掬水へんろ館体験的・遍路百科談話室メール
掬水へんろ館逆打ち (ぎゃくうち・さかうち)

1番から始めて、2番、3番…と、88番まで札所の番号の昇順にお参りすることを「順打ち」、それに対して、逆に降順に巡ることを「逆打ち」と言います。「打つ」という言葉は、今のようにお寺に納札を納める代わりに、昔は木の札を寺の本堂や門に釘で打ちつけて回ったことに由来します。

板東眞砂子の小説『死国』やその映画によって、遍路に関心を抱いたという若い人もあるようです。この作品では「死国」では逆打ちが死者を蘇らせる魔術のようにとりあげられていますが、現在、逆打ちの効用について、よく言われるのは次の二つです。

一つは、難度が高いので修行としての御利益が大きいということ。道中の道しるべは順回りに便利なように設置されているので、逆に歩くのはやっかいなのです。一般に何度も遍路を経験した人がチャレンジすべき上級コースとみなされているようです。

二つ目は、「弘法大師は今も生きている」という伝説に関連します。遍路をしているといつか弘法大師に巡り会えるといわれています。弘法大師は順回りをしているので、逆に歩いた方が巡り会う確率が高いというわけです。

現実的なことをいうと、順打ちだとたまたま一緒になった人と何日か先になり後になり、同じ宿に泊まったりして親しくなれるという楽しみがあります。一方、逆打ちだと、より多くの遍路と出会うことができると同時に、会うのは1度だけですから一期一会の体験はよりスリリングだということにもなります。

僕はまだ順打ちしか経験がありませんが、いつか逆打ちをしてみたいという気持ちはあります。たくさんの遍路と出会うことができると期待しています。

もっとも、「遍路というものは順番に札所を巡っていくのが正しい。逆打ちなどもってのほか」という保守的な(?)見解もあるようです。

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