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掬水へんろ館雪遍路コウシン

《黒猫》

12時少し前にバスが来た。鮎喰川に沿って細く曲がりくねった道路をバスは進む。しばらくして、私の中に後悔のような思いが湧いてきた。この道は歩くべきだった、と。焼山寺への6時間を越える遍路転がし、そして13番大日寺への20数キロ約6時間の遍路、この2つの道程には何か一体の意味があるように思えたのだ。この日(2月27日)に帰宅しなければならない理由はあったのだが、1日延ばそうと思えばそれができない程の理由でもなかった。そう、私は「逃げた」のかもしれない。なさけない、恥ずかしい。

 40分程してバスは大日寺の前に止まった。風が強い。笠が吹き飛ばされないように左手で押さえながら身を屈めて階段を上がる。境内には納経を終えて引き上げようとする団体が並んでいるところだった。よかった。納経で待たされなくて済むなと思った。近くのベンチにリュックを置き、お参りの用意をしていると、一人のご婦人が声をかけてきた。「歩いているのですか。私もいつかは歩いて回りたい。それが夢なんですよ。」という。私は、このような場合どう話したらよいのか、いつもわからない。「はい。」と言った後は、ニコニコするだけだった。「それでは、がんばってください。」そういって彼女は団体のバスに向かった。

 本堂の後、真向かいの大師堂へ。ロウソクも線香も火がつけられない。風が強すぎる。仕方がないのであきらめて読経に一層の気持ちをこめた。納経所はすぐに済ませることができた。

 ベンチに戻るとリュックの上に黒猫が背中を丸くして寝ていた。この寒い中またどうしてこんな所にと思いながら、その猫をどかそうと持ち上げようとした。ところが、荷物にツメを立て離れようとしない。おいおい、私は次の札所に行かなければならないんだ。急ぐんだ。あっちへ行きなさいと、今度は力を込めて黒猫の胴をつかんだ。

 両手にぬくもりを感じた。瞬間。「あっ、これは....!」。私は、誰かを突然感じたような気がした。なつかしい人に会ったような感覚を一瞬感じた。「そうか、おまえなのか。」。私は、黒猫を抱きしめてベンチに座り込んでしまった。冷たい風の中、あたたかく、懐かしい思いにかられていた。

 去年の真夏、同じようなことがあった。あれは、71番弥谷寺への腰掛岩を過ぎたあたりであったろか、一陣の涼風を首筋に感じた瞬間、誰かがいるような感覚にとらわれた。何だろうこれは。誰だろう。思っているうちに、その感覚はあっという間になくなっていた。

 私は平凡ボンボンのそれこそモデル(?)のようなオジサンです。霊感なんてあるわけもない。いわれるまでもなく、それは思い込み、それは疲れからの気の迷いでしょう。それでも、分かっていながらも、その時も,この時も私は流れる涙を止められませんでした。

 その後14番常楽寺、15番国分寺、16番観音寺、そして17番井戸寺へ。道に迷うこともなく、気がつけば涙は風に乾きあがり(その程度のものです。ハッハッハッハッ。)、14番近くでは中学生のグループに気持ちの良い挨拶に元気をいただきながら順調に進みました。

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