掬水へんろ館遍路日記第5期前日翌日談話室メール
掬水へんろ館四国遍路ひとり歩き 第5期くしまひろし

第4日(8月25日) 栄家旅館〜60番〜64番〜湯之谷温泉(西条市湯之谷)

水田地帯を行く
水田地帯を行く

5時30分、起きたときには雨がしとしと降っていたが、1つ目のお握りの包みをあけて朝食を終えるころには、ぱらつく程度の小降りになった。6時出発。この日は山道を歩くので、マムシとアブの対策として長袖の服を着た。広々とした水田地帯に、すずめを追う自動空砲の音が時折響きわたる。雲の間から青空見えてきて、天候は一安心だ。

6時半、石槌橋を渡り、6時45分、国道11号を横切ったところで、小学生の兄妹らしい二人連れに出会った。夏休みのラジオ体操の帰りのようだ。「おはよう!」と声をかけると、2人ともていねいにおじぎして「おはようございます」とあいさつしてくれた。やがて雨もすっかり上がり、曇りで歩きやすい。

番外の妙雲寺に着き、境内に入ると、犬が盛んに僕に吠えかかる。散々な出迎えだ。大師堂では、薄暗い堂の中に座った住職がお勤めの最中だった。その後ろから今日の山歩きの無事を祈願して、出発。

横峰寺へ
横峰寺へ

道は舗装道路だが、徐々に高度を上げて山に近づいていく。7時半ごろになると、太陽が稜線から顔を出し照りはじめた。

8時、八幡神社。「横峰寺まで4.2キロ 1.5H すぐ先にトイレあり」という看板のすぐ脇には、へんろみち保存協力会の道標に「横峰寺3.2キロ」とある。1キロも違う表示にとまどったが、矢印はどちらも舗装道路の先を示しているので、そのまま歩き続ける。

『同行二人』の地図だと、ここから歩道を示す点線になっているが、数分歩いても道は広い舗装道路が続く。また、さっきの看板にあった「すぐ先」にあるはずのトイレも見当たらない。だんだん心配になる。へんろシールも道標もない。どこかで分岐を見落としたのだろうか。戻ってみようかとも思うが、道は登りなので、なかなか引き返して確かめる決断ができない。人家もなければ、通る車も皆無なので、人に聞くこともできない。「1キロぐらい歩いて何もなければ引き返そう」と決めて進む。10分ぐらい歩いて、ようやく道路脇の灌木の根元に「がんばりましょう」の札を発見、道の正しいことを知ってほっとした。

無名の名水

8時15分、「四国のみち」の立派なあずまやに着いた。トイレがある。車なら「すぐそこ」だが、歩きの人間にとっては1キロ先は「すぐそこ」とは言えまい。

ここには水場があって、崖の上から引いたパイプから冷たい水が音を立てて流れだしている。このおいしい水を、がぶがぶと思う存分飲んだ。

あずまやで上半身裸になって汗を拭いていると、軽トラックでやって来たおばちゃんが、ポリタンク2個を持って下りてきて、水を汲み始めた。しばらくすると麦わら帽子をかぶったバイクのおじさんもやってきて、しゃべり始めた。

「いつもは息子が汲みにくるんだけど、たまにはおかあちゃん汲んできてって言うから…」
「コーヒー飲むんか」
「いや、これでごはんを炊くとおいしい」

この水を使うと、コーヒーもごはんもすごくおいしくなるのだそうだ。僕の水筒代わりのペットボトルに入れていこうかとも思ったが、栄家のおかみさんが入れてくれた麦茶を無駄にするのももったいない。代わりに、もう一度、飲めるだけ飲んで、出発した。

横峰寺

杉林
杉林

ここから先は、暗い杉林の中の急な山道に入っていく。空は晴れているが、北側斜面なので、陽も当たらず気温も低い。菅笠を脱いでザックにぶら下げる。これだけでも、頭がスッとして快適だ。時々休憩して、栄家さんで頂いた麦茶を味わう。

9時50分、60番横峰寺の仁王門に到着した。栄家から3時間50分で、まあまあ予定通りだ。通路脇には材木が一杯積んであり、境内には10人以上の大工さんが何か大きな建物を建設中だ。

納経所は本堂の中にあり、靴を脱いで上がる。工事は「庫裏(くり)を新築中」なのだと言う。僕はお寺や仏教のことについてほとんど知識がなく「庫裏」も知らない。「住職が居るところ」なのだという。要するに住職の住居ということだろう。

先客の夫婦は、判衣広げてみたものの、ここ60番横峰寺の欄はすでに押印が済んでいるようで、当惑している。前に一度来たのに勘違いして、また来てしまったらしい。「あちこち少しずつ回っているもので…」としきりと弁解していた。車遍路だとそういうこともあるものか。歩き遍路には想像できない。町の中にいくつも近接しているお寺などは、どんなところだったかあまり印象に残っていない場合もあるのは確かだ。だが、いわゆる「難所」の寺にはそれなりの心構えをもって登って来るので、その印象は格別のものがある。

60番横峰山の勾配

横峰寺は今回の最初の山場であり、ゆっくりと過ごしたいところだが、休憩所のベンチは大工さんたちに占領され、何となく落ち着かない。10時25分、出発。

61番に向けて、平坦または下りの山道をスタスタと降りる。涼しい風が気持ちいい。長袖のシャツを来たうえ、ズボンの裾を靴下にたくし込んで警戒して来たが、アブもマムシにも悩まされることはないようだ。僕は、虫も好かない奴ということか。調子にのってクモの巣に突っ込む。

明るい雑木林を行く
明るい雑木林を行く

11時20分、「横峰寺から2.5キロ」と表示のあるベンチで昼食とする。栄家旅館で作ってもらったお握りの包みを開く。

20分の昼休みの後、道はゆるやかに登ったり下ったりの、雑木林を行く。登りの鬱蒼とした杉林の北側斜面と対照的に、低木の広葉樹が多くて明るく、歩くのが快感である。だが、それも、61番奥の院手前の車道に出ると灼熱地獄となった。

近代建築の香園寺

61番 香園寺 本堂
61番 香園寺 本堂
人々の灯明の燃えさし
人々の灯明の燃えさし

13時25分、61番香園寺に到着。裏山から入っていく形になるが、裏から見ると本堂・大師堂の鉄筋コンクリートの建物の天井が高速道路の高架のように見えた。鉄筋コンクリートの大ホールのようなビルである。外からも拝むことができるが、本堂の中にも入れる。中は豪華な祭壇に向かって、キリスト教の教会のように椅子が並んでいる。これなら、長時間のお勤めでも、足がしびれないで済む。

本堂の隣には立派な宿坊がある。今回の計画を立てたとき、横峰寺に夏に登るのは結構きついかと思って、この日はここで泊まることも考えた。電話してみると、「その日は子供の団体が入っているので、食事がハンバーグになるけどいいか」と聞かれた。ふつうお寺の食事といっても精進料理というわけではなく、刺し身ぐらいははついている。だが、ハンバーグとは…。そこまでお子さまにサービスする必要があるのだろうか。

このお寺は、本堂や宿坊が立派なだけでなく、境内も広々としていて訪れる人も多い。納経帳を数十冊ふろしきに包んで持ち込んだ人がいたが、僕が行くと、割り込んで納経をしてくれた。お寺の人に「いやあ、立派な本堂ですね」と声をかけると「中にも入ってみましたか?」と誇らしげである。納経所の奥は事務室のようになっていて、事務員のような女性も何人か仕事をしている。ホワイトボードに今日の子供の団体の予約の件が書いてあり、わざわざ「サシミなし」と注意書きがあるのが見えた。

お寺は立派だし、お寺の人も親切だったが、本堂前の灯明台の足元に放置された、みじめなローソクの燃えかすの山が悲しかった。この1本1本に、ここを訪れた人々の思いがこもっているのであろうに…。13時50分、出発。

62番、宝寿寺は国道脇の小さいお寺である。車の音がうるさく、読経していても、何となく落ち着かないのが残念だ。近代建築の61番、国道沿いの62番と来て、せっかく60番で吸い込んできた山の「気」のようなものが薄れていくような心地になった。

63番吉祥寺
63番吉祥寺

15時、63番吉祥寺着。本尊は88カ所中唯一の毘沙門天。真言が経本に載ってないので、本堂の掲示を見ながら唱えた。納経所の前に立つと、奥の方から美人の奥さんが走り出てきて納経してくれたので、気をよくして納札を買った。残り少なくなっていたのだが、何となく、61番や62番では買おうと思わなかったのだ。

15時20分、63番出発。野尻集会所の先で自転車のおばさんから、賽銭のお接待を頂く。

64番 前神寺の桜並木
64番 前神寺の桜並木

16時、64番前神寺着。山門から長い桜並木が続く。太鼓橋を渡って境内に入ると、突き当たりにある大師堂が目に入るが、境内は大変広くて数多くの堂があり、見取り図で確認しないと、何がどこにあるのか分からないくらいである。本堂はさらに階段を登った奥にあった。きょうは、せわしく、せせこましいお寺が続いたので、この広々とした境内で心が和む。陽も傾いて、体が楽になってきたことも要因かもしれない。

湯之谷温泉

湯之谷温泉
湯之谷温泉

16時30分出発。5分で、今日の宿の湯之谷温泉に到着。

客室においてあるパンフレットに、湯之谷温泉の歴史が解説してあった。もともと浴場として開業したもので、地震で湧出が止まった時期もあったが、戦後再開して、旅館としても営業するようになったとのことだ。本館には大浴場と売店・食堂があり、客室は別館になっている。浴場部には近所の人も入りに来ている。蛇口のお湯が大変熱いので、ここの源泉が熱いのかと思ったが、さきのパンフによると、18度の源泉を沸かしているという。

今日で4日目、今回の行程の半分を来たことになる。札所札所でバスや車の遍路には出会ったが、まだ一人の歩き遍路も見ていない。夏も終わり近く季節がずれているからなのだろうか。道中の人々の話を聞いても、僕のすぐ前を歩いている人はいないようだし、きょうはずいぶんゆっくり来たが、追いついてくる人もいない。このまま誰とも出会うことなく、今回の区切り打ちは終わるのであろうか…。

39,045歩、27.0キロ。

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