掬水へんろ館体験的・遍路百科談話室メール
掬水へんろ館金剛杖 (こんごうづえ)

金剛杖の意味

金剛杖

金剛杖は1メートル余りの木製の杖であって、遍路中、特に山野を歩くときに役立つ道具です。しかし、四国遍路において金剛杖は「弘法大師」の化身としての役割をもつとされています。すなわち、金剛杖を持って巡拝することは弘法大師とともに歩くことであり、そのことを「同行二人」(どうぎょうににん)と呼びます。

杖の上部は刻みが入っていて卒塔婆を表しています。ここに書かれている梵字は「空風火水地」を意味しているとのことです。

金剛杖の扱い方

弘法大師の化身ですから、宿では床の間など上座に置くことになっています。玄関に金剛杖を洗う水が用意してあることも多く、おかみさんが代わりに洗って下さることもあります。

弘法大師の化身と知ると粗略な取り扱いができなくなってしまいますが、本来の杖としての役割に用いることができるのは当然です。歩いているときには、坂道で身を支え、また、蛇や犬から身を守るために用いてかまいません。

このように大切な杖ですが、飛行機では客室に持ち込むことはできません。長い棒なので「凶器」になり得るとみなされるのでしょう。僕は区切り打ちなので何度も飛行機で四国入りしましたが、大きなザックは持ち込めても、杖は必ず預けなくてはなりませんでした。

金剛杖と橋

「橋の上では金剛杖をついてはならない」というルールがあります。弘法大師が四国を回っていたとき、愛媛県大洲近くでどこも泊まることを断られたため郊外の十夜ヶ橋という橋の下で寒さに震えながら夜を明かしたという伝承に基づいています。どの橋でも、下で弘法大師が眠っているかも知れないから、杖の音で邪魔してはならないというわけです。「杖=弘法大師、その弘法大師が橋の下にも存在する」というのは常識では理解不能ですが、ともかくそういうルールになっています。

夢中になって歩いていると、小さい橋では気づかないで金剛杖をついたまま歩いてしまうこともあります。僕が妻と二人で歩くときには、「おいおい橋だぜ」「おっと、しまった」「え?橋じゃないよ。ただの柵じゃないか」などと、半分は遊び感覚ですが、「お遍路」たる自分を維持する効果があるようです。昔は橋はほとんどが木造だったでしょうから、杖によって橋が傷むことを防ぐ方便だろうなどというと現実的になってしまって面白くありません。

また、「刃物で削ってはならない」と言われています。金剛杖をついて四国を一周すると先端がすり減って20センチぐらいも短くなってしまいます。この過程で先が毛羽立ったり、裂けたりすることがありますが、これは路面で擦るなどして滑らかにすべきで、刃物をあててはならないということです。理由は明らかでしょう。杖は弘法大師の化身だからです。

お寺の入り口の階段を金剛杖をつきながら登っていたら、「階段では杖をつかない」と注意されたことがあります。「そんなしきたりは聞いたことがない」とおっしゃる住職の方もあるので、根拠は不明です。僕は、弘法大師も一緒に一歩一歩歩きたいのではないかと思うのですが、一方、それを見て不快になる方があるのならやめておこうかという気持ちもあります。

結局のところ、この種の「ルール」と言われているものは、統一的に指導されているものでもないし、厳格なものでもありませんので、過度に気にする必要はないと思います。

僕の場合

僕が今使っている金剛杖は4本目です。

1本目は、最初の区切り打ちの際に1番霊山寺で購入した、ごく普通の1.3メートルほどの杖です。霊山寺の名前の入った帽子が付属していました。この帽子のところを握って歩いている方も多いのですが、何となく弘法大師の頭をつかんでいるようで恐れ多く、帽子の下の部分を握って歩きました。

そうするとこの長さでは、身長170センチの僕が山を下りるような場合には短くて使いにくいと感じました。そこで、2回目の区切り打ちの途上、鯖大師でもっと長い杖に買い換えました。一周しないうちにお大師様の化身である金剛杖を「買い換える」などという不謹慎なことをして罰が当たるのではないかと心配しましたが、鯖大師のお坊さんに相談すると「大丈夫ですよ。古いお杖はこちらで焚いておきますから」とのこと。ほっとしてここでリプレースし、結願まで同行二人となりました。

この杖は、通常の金剛杖より20センチほど長く、歩くのに大変具合のよいものでした。ただ問題は白木ではなく朱塗りだということです。こんな杖を何の資格もない僕のような者が使ってもよいものかどうか心配になり、上述の鯖大師のお坊さんに尋ねたのですが、「かまいませんよ」とのことだったので購入したのです。しかし、その後、公認先達の方が朱塗りの杖を使うということを知りました。もちろん僕の買った杖は先達の方々が持っておられるような錫杖ではなく普通の杖です。でも、朱の杖を持っているということで特別視されることを何度か経験し、何となく居心地の悪い思いもありました。

そこで、2巡目の遍路を妻と二人で始めるのを機会に、また金剛杖を新しくすることにしました。ところが、1番霊山寺でも門前一番街でも、長い杖はみつからず、結局、普通の長さの杖で歩き始めることになりました。帽子だけは、最初の杖に付属していたものをずっと使い続けました。でも、2000年末、仁淀川を渡るときに「杖をついてはいけない」ルールを守って杖の真ん中を持ち水平にして歩いていたら、風が強かったせいもあって帽子がいつの間にか抜け落ちてしまいました。杖は3本目だけど、この帽子は足掛け6年、遍路旅をともにして雨風ですり切れ元の紺色も薄くなって大切に思っていたので、寂しく感じたものです。この後、37番岩本寺で2代目の帽子を買いました。

2001年夏、2巡目4回目の区切り打ちに出る準備をしていたころ、泰峰堂四国八十八ヶ所メーリングリストで、雲さんこと宇野正清さんが金剛杖を自作する方法を書き込んでおられました。「そうだ。自分で作ればいいんだ」と気がつきました。DIYはもとより得意とするところなので、さっそくホームセンターでヒノキの角材を買ってきて適当な長さに切り、角にアールを付け、頭部の卒塔婆も工作して、長さ1.6メートルほどの宇宙でただ一本の自分用の金剛杖が出来あがりました。これが今の金剛杖です。

問題は

金剛杖
右端は手製の帽子、その隣の杖には持ち主の名前が「エイコ」と読める
忘れ杖(?) - 2001.12.31 59番国分寺にて

金剛杖についての最大の問題は、「置き忘れる」ということです。日頃持ち慣れないモノですから、宿を発つとき、お寺でお参りを終えたあと、道端でちょっと立てかけたあと、ありとあらゆる瞬間に、置き忘れの危険があります。僕も何度置き忘れたか分かりません。僕の場合は、これまでのところ、幸い取りに戻れないほど時間が経過するまで気づかなかったということはありません。日頃の行いがいいのでしょう。

また、金剛杖はどれも似たような外観ですので、お寺や宿で他人の杖と取り違える恐れも多分にあります。そのため、購入したらすぐに名前を書いておくことをお勧めします。

各札所の境内には置き忘れられた杖がたくさん見られます。特に、番号の大きい札所で「こなれた」外観の杖が忘れられて雨風に晒されているのを見ると、心が痛みます。ここまで来ると杖にも持ち主の汗がしみこみ、既製品の帽子はすり切れたり、手製の帽子やひもに変えてあったりします。持ち主にとってはかけがえのない伴侶であったはずです。氏名を書いてあるものも多く、ご本人はいかほど落胆されているかと想像されます。

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