずれもまだ新しい和風の建物で、各建物は瓦屋根の回廊で結ばれている。
阿波人形浄瑠璃の人形が展示されていた。近くで見ると意外に大きいのに驚いた。他には海部刀の展示が珍しかった。海部刀は鎌倉時代から作られていたとの事である。鹿児島の波平刀の流れを汲むとのことであり、波平には縁があるので、興味深く見た。また刀身の背の部分がのこぎり状になっている刀は珍しかった。映画のランボーの中でシルベスター・スターローンがこんなサバイバルナイフを持っていたが、こんなところにご先祖があった。海部刀は刀身が厚く、実際の戦闘用の刀という感じがする。工芸館も見たかったが閉館中であった。
海部町では海部町大うなぎ水族館(イーランド)にも寄り道した。入館料100円の文字が目に入り100円ならと思って、窓口で100円玉を出したら「500円です」といわれてしまった。表示を見直すと一番上に小人の料金が書かれ、次に学生料金、一番下に大人料金500円が書かれていた。子供がメインのお客のようである。
500円は少々高いと思うが、直径20cm, 全長2メートル近い大うなぎは一見の価値はある。
また海部では遍路小屋第1号も見かけた。水のみ場やトイレを備えた立派な休憩所である。ただ表の部分以外には鍵がかけられていて入れないようになっていた。
宍喰には5時ごろ着いた。ホテルリヴィエラししくいは名前に負けない立派なホテルであった。ベージュ色に塗られ、ファサードには円柱が連なっている。真正面が太平洋で、玄関の前がプールになっており、噴水が上がっている。プールの周りにはやしの木が植えられリゾート気分を醸している。中に入ってチェックインする。どうも割引料金で泊まれるらしい。
部屋は4階で琉球畳の10条の和室、バス、トイレつきである。正面に太平洋が見える。早速2階の温泉大浴場に行く。広々とした湯船に浸かって太平洋を眺める気分はすばらしい。ゆっくり温泉に入った後、1階のレストランに回って、生ビールと突き出しの湯上がりセットをいただく。夕食はこれで十分である。すっかりいい気持ちになってしまった。
他のお遍路宿と変わらない値段でこんなホテルに泊まれるとは運がよい。この宿を紹介してくれたママに心の中でお礼を言った。
温泉は夜は11時まで、朝は6時半からやっている。寝る前に今度は檜風呂の方に入って寝た。

2月5日(土)

朝6時ごろ起きた。真正面の水平線から朝日が昇ってゆくのが見える。全くすばらしい。南仏で地中海に沈む夕日を見るのに劣らないと思う。 6時半になったので大浴場に行く。相客は一人だけ。太平洋から上る朝日を眺めながら温泉に浸かる。何か申し訳ないような気持ちになる。温泉から上がってその足で、1階のレストランに行く、私が一番乗りであった。朝食はバイキング形式で和洋両方が用意してある。和食に決めて、いろいろなものを少しずつ皿に乗せた。窓際に座り、プ-ルから上がる噴水を見ながらおいしく朝食をとった。
ホテルを出たのは7時半ごろである。ここから室戸岬までは約40キロある。あまりゆっくりしてはいられない。
東洋町を出るまでは、人家があったが東洋町を過ぎると人家は全く無くなった。太平洋に沿って延々と道が続く。右手の山がそのまま海に続いていて、平地が全く無い。津々浦々と言うが平地がなければ津も浦もなく、したがって人も住めないということがよく分かる。歩いている者はおろか車でさえたまに通るだけである。所々でがけ崩れの後を見かける。海沿いを切り開いて無理やり作った道だからがけ崩れも多いのだろう。
延々と同じ景色が続くのに飽きて、本を読みながら歩いた。これをやると妻は嫌がるが、子供のときからやっているので別に危なくは無い。本は出掛けに買った中古カメラの本である。特にカメラ趣味があるわけではないが、こういう本を読むのは割合好きである。
段々疲れてきて休む回数が多くなる。それにしても釣り人のパワーには恐れ入る。こんなところでも釣り人を見かける。人一人立つのも難しいような岩場で1日中釣りをするのを見かけるが、よほど面白いものらしい。佐喜浜に着いたときは午後1時過ぎであった。佐喜浜でパンを買い昼食とする。パンを食べながら地図を調べたが、とても室戸岬の突端までは行けそうも無い。岬より3キロほど手前にあるロッジ室戸岬に電話して宿を確保した。佐喜浜からロッジ室戸岬まで約14キロ程である。
疲れ果ててロッジ室戸岬についたのは結局ほとんど日も暮れた6時ごろであった。
ロッジ室戸岬では珍しく歩きお遍路の方と同宿であった。加古川から来られたそうである。昨日は同じく宍喰に泊まられ30分ほど前に宿に着いた所とのことであった。宍喰からずっと30分の差で歩いてきた様である。話がはずみ楽しく夕食をとった。2人とも明日は引き上げるので、明日どこまで行けるか宿のバスの時刻表を見ながら色々検討した。バスは1時間に1本ぐらいである。ただ高知までの所要時間が分からない。私はいずれにせよ高知からの航空券を買ってしまっているので、歩けるだけ歩くしかない。
相客の方は逆に徳島に引き返す予定であるが25番津照寺までいくかどうかで迷っておられた。
夕食のときに飲んだビールが回ってきたのでお先に失礼し、風呂に入って寝た。お遍路中酒は控えようと思っているのだが、昨日温泉を上がった後のビールがあまりおいしかったので癖になってしまう。

2月6日(日)

朝食は6時半。相客の方は結局、24番最御崎寺で引き返すことにされたようである。先を急ぐ私は一足先に7時ごろ出発した。
室戸岬の手前から遊歩道に入り、奇岩の間を歩く。岬の先端まで行こうかと思ったが、あまり景色に変化もなさそうなので、国道に戻った。最御崎寺の上り口を行き過ぎていたので、上り口まで戻り最御崎寺に向かった。8時半最御崎寺着。上り道が結構きつかった。
お参りを済ませ丁度山門を出るとき、相客の方が上ってこられたのに会う。お互いの道中の無事を祈ってお別れした。
七曲がりの坂道を降りて国道55号を少し歩いた後、並行する旧道を歩いた。国道は椰子の並木道が続くきれいな道路だが、やはり車の少ない道のほうがよい。室戸岬以西は海と山の間に平地があり、人家が途絶えることが無い。旧道は生活道路なので親しみを感じる。路線バスも国道ではなくこちらの道を通っている。徐々に昨日の疲れが出てきた。足が痛みペースが落ちる。津照寺には10時半の到着。26番金剛頂寺の上り口に着いたのは11時半。ここにバス停があり時刻表とにらめっこしてどうするか考えた。高知行き急行バスが12時20分の発車となっている。ここから金剛頂寺まで往復2.4キロだが、50分で帰って来るのは無理と判断した。元気なときならともかく、もうその気力がない。近くの民宿うらしまでうどんの昼食をとりゆっくりバスを待った。

バスは定刻に到着し、高知市の手前の高知空港に2時に到着した。4時45分の飛行機の出発まで大分時間があるが動き回る元気がなく、お土産のお菓子を買い、本を仕入れてじっとしていた。本は土佐マグロ船の航海記。他の土地では多分手に入れにくいのではないかと思う。面白く読んだ。飛行機は双発の小さなプロペラ機。5、60人乗りであろうか。飛行機まで歩いて行ってタラップを上る。去年新潟から佐渡島に渡るとき乗った6人乗りの飛行機を思い出した。飛行機は約1時間で大阪に着き、今回の旅もおわった。


戻る