掬水へんろ館
談話室メール
掬水へんろ館日経clickのインタビューくしまひろし

1999年1月11日、「インタビューのお願い」というメールが届いた。日経clickに載るというので、二つ返事でOKする。ホームページの宣伝になることは多少恥ずかしくても引き受けることにしている。

3連休の中日、1月16日(土)の午後、平河町(半蔵門駅近く)の日経BP社を訪ねた。約束は2時であったが、横浜地下鉄、東横線、営団地下鉄と乗り換えるのに結構時間がかかり、10分ぐらい遅刻してしまった。ビルの玄関に近づくと、ガラスのドアの向こうで小柄な女性が携帯電話を片手に待っていた。休日なので外からではドアが開かないため、僕のために待機してくれていたらしい。暖房のないロビーで待たせてしまったことになり恐縮してしまった。彼女が、メールをくれた岡本ゆかり記者である。

インタビュー
記者の岡本さん(左)と副編集長の福井さん

最初に撮影を済ませてしまおうということで、応接室で、白装束に着替え、カメラマンたちとビルを出る。撮影場所は近所の某所である。ビルを出たとたんに菅笠を忘れてきたことに気づき、岡本さんに持ってきてもらう。

副編集長の福井弘枝さんがカメラマンの脇に立って雑談がてら、色々話しかけてくる。「そのラーメン屋の兄ちゃんが着てるような白い服は…」、ええっ、ら、ら、ら、ラーメン屋?! なるほどね。確かに、前から見ると単なる白い上っ張りだから、無理もない。通行人の視線を意識しながら、ぎごちないおしゃべりを繰り返すところをカメラが狙う。

撮影は30分ほどで終わり、編集部に戻って元の服に着替え、コーヒーをごちそうになりながら、いよいよインタビューの本番だ。

岡本さんは愛媛の出身で、お遍路さんの姿を見かけたり、お遍路さんが家にお手洗いを借りにこられたことがよくあったという。だから、遍路というものを自然に受け止めている。

主に質問をするのは福井さん。「なぜ遍路をするようになったのか」「遍路をして何かが変わったか」「遍路をしていて苦しかったことは?」と、直球の質問が続く。実際に記事を書く岡本さんは、メモをとりながら、主に聞き役に回っている。

こうしたことを尋ねられるのは初めてではないし、それぞれに僕なりの答がある。だが、口に出してしゃべっているうちに、何だか本当の思いとずれているような気がして、説明は発散し、簡潔な答にならない。それというのも、僕はこれまで5回の区切り打ちをして、遍路日記を5回書いたが、そのたびに微妙に違う体験をし、違う感動を味わい、それぞれの思い出を違う風に反芻しているからだろう。全部をまとめて答えようとすると何かが違ってしまうのだ。また1度も結願しないうちに総括してしまいたくないという気持ちが働いているのかもしれない。

僕のまとまらない話のせいか、はたまた、お嬢さん二人に見つめられて上気しながらしゃべりまくったせいか、インタビューは5時ぐらいまでかかった。終わりに、「ホームページに載せてもいいですか?」とカメラを向けると、すかさず「日経click」誌を手にポーズをとって自誌を宣伝する福井さん、さすが副編! えらいっ!


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