掬水へんろ館Q&A談話室メール
掬水へんろ館[四国遍路 Q & A]
お勧めの宿を教えて
くしまひろし

質問
  • お勧めの宿を教えてください。
  • 避けた方がいい宿を教えてください。
回答

「お勧めの宿を教えてください」というのは最も多い質問の一つです。でも、このページには、その答は書いてありません。ごめんなさい。この稿では、四国遍路に関する情報をこれだけ集めている「掬水へんろ館」に、ご要望の多い「お勧めの宿」といったページがないのはなぜなのかを説明します。

野宿でなく民宿や宿坊に泊まって歩く場合、宿で過ごす時間の良し悪しが遍路旅の体験全体の印象に占める割合は大変大きいものです。おかみさん・だんなさんの親切、食事の内容、暖房・冷房などの設備、洗濯機や乾燥機が使えるか…。遍路同士のおしゃべりでは、個人的な事情についてはお互いにあまり詮索しませんが、初対面でも宿の評判というのは格好の話題です。最初のうちは「遍路宿とはこんなものか」と、単に物珍しく感じていただけなのに、何十日も歩き遍路を続けるうちに、人に勧めたい宿、遠慮したい宿などと自分なりの評価も分かれて来るのは自然の成り行きです。

僕も初めのうちは、他人から聞いた噂話も含めて宿の情報を遍路仲間と熱心に交換していました。また、インターネットや出版物の多数の遍路体験記のうち、宿の実名や評価が記載されている部分を整理して一覧表にして掲載したら、非常に便利ではないかと思い、実際、計画に着手しました。

しかし、あるとき「ちょっと待てよ」と立ち止まったのです。僕が「いい」と思った宿に泊まった方から「そうでもなかった」という感想が伝えられたからです。宿の評価というものはきわめて個別的なものなのではないか、ただ一度の体験から「お勧め」とか「敬遠」とかいうのは僭越かなあと思うようになりました。

また、僕があるとき連休中のこともあって宿選びに苦労し、近くの宿坊も断わられたのですが、ようやく近くの民宿に泊まれることになって助かったことがあります。後日、その宿のことを「愛想がない」とか「掃除が行き届いてない」とか否定的に書いた文章をインターネットで見て、悲しくなりました。そのときの僕にとっては、そこで営業して下さるだけで、ありがたい存在だったからです。

もちろん、遍路宿に泊まるという行為を、サービス業の企業と顧客という関係から見れば、料金に見合ったサービスを受けられるか、どこが優れているかという情報は顧客にとって重要です。ただ、そうした情報をインターネットという公開の場で共有するには、公正な評価であることが前提となるでしょう。約1000軒ある宿泊施設の中から40泊程度した1回限りの体験に基づく感想を絶対評価のように公表することは、公正とは言えません。「掬水へんろ館」の読者は広範に及び、明らかに口コミの域を超えます。極論すれば営業妨害にもなりかねません。

否定的な評価は別として「お勧めリスト」というプラスの情報に限定したとしても、遍路宿は無数にあるわけではないので、近隣にある他の宿はお勧めでないということになってしまうでしょう。

遍路宿の経営者の方々の多くは、自分自身で遍路として他の遍路宿の客になったことはないので、他の宿を体験した遍路から見ると「もっと勉強してほしい」と思う点もあります。でも、40泊すべてが素晴らしい宿でなくてもいいじゃありませんか。評判の宿だけを選んで泊まっていったら、結局、その中でまた上下をつけたくなるに決まっています。

個人個人の宿の評価というものは、その人の遍路旅の流れの中で、その日そのとき起こったことの感想です。その限りにおいては体験としての重みを持つものだと思います。だから、僕自身も含めて、遍路日記の中で宿でのことを詳しく書くことは否定しません。僕も他の方の遍路日記を参考に宿選びをすることはよくあります。談話室などで、個別の宿での体験を語り合うことも(他の宿の営業妨害にならない限りは)差し支えありません。しかし、その「物語」の部分を抜きにして、結果だけを「◎」「△」などと分類し一人歩きさせることは、営々と宿を経営しておられる方々に対して失礼なことだと思います。そういうわけで、僕は宿の評判に関する情報は敢えて整理しないことにしています。

さらに、散見される採点表には「自分自身は客として◎だったのか」という視点が抜け落ちているような気がします。というのは、金を払うのは客である遍路であり、対等の関係ではないかもしれませんが、遍路体験の一部として見ると、仕事で泊まるビジネスホテルと違って、宿と客、客同士の関係も出会いの一つだと思うからです。遍路宿での出会いを楽しいものにし、お互いに好もしく思う関係にする役割の半分は、客としての遍路の側にもあるのではないでしょうか。


僕もこのあと泊まった人にこんな風に話してもらえるんだろうか?

--潮見英幸『サンダル遍路旅日記』(p.148)

この潮見さんが宿のおばあちゃんから今まで泊まった人の思い出話を聞きながらふと思ったように、僕も、おかみさんたちの心に残る遍路になれたらうれしいなと思います。

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