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掬水へんろ館雨遍路コウシン

《お四国さん》

 道の端に小屋が立っていた。軒が出ている。その裏を見ると、そこには丈の低い小さな草地があた。これはいいところだ。草地にテントを張ることができる。軒先でいくらか雨もしのげる。
 立ち止まり、そこで回りをよく見ていると、小屋の近くで何かが動いているのに気がついた。なんだろう。暗闇に目を凝らすと、そこに背を丸めてなにかしている人がいた。驚かさないように気をつけて声をかける。
 「あのー。」
 私の声に驚いた様子もなくその人はゆっくり立ちあがって、振り向いた。年の頃60程の女の方だった。
 「まあ、お四国さん。」
 「え!」
 お四国さん。その言葉に私はドギマギしてしまった。
 「あのー。野宿の場所をさがしているのですが。この小屋はおバアさんのところですか。」
 「はい。」
 「もしさしつかえなければ、この裏にテントを張らしていただきたいのですが、よろしいでしょうか。」
 「野宿するんですか。ならば、この先にバス停があるからそこがよいですよ。」
 「え!」
 私は、一瞬断られているのかと内心うろたえた。しかし、どうもそうではないらしい。柔和なその笑顔を見てそう思った。
 「よくお四国さんが泊まっていますから。ブロック作りでしっかりしているし、ソファーもあるし、そこに寝ればいい。」
 「どのくらい先ですか。」
 「5分くらいかね。」
 私はもう歩くのがイヤになっていた。それに、国道脇のブロック小屋のバス停は、やはり私にはブレードランナーやエイリアンのイメージである。できれば避けたい。図々しくならないように気をつかいながら話した。
 「もう疲れていますので。できればここにしたいのですが。テントがありますので雨は大丈夫ですから。」
 するとその方は小屋の戸口に行き、その戸を開け、電気をつけた。
 「ならば、こんな所でいいなら、ここはどうですか。」
 「まさか。」
 思わず私は心の中でつぶやいた。私はそのような事は期待していなかった。とにかくテントさえ張れればもうどこでもよいと考えているだけだった。信じられない幸運ではないか。開けられた小屋の中を見ると耕運機や農作業のための用具やダンボールがあった。
 おバアさんは先に中に入り、コンクリートの土間の上に散らかるものを片付けて場所を作ってくれた。
 「きたなくしているから、すすめるのはどうかと思っていたんですよ。こんな所でいいんですか。」
 「いや、ありがとうございます。助かります。本当によろしいんですか。」
 私は心から恐縮していた。
 「いや、お四国さんだもの何かしなくちゃ。」
 私は、ためらいながらリュックをおろした。
 「そうだ。ゴザかなにかあったほうがいいね。ちょっと待っててください。今持ってくるから。」
 そう言うと彼女は納屋を出ていった。

 テントを張った。中に必要なものを入れる。そして、私も中にもぐり込み、テント内を整理した。彼女がなかなか戻ってこない。どうしたのだろうと思っていると、やがて一輪車にゴザとムシロを乗せてきた。
 「さあ、これを使ってください。お四国さんだものなにかしなくちゃ。」
 彼女は、お四国さんという言葉をよく使った。なんとありがたい人だろうか。ムシロをコンクリの上に敷きその上にテントを置くことにした。ゴザはテントの中に敷いた。テントが濡れていたにもかかわらず湿気を感じることもなく、やわらかなあたたかさが感じられた。
 「ありがとうございます。お陰で今夜はゆっくり休めます。」
 「いや、何もできないけど、どうぞゆっくりしてください。」
 そう彼女は言って出ていった。
 ようやく落ち着くことができた。時刻は8時を回っていた。一息つくと私は食事の準備を始めた。平等寺近くのスーパーで買ったおにぎりと焼きとリ、ポテトチップス、そしてカンビールさらに食べ残しのパン切れを並べた。冷たいものばかりだ。
 食事をしていると、またおバアさんがやって来た。テントのチャックを開けて顔を出すと、そこにヤカンやポットを一輪車に載せて立っていた。
 「もしよかったら食べませんか。これが家で採ったキュウリの漬物。これはお茶だけど、緑茶がいいかな、それともほうじ茶。ほうじ茶は家で作ったんですよ。」
 彼女は、いろいろなものを持ってきていた。カップ麺もあった、お菓子まで持ってきてくれた。そして、明朝は新聞屋が早くに納屋の戸を開けるが気にしないこと、孫がいつも夜中に帰りこの納屋に寄るけれど、さっき携帯で連絡がついたから大丈夫だとか、いろいろ気を遣ってくれ、そして戻って行った。

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