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掬水へんろ館雨遍路コウシン

《タオル》

 翌朝6時05分、出発する。
 30分ほどして、お大師様の湧き水に着く。柄杓で汗に濡れ熱くなった両腕に冷たい清水をかけた。この時、タオルを落としたことに気づいた。困った。流れる汗をハンカチでぬぐうが小さすぎる。山道はまるで信玄の棒道のように真っ直ぐ延びている所が多い。一層汗が出てくる。困った。汗ぐらいと思いたいが、なかなかこれが厄介である。
 舗装道路に出た。直進すればまた急な登りの遍路道である。舗装道路を行くか。迷う。いやいや、やはり昔の道があるならそれを歩むのがよい。自分に言い聞かせるようにして、決めた。気合を入れて踏み込む。
 数メートル程進んだところに苔むした石の道標があった。その上になにか白いものがある。よく見るとなんとそれはタオルだった。この道ではおそらくお遍路さんが落としたものだろう。それを別のお遍路さんが見つけて、その道標に置いたのだろう。
 手にとって見た。ずいぶん汚れてはいたが、そう古いものではなかった。いただこう。いや使わせていただこう。私も遍路のはしくれ、罰当たりにはならないだろう、とまた得意とする勝手な解釈をして、それを使わせてもうことにした。
 7時40分、鶴林寺に着く。二羽の鶴が迎えてくれる山門をくぐり、境内に入った。すでに、何組かの人たちがお参りに来ていた。本堂へ登る長い石段の脇にベンチがあったのでそこに荷物を置く。いつものように、白衣を脱ぎ、クツのひもをゆるめた。
 一休みした後、先ほどのタオルを洗うためにトイレの水場へ行った。幸いなことに大きな石鹸があった。よく洗う、そして洗ったタオルをギュッと絞り、顔をゴシゴシふく。気持ちがいい。
 パンと麦茶で流し込むような朝食をすませ、本堂に上がった。太子堂は石段を下った右手にある。納経を終え、納札を納め、納経所に行く。
 「歩きですか。」
 お寺の方から声をかけられる。
 「はい。」
 21番大龍寺までの道を教えてくれた。
 「3時間ぐらいで着きますよ。」
 「えっ!そんなに早く行けるんですか。4時間以上はかかると思っていました。」
 荷物のところにもどり出発の準備をした。ふと顔を上げると、大龍寺への遍路道に入って行く歩きの方が目に入った。そのうちどこかで追いつくだろう、そう思った。彼に遅れること10分程して、私もまた遍路道に入って行った。8時20分。
 話し相手がほしい思いで急いだが、いくら進んでも追いつかない。おかしいな、不思議だな。そんなことを思いながら休みも取らずに行くと、やがて集落に出た。
 舗装道路を進むと左手に何かの宗教法人の建物があった。その建造物は寺院とよぶべきものなのか、それとも社というべきなのか、外見からはよくわからない。それにしても、このような所にこのような大きな施設を建てるその宗教の摩訶不思議な威力には驚く。その前を通り過ぎながらよく見ると建物はいたみ、庭には雑草が生い茂っていた。
 那賀川に出た。大きな川に大きな橋が掛かり、それを渡る。また山道に入る。登る、登る。そして、大龍寺に着く。11時00分。
 先を行った遍路の方にはついに会うことはなかった。
 大龍寺は、大きなお寺である。山門に入ってからもしばらく参道が続く。お参りを終えた団体が向こうからやってくる。こちら側には駐車場があるようだ。前に来た時にはロープウエーで登った。それはこの先にある。
 きれいに整備された道を行くと、右手に六角堂があった。その先のやはり右手に納経所があり、そのまま進むと正面に鐘楼門が石段の上に建っていた。石段の登り口脇にトイレがあり、前にはベンチがあった。鶴林寺と同じように、そこにリュックをおろし、白衣を脱ぎ、汗まみれの疲れた体を落とした。
 しばらくしてからロープウエーの駅に行く。そこには売店がある。絵葉書を求め、知人に便りを書いた。その後、きれいな石段を登り、途中から石段をやめて、左に折れ、よく手入れされた植木の坂道を選んで、本堂へあがった。
 ロープウエーが着くたびに大勢の人がやって来て、境内はにぎわっていた。自転車でやって来た若者も何人かいた。
 太子堂は本堂を右方向に回り込んだところにある。鐘楼の門をくぐり石段を下り、納経所に行き納経帳をお願いした。
 六角堂でパンをかじり昼食とした後、12時10分出発。

 山門を出て、急な下り坂を歩みながらラジオのスイッチを入れた。すると、まったく偶然なことに徳島ラジオが鶴林寺からの実況中継をしているところだった。
 私が鶴林寺にいた時にはそれらしき様子も見当たらなかった。前日にでも準備を済ませていたのだろうかと思っていると、携帯電話を使って放送をしているとアナウンサーが語っていた。なるほど、ラジオならばそれで十分なわけだ。
 歩き遍路の方がお二人、インタビューを受けておられた。お一人は通しの方だった。もうお一方は、四国にお住まいの方で・・・・・・と、楽しく興味深く聴いているうちに放送が聞こえなくなってしまった。気がつくと、私は舗装道路道から木立の立てこむ沢沿いの遍路道に入っていた。電波が届かなくなったようだ。残念だけれど仕方がない。私はラジオをあきらめスイッチを切った。
 やがて、大きな宿の前に来た。龍山荘だ。こんな山の中にあるのかと少し驚いたが、すぐ先に大きな道路があった。そして、今度はそこに坂口屋というやはり大きな宿があった。
 坂口屋の前は、大きな広場になていた。バスの折り返し所であり、また観光客の駐車場にもなっているようだ。そこに自販機があったのでコーラを買い休む。
 喉をうるおしながらこれから進む先の道に目をやった。よく整備された広い舗装道路が延びていた。この道をこのまま進むのかと、安心したような、がっかりしたような少々複雑な思いにとらわれたが、出発してすぐにその舗装道路からはずれ、山の斜面を下る細い遍路道に入った。
 竹林を抜け、倒木の森を抜け、山を2つ半ほど越したところで里に出た。22番平等寺は、そこから900メートルほど先にあった。
 平等寺着午後3時。

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