掬水へんろ館遍路日記第6期前日翌日談話室メール
掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 第6期くしまひろし

第4日(5月2日)

お約束の「杖忘れ」

5時45分、出発。玄関の近くに、昨夜頼んでおいた朝食用のお握りのほか、お茶を入れたペットボトルも置いてくれてあった。まだ暖かい。昨夜ずいぶんおそく支度してくれたのだろう。そのわきに、「ありがとうございました」と書いた紙片がテープで止めてある。奥さんの心遣いが感じられる。

暖かい気持ちで歩き始めて、すぐに杖を忘れたことに気づいた。弁当をザックに入れたとき、そこに杖を置いたままにしてしまったのだ。杖を忘れるパターンはいつも同じだ。早朝出発で、家の中は暗く、なるべく音を立てまいとして杖をそっと脇に置く。そして忘れてしまう。あわてて取りに戻る。

一心に祈る人々
一心に祈る人々

志度寺へは、いったん昨日お参りした八栗寺を抜ける。早朝にもかかわらず、歓喜天を祀る聖天堂の縁側には、中年男女3人がひざまずいて一心に念仏を唱えていた。果てしなく続く、鈍いブツブツブツブツという声はハチの羽音のようだ。大師堂の前を通り、山の裏側に下りていく。ケーブルの駅の前を通り掛かると、ケーブルから下りてきた老夫婦と出会った。夫の方が顔一杯でニコニコしながら、道の目印を教えてくれた。このように、尋ねもしないのに道を教えてくれる親切が、心を溶かす。

駐車場の下に、早朝のこととて、まだ開店していない売店があって、放し飼いの犬がいた。僕が通り掛かると出てきて、僕の回りを飛び跳ねる。体長1メートルぐらいの大型の犬である。吠えないのがまだしもだが、鼻息が荒い。興奮しているのか。僕は、聞こえない・見ないフリをして、まっすぐ歩き続ける。

しばらく行くと、また犬がいる。今度は小さい犬だが、ワンッ、ワンッと吠えながら数十メートルついてくる。

「遍路の敵は、トンネルと犬」と言われるが、僕は本当に犬が苦手だ。昨夜の紳士も犬が苦手らしい。ある山道に入るとき、「捨て犬が山の中で野犬化しているから、用心するように」と注意されたという。

「21%」と表示のある急勾配の坂を下る。1時間ほど歩いて、6時40分、琴平電鉄の八栗新道駅を左折すると、国道11号に出た。

自転車遍路

志度寺に近づくと、道の両側に旅館が並んでいる。その1軒から出てきた若い女性と「おはようございます」とあいさつを交わした。そのあと彼女は路上に自転車を引き出している。自転車遍路だ。紺色のシャツに笈摺(おいずる:袖無しの白衣)を着ている姿がすっきりして、なかなかファッショナブルである。

86番 志度寺
86番 志度寺

7時30分、86番志度(しど)寺に到着。

吹田の修験者、ハナイさんが、お参りを終えて出発するところだ。「えらい早いな」

本堂に灯明をあげていると、先程の自転車遍路の女性がやってきた。だが、お参りの手順を中断して雑談するほど僕もいいかげんでもない。彼女のお参りは略式だったようで、僕が本堂と大師堂に読経を終える頃には、もはや境内には姿が見えなかった。残念。別に、女の子とおしゃべりしたいというわけではないが…。これまで、路上では、何度か自転車遍路の若者を見かけたが、あまり言葉をかわしたことはない。歩き遍路であれば、多少の時間差は、一日歩いている間に前後してくるもので、再会の可能性も高い。が、相手が自転車となると、これは一期一会である。国道を歩いていると、ツーリング中の少年たちにもよく出会う。だが、すれ違ったり、追い越されるだけで、なかなか話をする機会がない。それにしても、今朝の彼女は美人だったな。

このお寺は、伝説や物語が多いそうで、境内に色々な建物が散在している。どこに何があるのか分かりにくい。納経所をみつけるのに一苦労した。人の流れを観察するのだが、大師堂のあとの流れがよくつかめない。案内板もない。境内をくまなく歩いてようやく分かった。本堂の横に渡り廊下でつながって納経所があるのだった。

8時10分、志度寺出発。県道3号を行く。昨日と違って、今日出会う子供たちは元気にあいさつしてくれる。庭先の藤やアヤメが美しい。初日に出会った逆打ち遍路が言っていた「個人の家の庭も花が美しい」とはこのことなのだろう。

9時45分、87番長尾寺に到着。またも、ハナイさんが入れ違いに出発するところだ。お参りをすませて、納経所と一体になった茶店で、「ところてん」を食べた。高知市内の竹林寺の前で食べて以来、すっかり好きになったのだ。だが、食べたいときになかなかありつけない。暑い季節にこれを食べると、すごく元気が出るような気がする。

10時23分、出発。続けて県道3号を南下する。いよいよ、女体山越え、そして結願の札所、大窪寺に向かう。途中で、いったん旧道に入り、車の騒音からしばし解放されて静かな歩行が続く。11時55分、前山ダム前の休憩所にて昼食をとることにした。

女体山越え

へんろみち保存協力会の道しるべ
へんろみち保存協力会の道しるべ

休憩所の脇に立つへんろみち保存協力会の道しるべには

車道直進並足歩行
所要約2時間50分
女体山越えは所要約
1時間余分にかかる
登坂峻険約500m
絶景・感動のコース也

そして裏には

足に自信のない人は車道を行くのが無難です

と「警告」めいた文句が書いてある。

僕の遍路は、3年越しの遍路である。そして今日は絶好の天候である。この僕が「無難」な道を選ぶわけがないではない! サチコさんに「行ってみてのお楽しみということで…」とあしらわれたのである。登坂500mが何だ! これまで、焼山寺、鶴林・太龍寺、横峰寺、雲辺寺、と遍路ころがしを克服してきたのだ! ここで日和るようでは、オジサンの沽券に関わる…と、結願に向けて禊ぎをするような心持ちで、改めて心を引き締めた。

最後の難所に向けて、いざ出発。ダムの上では若者二人が数十メートル下の湖面に釣り糸を垂れている。「何が釣れるの?」「ブラックバスです」。

石仏の立ち並ぶ山道は、やがて川沿いのゆるやかな登りになる。

簡易舗装の道を3キロほど歩いたころ、右側の谷川の向こう岸の人家の犬が、僕を見て盛んに吠え始めた。吠えながら、興奮したように、あるいは歓喜したように、あるいは憤激したように走り回っている。今日の僕は、やたらと犬を刺激するらしい。結願を迎えた心の高まりが伝わるのだろうか。だが、彼と僕の間には深い谷があるのだ。へん! 吠えたければ勝手に吠えるがいい、と安心しているうちに、前方に橋が見えてきた。いや〜な予感がした。案の定、道がだんだんと右にカーブしていく。ついに、僕は橋を渡らなければならないことが分かった…。

犬は、対岸で監視するように、僕の進行に合わせて移動しながら吠え続けている。橋にさしかかると、犬は橋の向こうで、「さあ、来い!」と、せせら笑いながら待ち構えている。僕が結願を目前にした遍路であり、ここで引き返したりしないことを知っているのだ。

そして僕が橋を渡り終えると、ここぞとばかりに吠えたてる。だが、犬を無視する(無視したフリをする)僕に対して、それ以上の攻撃はないようだ。要するに飼い主の領土を侵害しない限り、直接攻撃はしないというわけだ。威嚇射撃ってやつか。でも、やっぱり怖いから、つないでおいて欲しいものだ。

橋のすぐ先に譲波休憩所という格好の休憩所があったのだが、そんなところに腰を下ろしたら、またヤツがどんな勘繰りをして吠えてくるか分からない。あきらめて歩き続けることにした。

また藤田康夫さんの札があった。一昨日、81番から82番に向かう山道にあった掛札は4月11日付けだったが、ここでは4月5日になっている。ということは、逆打ちをしているということだろうか。遍路を終えて帰宅したら手紙を出してみようと思う。

山道の途中でハナイさんを追い越す。体格の良いハナイさんは登りはしんどいらしい。なにか呪文のようなものを唱えながらゆっくり、着実に登っていく。僕の方は、しばしば休憩する。その間にハナイさんに追い抜かれる。そんなことを繰り返しているうちに、道はだんだん細く、急な登りになってくる。

峠に出た。道が分かれている。真っ直ぐ行く道は、ここから急坂で下るようになっている。息を切らせて登ってくると、下るのはもったいないものだ。特に道順に不安があるときは、無駄な昇り降りはしたくない。しばし思案に暮れていると、ハナイさんが追いついてきた。磁石を見ながら「真っ直ぐや、真っ直ぐ」という。

岩をよじ登る
岩をよじ登る

「太郎兵衛館跡」というところで一度車道に出て、しばらくして再び山道に入る。道はやがて切り立った険しい岩山にかかる。最後は、ゴロゴロした大岩に手をつきながらよじ登る。

14時40分、女体山山頂に到着。標高776メートルと表示がある。眼下に山々、そして四国の大地が広がる。ほっと一息ついて休憩し、きのうのトマトの残りをかじっていると、ハナイさんも登ってきた。「ここはなかなか良い行場やな」と満足そうだ。

20分ほど休憩したのち、大窪寺へ向けて雑木林を初めゆるやかに、そして急な階段を下る。登攀の苦難も乗り越え、もうすぐ結願という喜びで、急な階段を下りる足取りも自然と急ぎがちになる。

15時30分、ハナイさんと一緒に、結願寺、88番大窪寺に到着。

結願

裏門から入る形で、満開の藤棚をくぐって境内に入ると、中は人でいっぱいだ。観光風の人も多い。本堂の階段を登り、灯明を上げ、般若心経を唱えた。唱えながら、「涙の結願というわけでもないな」と頭の一方ではクールに自分を観察している。でも般若心経の途中で、足が震えてきた。これって? いや、単に、女体山からの下りで膝がガクガクになったしまっただけのことだろう。

納経所は混雑していた。窓口は二つあったが、列を作っているわけでもなく、うかうかしていると、後から来た人が次々に納経していく。窓口の上には「結願証明書」の案内が表示してあった。2000円の料金で結願証明書という賞状みたいな紙に名前と日付を入れて発行してくれるのだ。うーん、2000円ねえ。スキャンして麗々しく、ホームページに載せてみたい気もするね。

窓口で、12番焼山寺までの所要時間を尋ねる人がいた。納経を12番だけ抜かしてしまったとのこと。「2時間かかる」と聞いて、「じゃあ、5時までの納経にはもう間に合わないから明日にしよう」とあきらめている。もちろん車だ。だが、3年かけて歩いてきた僕は、こんな会話を聞くと目が回る。

ようやく順番になり、「お願いします」と言って、納経帳を差し出す。僕は、筆を運ぶ納経所員の手元をみつめ、3年間の大団円がついに今ここに…という感慨にひたろうとしたが、納経所員は、終始無言でさらさらと書き、黙って返してくれた。いささかガックリした。僕は、「ありがとうございます」と言って納経帳を受け取ったが、納経所員は、目を合わせることもなく、口を開くこともない。黙って料金の300円を受け取るばかりである。

他の大半の納経所と同じサービスなのであるから、格別、文句を言う筋合いのものではないかもしれない。だが、しかし、八十八ヵ所を回り終えた遍路に対して、「お疲れさん」とか「おめでとう」とかの一言ぐらいあるのかなと勝手な期待をしていた。歩いて回ったからではない。バスでも車でも、とにかく遍路はみな、この88番を目標に巡ってくるはずだ。85番とも86番とも87番とも違う、格別の心構えで、この結願寺に参っているはずだ。でも、そんな愛想を振りまくような付加サービスは300円の納経料には含まれていないということですね。同じ料金で、他の札所と同等のサービスを提供しているということなのですね。付加サービスを求めるお客さんは2000円の追加料金を支払うべきだという、すごく合理的なシステムなんですね。

あっけなく、納経帳を返してもらったとき、結願証明書などという紙切れに対する関心は、もはや僕の中から消え去っていた。僕は自分の決断で遍路を始め、自分の力と、家族や四国の人々の協力やもてなしのおかげで結願したのだ。そのことは自分が一番よく知っている。僕の遍路に《何の関係もない》、そして《何の関係も持とうとしない》88番のお寺の人の証明など何ら必要ないと思った。

インタビュワー

あまりにあっけない結願の幕切れに、何となく立ち去り難く、境内をうろうろしていると、背広に菅笠という、ちょっと怪しげな風体の中年男性に声をかけられた。僕やハナイさんが着いたときから、何となく近くに寄ってきて、もの言いたげにしていたのだ。結願寺だし、近くに記念撮影用の台がある場所だったので、写真撮影の勧誘かなと思っていた。

ところが、意外なことをいう。「へんろみち保存協力会に協力して、歩き遍路の方のお話をうかがっています。同行二人の地図で分かりにくいところとか間違いに気づいた点はありますか」という。おお、それは大いにあるよ。もちろん、この地図がなければ歩き遍路はすごく困難だったろうし、大いに世話になったから感謝しているけど、はっきりした間違いもある。昨日の屋島への道のことや、松尾トンネルの旧国道の入り口のことなどを指摘しておいた。

だが、地図に対するコメントを聞くというのは最初だけで、話はだんだんと、遍路の動機とか、遍路の前後の心身の変質などといったテーマに深入りしていく。いつの間にかテープが回っていた。遍路のことを研究しているという。それにしても妙な服装だ。

ハナイさん(右)と結願
ハナイさん(右)と結願

ハナイさんが戻って来た。ハナイさんは、「やっぱり記念だから」と、結願証明書を書いてもらったそうだ。賞状みたいな筒に入っている。2000円はこの筒代かもしれない。インタビュワーに記念撮影のシャッターを押してもらう。

車遍路らしいご婦人が、遍路装束の僕たちに近寄って来て「これから、1番に戻らなくてはならないのか、それとも、直接高野山に行ってもいいのか」と尋ねる。納経帳に「満願御礼参拝 最初に参った寺」というページがあるので気になっているらしい。ハナイさんが答える。「それは好き好きやで」。そう、遍路のルールというのは厳格なものではない。本人が納得すればそれでいいのだ。ただ、納経帳にプレプリントされていると、そこを埋めねばならないような気になるのは仕方ない。

二人で門前の茶店に入った。ハナイさんは大盛り釜上げうどんで早い夕食。僕は甘酒を飲んだ。ハナイさんは、このあと少し歩いて野宿するという。僕は、大窪寺門前の民宿八十窪に予約してあり、明日は、6番安楽寺の宿坊に泊まる予定だ。ハナイさんは、安楽寺の宿坊が個人の予約を受けてくれたということに驚き、半信半疑で、それなら自分も頼んでみようという。

民宿八十窪
民宿八十窪

民宿八十窪は、結願したばかりの個人やグループの遍路客で混雑していた。

全自動洗濯機は無料。洗剤も自由に使える。おばあちゃんも奥さんも、愛想よく親切だ。夕食は食堂で頂く。結願した人には、赤飯が用意されている。さすが結願の宿である。大窪寺より、よほどこの宿の方が暖かい。

食堂で案内された席の向かい側に来たのは、何とさっきのインタビュワーだった。歩き遍路の効用について熱っぽく語る。机上の研究ではなく、現場の事実を科学的に分析したいから、88番や1番で歩き遍路をつかまえてインタビューしている。そして「四国遍路の今」という論文をまとめたいという。だが、自分は3分の1しか歩いて回ったことはないとのこと。霊山寺の住職には「1000人の遍路がいたら、1000の歩く理由がある」と言われたという。全くその通りだと思う。たくさんの人にインタビューして、統計的な結果を導き出そうとしても不毛だ。むしろ数少ないケースを徹底的に分析すべきではないのだろうか。それに、このように札所の近くに滞在して遍路を待ち構えている時間的余裕があるのなら、少しでも自分で歩いてみた方がいいと思うのだが…。あまり議論はかみ合わなかった。

だが彼が最近1番で出会ったというお礼参りの男性の話は心を打った。

インタビュワーの話

その方は埼玉から来た。某中堅企業の社長秘書室長をリタイヤしたばかり。歩き遍路のために、お金を貯め、体を鍛えるのに5年かけて準備した。

今年の3月21日にスタートしたが、今年は大雪で、12番焼山寺で挫折。ふもとの旅館で1日寝込んだ。宿の奥さんがすごくよくしてくれたが、これでは歩き続けるのは無理だと思い、あきらめて帰るつもりで宿を出てバスを待った。

周囲の人間にも歩き通すと宣言して出てきたので帰るのはつらい決断だった。ところが、待てど暮らせど、バスが来ない。仕方なく、とりあえず次の札所まで歩いた。

そして、もう一つ次へ、次へ…と、結局は歩き通すことになった。お礼参りの1番で、この話をしてくれたあと、僕の目の前でこの人は号泣しました。61歳の人がですよ。

この人のように、遍路中に困難に出会って、「もうやめよう」と決意したのに、何かの条件で「やめる」ことを阻まれ、結局、遍路を全うしたという話は、これまでにもいくつか聞いたり読んだりした。それこそ「お大師様に呼ばれたんだ」という気がしてくる。前回出会った村上さんのケースもそうだ。大雨でくじけ、野宿を断念して宿に泊まろうとしたら、満員だと断られたのが分かれ目で、結局野宿遍路を貫徹することになったと言っていた。

上記の61歳の男性は、お礼参りを終えて、このインタビュワーに一気に心境を吐露することで癒しを得たのであろう。僕の方は何となく不完全燃焼である。大窪寺の境内で、そして宿の夕食の席で、インタビュワーに問われるままに中途半端な発言をしてしまったことが、心を乱している。

民宿八十窪の箸袋

きょう僕は、どうして、あんなに納経所で落胆したのだろう。ここまで歩いてきて、会う人々ごとに「歩いて回るとは偉い」とか「お気をつけて」とか暖かい声を掛けられ過ぎて、何だか誉めてもらうのが当然のような心持ちになっていたのかもしれない。歩き遍路の妙味は、こだわりを捨て自分を空にするところにあるということを会得してきたはずなのに、何とも低級な結願の感想である。

だが、ともかく、僕の「四国八十八ヵ所巡り」の旅は終わった。あとは、1番へのお礼参りと高野山詣でを残すのみとなった。

42,359歩、27.5キロ。

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