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掬水へんろ館雪遍路コウシン

《赤い雪》

 石段を登る。手すりがきれいな石作りになっている。山門で一礼をして、さらに進む。その先の石段もきれいに作られていた。

 誰もいない。参道には数多くの足跡が雪の上に残されていたが、ここには一つとしてない。本堂の前は吹き積もった雪が20センチほどあった。サクッサクッ、雪を踏む音を聞きながら本堂の前に立つ。風が強くなってきた。疲れがひどい。納経をあきらめた。明日にしよう。

 野宿の断りをするために納経所へ行く。大きく声をかけるが返事がない。時間はとうに過ぎているが、中に明かりがついている。もう一度「すみません。」。声をかけること数回。しばらくしてそこにインターホンがあることに気がつく。ボタンを押す。しばらくして返事があった。ホッとする。「歩き遍路ですが、境内のすみにテントを張らせていただけないでしょうか。」とお願いする。すると「境内は困ります。」との返事。一瞬頭の中が真っ白になった。この雪の中、寺を出て場所探しは難儀であり、あまりにもさびしすぎる。どうしよう。インターホンから続いて声がした。「駐車場の少し下に通夜堂がありますから、そちらに泊ってください。」

 通夜堂は、納経所前一段低い所にある駐車場のさらに、100メートルほど下の斜面にあった。先客がいるのだろうか。あれこれ考えながら道路を下った。通夜堂はミカン畑の中にあった。トタン作りのしっかりした小屋であった。アルミサッシのドアの上にはぶ厚い板がかかり、「通夜堂」と墨書されていた。思い切ってドアを開ける。中は真っ暗であった。誰もいない。なぜか安心した。中に入る。奥が一段高くなっていて畳があるようだ。踏み込んだ所は土間。目がなれてくる。壁にはなにか白いものがある。ザックからロウソクを取りだし何本も灯をともした。ずいぶん明るくなった。壁の白いものは納札であった。この通夜堂に泊った遍路のものだ。土間の隅に石で囲った囲炉裏があった。入り口の横にはシバが積み上げられていた。早速火をたいた。小屋の中がパッと明るくなった。すぐにポカポカと体が暖まってきた。

 赤く明るく火が燃えている。いつまで眺めていてもあきない。心が安らいでいることを感じる。火を見つめながら、今日一日のことを考えていた。切幡寺での野宿の寒さ、吉野川の潜水橋。出合った歩き遍路の後ろ姿。熱いお茶を接待してくれたお婆さん。なぜ歩くのかと自問自答したこと。突然に現れたイノシシの群れ。目がしみる。煙が充満していた。入り口のドアを開ける。外には火に照らされた赤い雪が降っていた。なんて贅沢な旅だろう。これは、まるっきり昔話の世界ではないか。フッとそう思った。

 翌朝6時、起きる。寒い。相変わらず外は雪であった。昨夜半トイレに起きた時は、雪は上がり満天の星空であったが、あれは夢であったのだろうか。すぐに火を起こす。冷えた缶コーヒーとむすびを火で温める。27日、日曜日である。NHKテレビの「四国遍路」があることを思い出し、あわててラジオのFMに合わせた。音声だけでも聞けることはうれしい。野球評論家の村田兆治さんが志度寺を訪れていた。

 昨年の夏8月を思い出す。志度寺で私はあるご老人から声をかけられた。「なぜ歩きをされているのですか。」普通ならぶしつけで失礼な問いである。遍路をはじめて1年半になっていたが、一度として語ったこともなければ、聞かれたこともなかった。しかし、なぜかこの方に不快を感じなかった。気づくと私は答えていた。そして不覚にも私は落涙していた。別れ際に、ご老人は私に錦の納札を差し出した。「これは私のものではなく、私がある方からいただいたものですが、これを差し上げましょう。」と言う。納札の裏を見て驚く。このことはまた長くなるので次の機会にしよう。そんなことを思い出しながら、後片づけとそうじにかかった。終えて、火の用心、囲炉裏に雪をかぶせ、感謝の納札を置き通夜堂を出る。

 再び山門から入る。積もった雪を踏みしめて、まずは本堂へ。般若心経を唱え、「南無大師遍照金剛」を4回唱え、さらに我が真言を4回、そして祈念文言を4回。その後大師堂へ行き、同じことをくりかえした。納経所で朝の挨拶と通夜堂のお礼を述べる。焼山寺と合わせて、一本杉庵と衛門三郎の納経朱印もいただく。下りの遍路道を教えていただき、荷物をもう一度まとめて、時折吹く突風に舞上がる雪の中、焼山寺を下る。午前8時20分。

 30分後、私は衛門三郎のお堂の前に立っていた。吹き寄せられて厚く積もった雪がお堂の前に広がっている。踏みしめて、前に進み、納経する。鍋岩まで誰にも会わなかった。そこを過ぎると、焼山寺に向かう車がやたらとやってくるのに出合った。あの雪でも登れるのだなあと思いながら、下る。車の中のお遍路装束のご婦人が私に目礼をしていた。

 鮎喰川を渡り寄井の町に着く。丁度2時間かかった。10時20分。バス停を見つけバスを待つ。

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